第21話 それぞれのドラマ?
レース開始直後は落車で驚いたがその後は順調だった。先頭集団がどうなったのかは見えないので分からないが、一応今の集団にはついていけているので、私も少しは成長したようだ。
7周したところで右側を物凄いスピードの集団が通過した。30人程いたが先頭集団のようだ。これだけ実力差がある相手が、何のルールもなく一緒に走っていたら危険だ。
それ故の左側キープなのか。先頭集団より遅い私達の集団はセンターラインより左側を走っているので、センターラインより右側を走る先頭集団と接触する事はない。
ーースタートから1時間。耐久レースというだけあって少しづつ辛くなってきた。少しづつ前走者との距離が開いてくる。
「ピットインしましょ」
「ピットイン?」
西野の予想外の発言を聞いて、思わず復唱してしまった。
「集団を乱したら迷惑になるから抜けるわよ」
そういう事なら仕方がない。私は西野と一緒にスタート地点付近に設置されたピットの入口からコース外に出た。
「ドリンクも減ったでしょ。補充しましょ」
「急いでレースに戻らなくて良いのか?」
ここから自販機まで5分かかる。自販機まで行ったらレースが完全に終わってしまうではないか。
「何焦ってるの? 足切りないんだから、ゆっくり休みましょうよ」
「でも、レース中だよな」
「そうよ。でも後2時間近くあるんだから焦っても意味はないでしょ」
「エンデューロってそういうものよ。ほら他の選手も仲間内で談笑しながらレースしているでしょ」
西野が道路脇で観戦しながら談笑している人達に視線を向ける。
「あの人達は応援じゃなかったのか」
「あんな風に応援しながらレースを楽しむのが普通よ。後はチームでエントリーしてる人達の待機選手もいるわね」
「そうだったのか。耐久レースと言うから、3時間必死に耐えて走るものだと思っていたよ」
「そういうのは優勝を目指す人だけよ。仲間内でワイワイ楽しむ人が多いのよ」
「それは楽しそうだな」
「今度はチームでエントリーしましょ。ほらっ、話しているうちに着いたわよ」
西野に言われて気づいたが、自販機に辿り着いていた。
あれだけ焦っていたのに不思議だな。
ドリンクを補充した後、ピットロードを通りコース内に戻った。
ひたすら耐えるだけと思っていたエンデューロも、こんな風に楽しめば良いのだと思うと気が楽になった。その後も休憩を繰り返しながらレースを楽しんだ。
ーーそして残り20分。最後くらいは自由に走って欲しかったので西野と別れた。今の私にとってはギリギリ2周出来る時間だな。
西野を見送った後、一人で1周走って残り9分となった。あと1周する前にレース終了時間を迎える。たしか終了時間を迎えた周回までは走れるルールだったな。だから私にとって、これが最終周回となる。
最後くらい何かしたいな……そう思った私の200m先を走っている選手が見えた。相手も自分同様に疲れているようだ。完走目的でも今後のレースにつながる走りをしたい。彼を追い抜いてみよう。そう思った途端に力が沸いて来た。
姿勢を低くして巡行速度を上げる。徐々に詰まる車間距離ーー最終コーナー前に20mまで距離が詰まった。
最終コーナーを曲がって残り300m。スプリントで追い抜くには十分な長さのストレートだ! これなら師匠直伝のスプリントで追い抜ける!!
力を貸してくれ! 私の『
愛車に願いを込めながら、腰を上げてスプリントの体勢に入ってーー
がっ! 急に太ももが! 両足の太股が同時につった。太ももの筋肉が収縮したまま戻らないから、足を延ばす事が出来ない。
スプリントの初動で速度が乗っていたから、止まらなかったのが不幸中の幸いだ。転ばない様に直立したまま慣性に任せてゴールを目指す。
残念だが追いかけていた前走者は普通に走ってゴールしてしまったな。私は必死につった足が戻るのを待ち続ける。
「おーっと! また一人選手がゴール前に来ました! ゆっくりゴールを目指しています!」
レースの実況者が私に気付いたようだ。だが、私の状況を理解していない。ゆっくりじゃなくて足がつって動けないだけなのだから。
「ゆっくりとゴールの余韻を楽しんでくれています! 優勝じゃなくても参加者全員が主役です!」
実況で盛り上げるのが仕事だって分かっているけどさ……
「まだ立ち上がるのを止めません!」
もう触れなくても良いから。
「えー。み、皆さん拍手で迎えましょう!」
もう言える事が無くなったのだな……観客に投げたよ。そして遂にゴールした。
「まだゴールしていない選手も大勢いますが、大変盛り上がりましたね! それぞれのドラマがあるのがホビーレースの良いところですね!」
無理やりまとめた感があるが、盛り上がったなら良いか。
結局、足のつりは収まらない。私は立ち上がったまま、ガードレースに手をかけて停止した。先にゴールした仲間達が駆け寄ってくる。
「足がつったのか。動けるか?」
「大丈夫ですか中杉さん」
「優勝した俺より目立ってるじゃないか。流石俺の弟子だ」
「大人気じゃない。ヒーローはやる事が違うわね」
北見さん、南原さんに心配される。東尾師匠と西野は……
北見さんと南原さんの二人に抱えられ、バイクから降りて会場の休憩スペースで座り込む。
最後はグダグダになってしまったけど楽しいレースだったな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます