第10話 時間操作の秘術?!
初めてのレースに参加した翌週の土曜日、東尾師匠の自宅に伺った。今日はクリテリウムのトレーニングをしてくれる約束だ。
だけどロードバイクのトレーニングなのに、どうして練習場所が師匠の自宅なのだ? 戸惑いながら師匠の自宅に向かった。
出迎えてくれた師匠が車庫の方に案内してくれた。車庫のシャッターを開けると、車の隣の空いたスペースにロードバイクが置いてあった。普通と違うのは、後輪の代わりに謎の装置が取り付けられている事だ。
「これは何ですか?」
「スマートトレーナーだよ。ローラー台知らなかった? それなら説明するよ」
謎の装置を指を差して問いかけた私に、師匠が詳しく教えたくれた。
ローラー台とは室内でもトレーニング出来る装置で、ロードバイクの後輪に取り付けて負荷がかかる様に出来ている様になっているトレーニング用の装置だそうだ。中でもスマートトレーナーという上位機種は、パソコンやスマホと接続する事で負荷が自動的に変わるらしい。モニターにコースの映像が映り、実際に走行した時と同じ様な負荷がかかるのだ。自宅にいながらレースで有名なフランスの峠を走れるのは凄いな。
「猛士さんはパワーメーター使ってます?」
「パワーメーター?」
パワーメーターか……サイコンを買った時についてきたのはスピードセンサー、ケイデンスセンサー、心拍計の3種類だけだったから持っていないな。
「うーん、それなら心拍計は持ってますか?」
「サイコン買った時にセットでついてたよ」
「それならこっちでやりますかね」
師匠が別のシンプルな構造のローラー台を取り出し、私のロードバイクを素早く取り付けた。セットが終わりロードバイクに跨ってみたが違和感を感じる。違いは固定されているだけなのに体が落ち着かない。
「なんだかバイクのセッティングが変わった様な違和感を感じるのだけど」
「普段は実走中にバイクが振れるのを無意識にバランスを取ろうとしているから、ローラー台でバイクだけ固定されると違和感を感じる人は結構いるよ」
なほどそういうものなのか。ローラー台特有の感覚に慣れる為に、静かにペダルを漕ぎ始めた。少し抵抗感が強いな、まるでヒルクライムをしているようだ。
少しローラー台に慣れたところで、師匠が練習メニューの提案をしてくれた。
「色々メニューがあるけど今日はHITTをやりましょう。高強度のインターバルトレーニングです。メニューはクリテリウムを想定して30-30にします」
「30-30? 何をするのですか?」
「30秒全力で漕いで、30秒休憩するのを4セット行うトレーニングですよ」
「そうすると4分程度で終わる計算だけど、そんなに短くて大丈夫なのか?」
「俺もそんな風に思っていた時があったなぁ。大丈夫、猛士さんも時間操作の秘術を経験すれば認識が変わるさ」
「時間操作の秘術……一体何をするのだ? 30秒全力で漕いで、30秒休憩するだけなのだろう?」
「それが30秒が30秒じゃなくなるのさ。まずはウォーミングアップから始めようか?」
また師匠のお得意の中二病発言が始まったか……そこは触れないでおくか。
私がパワーメーターを持っていないので、今日のトレーニングは心拍数を基準に行う事になった。心拍数の基準は簡易計算で決めた。220から年齢を引いた数値を最大心拍数とする方法だ。私は年齢が40才だから最大心拍数は180bpm。ウォーミングアップは最大心拍数の70~80%で行うから130bpm前後を維持すれば良いのか。20分間走行してローラー台にも慣れて体も温まってきた。
いよいよトレーニング開始だ。
「それじゃ始めようか。スタート!」
師匠の合図と同時に全力でペダルを漕ぐ。最初の30秒は全力パートだから、心拍数が160bpm以上になる様に気合を入れる。全力で走る30秒って結構長いな。そして30秒の休憩パートに入る。軽くペダルを回しながら呼吸を整え次の全力パートに備える。
「2回目スタート!」
師匠が2回目の全力パートの合図をする。体が重い! 30秒休んだはずなのに、1回目より明らかにパワーが出ていないな。時間が経つにつれて全身から力が抜けていくのを感じる。既に30秒以上走っているのでは? そう思いサイコンを見たところ、まだ20秒だった。後10秒もあるのか?! 死力を尽くして何とか迎えた2回目の休憩。何とかこの休憩時間で回復しないと……
「3回目スタート!!」
なんだって? まだ15秒くらいしか休憩してないだろ? 師匠の意地悪か? 師匠を疑って自分のサイコンを見ると本当に30秒過ぎていた。バカなっ!! 意地になってペダルを漕ぐが、既にウォーミングアップ時よりパワーが出ていないのが分かる。心拍数だけが上がり続け、力が全く出ない。いつになったら終わるんだ……30秒が永遠に感じる。始める前は時間操作なんて大げさだと思っていたが、実際にやってみて実感した。
全力の30秒が永遠の様に長くて、休憩の30秒が刹那の様に短い……本当に時間操作されている様な感覚だ……
3回目の全力パートをダラダラと漕ぎ続けて、何とか3回目の休憩パートに入ったが、そこが私の限界だった。
「師匠……もう無理だ」
「それなら休憩しようか?」
私はロードバイクを降りて、師匠が用意してくれた椅子に座りうなだれた。
「どうでした?」
「2回目でパワーダウンして、3回目は全く力が出なくなった。」
「それが今の猛士さんの実力ですよ。この前のレースで言えば、ヘアピンの立ち上がり2回が限界だから、2周しかもたないって事になるかな。実際のレースも2周しかもたなかったでしょ?」
「あぁ、リアルスタート3周目は時速30kmを維持する事すら辛かった」
「普通に走っているだけだとインターバル耐性つかないですからね。本格的にトレーニングするならローラー台の購入をオススメしますよ。ローラーじゃなきゃ出来ない練習メニューが沢山あるからね」
「折角、練習付き合ってくれたのにもうバテてしまってすまないな」
「それなら、バテていても出来る練習をしましょうか? 必殺技の練習ですよ」
必殺技か……普通に聞いたら胡散臭いが師匠の事だ、きっと凄い技を教えてくれるのだろうなーー
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