第2話 最強中年はロードバイクを購入する
WEBで検索して知ったけど、ロードバイクを売っているスポーツ自転車店が県内に結構あったのだな。その中で目に付いた『エンシェント・バレー』という名前の店舗……なんでファンタジー感満載の店名なんだ? 店主の名前が
「いらっしゃい」
こんなに重苦しい「いらっしゃい」を聞いたのは初めてだな。気軽に話しかけられそうにもないな……ファンタジー風の店名を付けたお茶目な店主は何処に消えた? 周りを見渡しても自転車だらけで他に店員はいない。いきなり立ち去るのも失礼だし困ったな……黙って立ち尽くしていると、背後の自動ドアが開き自転車競技用の装備を身に纏った女性が白いロードバイクを押しながら入ってきた。
「おはようシゲさん。予約してたチェーン交換宜しく!」
「おう。『ノノ』もチェーン交換くらい出来る様になったらどうだ?」
「必要ないですぅ。シゲさんに交換してもらった方が3Wくらい軽く走れるんだから」
「ちっさい差じゃないか」
「あれっ、珍しい。朝一でお客さんいるじゃない」
『ノノ』と呼ばれていた女性が私に気付いた。
「えぇっと……」
「私は
『にしのあやの』だから『ノノ』か。ロードバイク乗りはあだ名で呼び合うのが普通なのかな。私にはあだ名がないから普通に名乗るか。
「宜しくノノ。私は
「初対面なのに、いきなりあだ名で呼ばないでよ」
サングラスで表情は分からないが怒っているのか? あだ名で呼べって言ってる様な話の流れだったと思ったのだけどな。
「失礼しました。初めまして西野さん」
「ノノでいいわよ」
一体どっちなんだ?! よく分からないが西野のお陰で緊張がほぐれたので、私は意を決して店主のシゲさんにロードバイク購入の意図を伝えた。選び方を知らない事を伝えたところ、シゲさんが一台の青いロードバイクを指差した。
「それがお勧めだよ」
「あれぇ、シゲさんアルミで安いの勧めるんだ。しかもそんな硬い奴を初心者に勧めていいの?」
アルミ? 硬い? 西野の言った事の意味は何だろう?
「お客さん体格いいからコイツがお勧めだ。コイツは体格がいいスプリンターやTTスペシャリストにお勧めなんだ。廉価なアルミ製だけどスプリントに耐える剛性と、高速巡行する為のエアロ性能があるからね。カーボン製のハイエンド品には劣るけどお勧めだよ」
店主のシゲさんの言っている事は良く分からないけど、考えがあって選んでくれているのは理解出来たので購入を決めた。
「急に黙ってどうしたの?」
購入を決めた後に急に黙った私を西野が気に掛ける。購入予定の青いロードバイクに名前を付けようと思って考え込んでいただけなのだが、急に黙った事で心配をかけたのだろう。そうだ、折角だから西野にも協力してもらおう。候補の名前は今のところ二つ。
「なぁノノ、空と海どちらがいいと思う?」
「ななななっ、いきなりデートに誘うとか……ありえないんですけど!!」
急に挙動不審になる西野。しかもデートだと? 何の勘違いだ?!
「何を言っているのだ? 海はともかく空をデート先に選ぶ人はいないと思うけどな」
「なら、なんで聞いたのよ?」
「このロードバイク青いだろ。だから空と海どちらの名前を付けるか悩んでたんだ」
「名前えぇぇぇぇっ! ロードバイクに名前つけるの?!」
西野が叫んだ。そんなに名前を付けるのが可笑しい事なのか? 狼狽えたり叫んだり西野が感情豊かなだけだと思うけどな。良く分からないが、勘違いは解いておく必要があると思い、西野に名前の候補について説明する。
「空なら
「ディープシーは分かるけど、セレスタイトってなによ?」
スマホで西野にセレスタイトの画像を見せる。画面に映る、澄み切った青空の様な色の鉱石。西野も気に入ってくれた様でうっとりしている。
「空色の綺麗な石ね……猛士みたいな男性の趣味ではないわね」
「それなら
「それが良いわ。空色が似合うロードバイクは他にあるから」
西野と話している間にシゲさんが購入手続きを進めてくれていた。私はそのままロードバイクに乗って帰ろうと思っていたが、整備が終わっていないので受け取りは一週間後になるとの事だ。どうやらロードバイクは購入時の整備に時間がかかるのが普通らしい。大手店舗とかは整備済のロードバイクを置いているみたいだが、『エンシェント・バレー』では購入が決まった後に整備を行うのだ。サービスでフィティングしてくれる事になり、シゲさんに腕や足の長さを測られた。すこし恥ずかしかったが、サドルの高さとか色々調整してくれるとの事だ。そして、手続きが終わり帰ろうとしたところ、装備品一式を選びに行こうと西野に誘われた。私は西野と連絡先を交換した後、自転車乗りは親切な人が多いなと思いながら店を後にしたーー
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