断末魔の残り香

第22話「商店街にて」

　淡い日差しが射し込む都会の駅。そこでふたりの友だちの到着を待つ春斗。日差しが心にまで染み入ってとても気持ちが良かった。携帯電話を確認するとメールが1件入っていた。

　秋男のやつがまだ寝ていて時間がかかりそうだから好きなように時間潰して

　それだけの事を確認した春斗は駅の近くの商店街へと足を運び堪能する事にした。

　以前花瓶を買い、酷い目に合った春斗はその店から距離を取りながら通り過ぎていく。近くからパンの優しい香りが漂って来て空腹感を得てしまった。財布を確認してパンの並ぶ店としばらくの間睨めっこしていたがやがて通り過ぎていく。

　それから左目の端に映る光景、春斗はそれに対して大いに驚く事となる。

　そこの先からはこれまでと異なる雰囲気が香って来るのだ。初めてであるにも関わらず懐かしい香り。テレビでしか見た事の無い激しい活気のある光景。店員たちは大きな声で通り過ぎていく人々を呼び込んで物を売っていた。

　それは揚げパン、それは瓶の牛乳やコーラ、それはクジラカツ、それはけん玉や独楽に鞠。

　昭和の香りだ。

　春斗はその光景に魅入ってしまいだらしなく開かれた口が塞がらない。

ｰなんて光景……初めて見たよｰ

　驚きと好奇心に満ち溢れてそんな想いを舞い上がらせながら財布の中身など最早知らないと呟きながらクジラカツを買って食べながら歩いていく春斗。辺りに微かに漂う不穏な気配など最早彼の心には入ってなど来なかった。

　そうして歩いているとある中年の男が近付いて来て手に持つ壺を見せ付けて言った。

「若いの、この壺買って行かないかい？　幸せになれるよ」

　春斗は男の姿を見て気が付いてしまった。その男の足元が透けて見えないのだ。

ｰこれはまた古典的な……時代での考え方みたいなの、だっけ？ｰ

　かつて塾だった廃墟に忍び込んだ時に体験した事、それを思い返しながら春斗は男に対してこう答えた。

「結構です。幸せならもう持ってるので」

　秋男と冬子、かけがえのない大切なふたりとの関わりだけで既に充分であった。

「ほんとうにいいのかい？　もっと幸せになれるよ」

「要りません」

「ほんとうに？　ほんとうに？　もっと考えた方がいいよ」

　春斗は特に意味もなく腕時計を眺めて答えた。

「時間が時間なのでもう行きますね」

「そうかい、じゃあまた今度」

　男は残念そうな表情をして春斗を見送っていた。

☆

　そこは昼間の駅、あくびをしながら歩いて来た秋男と日差しにあてられて忌々しそうな顔をしている不健康そうな顔をした冬子に春斗は先程の体験を話した。

　呆れた顔をする冬子と表情を輝かせる秋男、そんなふたりを連れて再び商店街を歩く。

　かつて花瓶を買った店を通り過ぎていく。非常に強い誘惑をしかけてくるパン屋を無視し、左を見ながら歩いていく。

「確かこうやって歩いたらその辺に」

　そう言って歩いた春斗が次に目にしたのは女性ものの服屋。そんなはずはない、春斗はあの体験を思い出して言い聞かせる。

「春斗も寝ぼけてたってわけだろ」

　そうふざける秋男の言葉には耳も貸さないで冬子は春斗に訊ねる。

「つまり服屋さんより近いがパン屋よりは遠いとこ。そこの壁らへんだな」

　冬子は壁際を歩き、目を閉じて歩き、そして途中で立ち止まった。

「断末魔の残り香……確か春斗はクジラカツを食べたと言ってたな」

　春斗は肯定の返事をする。冬子は続けた。

「クジラなんて昔はよく食べられてたらしいが今はこんな商店街の店で調理して売れる程にお手軽に仕入れられる程捕ってるわけじゃない」

　そして冬子は静かに結論を告げたのであった。

「商店街のそのコーナー自体が霊道みたいなものだったのかもな」

　春斗はあの通りを思い出す。生きていた時代でないにも関わらずどこか懐かしい光景、活気のある人々、時代の違いを感じさせる空気感。

　もしかすると今でもあの道に繋がる場所がどこかにあって毎日のように何かを売っているのかも知れない。

　時間の流れに置き去りにされた孤島のような哀愁漂うあの空間の中で。