二十六日目

 あれから僕は彼女に、吉川との勝負について全部白状させられた。そして、散々とっちめられてシメられた。本当に首をシメられた。窒息するかと思った。

 何でそんな条件呑んで勝負したんだ、負けたらどうするつもりだったんだ、ていうか吉川が舐めてルール変更を申し出なければ負け確定だったぞ、等々。そして僕が、勝負をしたそもそもの理由について言及すると、顔を耳まで真っ赤にして、照れ隠しに全力で殴りかかってきた。

 それから僕らは、団地近くの飲み放題をやっているチェーンの中華屋でしこたま呑んだ。これ以上ないくらいに呑んだ。

 解散した後、滅茶苦茶吐いた。吐きすぎて最後の方は黄緑色の胃酸しか吐けなかった。激しい頭痛と嘔吐は翌日の昼まで続き、午後過ぎまで寝ていた。




 夕方。遅い昼ご飯を済ませた僕は、自転車を走らせることにした。駐輪場に行くと、彼女の自転車がなかった。考えることは同じだ。

 僕は国道に出て、海岸の方へ向かった。夕暮れの風が少し冷たくなったように感じる。少し前まではこの時間でもアブラゼミが全力で鳴いていたのに、今はヒグラシの鳴き声の方が目立っている。お盆も終わり、秋が近づきつつあるのか。

 涼風に潮の香りが混ざってきたと思ったら、海が見えてきた。水平線に目をやると、太陽が今にも沈みそうだった。そんな薄暮の浜辺に、すらっとした人影が立っている。彼女だった。

 僕は堤防のところに自転車を停めて、浜場へ降りて行った。


「よ」

「うん」


 僕は挨拶を返すと、彼女の隣に立った。酔いが覚めた僕らを、ぎこちない静寂が包む。


「あのさ……、その……」


 彼女はもじもじと気恥ずかしそうに、言葉を紡ぐ。


「昨日は言いそびれちまったんだけど……、ありがとうな」


 僕は「ううん、気にしないで」と返した。


 何となく歯に何か挟まったような言い方だ。感謝を伝えたいという気持ちは嘘ではないけれど、今本当に彼女が言いたいことはそうじゃない。そのくらいは、いくら疎い僕でも分かる。


 ――僕の方から言うんだ。今、言わなくてどうする。


「好きな人を守りたいと思うのは、当然のことじゃないか」


 僕はそれから、彼女の名前を呼んで「好きだよ」とはっきり伝えた。


 彼女は黙って、目を見開いた。そして数秒の沈黙のあと――


「……やっと、『好き』って言ってくれた」


と、震え声で言った。涙がはらはらと、彼女の頬を伝った。




 それから僕らは、互いの気持ちを訥々とつとつと伝え合いながら浜辺を散策した。


「最初は幼馴染だし、放っておけないなって思ったんだ。でも中学くらいになって、『あ、これ、ダチに対する感情じゃないな』って気づき始めて。でも当時付き合っていた彼氏がいたし、この気持ちが『恋』だって気づいちゃいけないって思って、距離を置いてたんだ。だけど高校で彼と別れて、お前とまた会うようになって……本当の気持ちに気づいたんだと思う」

「僕も、薄々気づいていたんだと思う。でも気づかないフリをしてた。ごめん」

「謝るなって。お互い様だよ」


 それから彼女がふと、前を向きなおして話題を切り替えた。


「あのさ……。小学校ン時さ、カードとかゲームとかのイベントあったじゃん」

「ん? ああ、アリーナで毎年やっていた?」


 アリーナとは、この県の政令指定都市にある興行施設だ。僕らの小さい頃、そこで開催された子ども向けのイベントに僕らは毎年行っていたのだ。


「今週の木曜、あの辺りでデートしないか?」


 デート、という単語が出てきて僕の心臓が跳ね上がった。


「す……好き、だって……、お互いの気持ちを知った記念……というかさ」


 らしくなく歯切れの悪い言葉を紡ぐ彼女に対し、僕は努めて冷静に「うん、いいよ」と返した。


 彼女は歓喜の声をあげて、「約束だぞ!」と僕の声を握り返した。


 太陽がとっくに沈んでしまった浜辺では、波の音と僕らの声だけが響いていた。


 「嘘」がバレて、彼女と離れ離れになるまで――あと四日。

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