第7話:騎士の想いはついに届く
「ふむ、これは良い具合に老けたな」
鏡に映る渋いひげ面の男と見つめ合いながら、俺はキメ顔なんぞを作ってみる。
顎に生えた短いひげを撫でながら、歯を見せてニヤッと笑っているのは、ゲームでよく見た顔だった。
どうやら俺は、本当に十五年も眠っていたらしい。声が変わったのも、多分ゲーム本編の時間に近づいたからだろう。昔から良い声ではあったので、少なくとも昔はここまで低くなかった気がする。
「この状況で、よく暢気でいられるな」
俺を見て呆れているのは、すっかり大人になったカインである。
いまやすっかり、ゲームそのままのイケメンになっている。
そしてその横に座るギーザも、ずいぶん大きくなっていた。
ゲーム開始時よりほんの少し幼さが残る物の、凜とした顔立ちも長い黒髪もゲームのイラストと大差ない。
「暢気でもない。ギーザの成長を十五年も見逃したと思うと、今凄まじく悔しい」
「……そういう所、相変わらずだな」
カインは呆れているが、体感としては一晩寝たくらいなので変わる方がムリだ。
と言うことで俺は早速ギーザの側に行く。
途端に、彼女は真っ赤になってうつむいてしまった。昔なら「アシュレイ!」と抱きついてきてくれたのに、逆にカインの後ろに隠れてしまう。
よりにもよって彼の後ろかと思うと、必要以上にショックが大きい。
「やっぱり、石田さんが良いのか……」
ファンだったからな。むしろその声が良くてカインが好きだと言っていたなと思い出す。
『普段は裏がありそうなキャラばっかり演じてたのに、カインはまさかの正統派イケメンなの! レア……いえ、SSRなの!』
などと興奮していたくらいだから、きっとこの声にクラッとやられてしまったのかもしれない。
こんなことなら小さい頃にいっぱい叫ばせて、声を潰しておくんだったと大人げないことが頭をよぎる。
「そんなしょげた顔をするな。……まあ積もる話もあるだろうし、少し二人になるといい」
そんな時、救いの手を差し伸べてくれたのはギリアムだ。こちらも昔より低くなった美声である。
それにカインも同調し、二人は部屋を出る。
扉が閉まり、二人きりになると、そこでようやくギーザが私と目を合わせてくれた。
だがやはり落ち着かない様子で、彼女はひどく居心地が悪そうだった。
その姿を見て、俺は今更のように気づく。
「もしかして、俺のこと……覚えてない……かな」
最後にあったのは三歳の時だし、その可能性は高い。だとしたら、いきなりこんなおっさんに近づかれて怖かっただろう。
「すまない。……いや、すみません」
慌てて距離をとろうとしたが、そこでギーザが俺の手をぎゅっと掴んだ。
「覚えています……ちゃんと」
「本当に?」
「はい。それに私は、ずっと見ていたので……」
覚悟を決めたのか、今度はギーザの方から近づいてくる。
ゆっくりと手を持ち上げ、彼女が俺の頬を撫でる。ただそれだけでひどく幸せな気持ちになり、俺は目を閉じた。
触れられると、自分がいかにギーザの温もりに飢えていたがわかる。
「眠るあなたを毎日見ていたんです。いつ起きるかと、そればかりを願いながら」
「十五年も?」
「はい。だってあなたは、私のせいで倒れたから」
震える声につられてゆっくりと目を開けると、今にも泣きそうな顔が目の前にある。
「あなたは私が呼び出してしまった悪魔に取り憑かれて……それで倒れたんです。悪魔はあなたが指輪の中に封じたようですが、残った魔力に蝕まれて……」
「それで目が覚めなかったのか」
「普通の人なら死んでいたそうです。でも取り憑かれた時、あなたの身体は悪魔の物に作り替えられていた……。だから何とか生き残れたのだと、マルさんと名乗る魔道士が言っていました」
そして俺は十五年間も眠り続け、今日ようやく目覚めたのだろう。
「いっこく堂で動揺してたくせに、あいつ実は凄い悪魔だったんだな」
ラスボスになるくらいだから当然なのだが、正直ちょっと油断しすぎていた。
「まあでも、封印できたなら良かったが」
「良くありません! だって、そのせいであなたは……」
「でも目が覚めたし」
「身体は、本当に大丈夫なのですか?」
「ああ。問題ないよ」
むしろ前よりちょっと身体が軽いくらいだった。
「でもどうせなら、老けない身体が良かったな。そうしたらギーザと年の差が丁度良くなったのに」
「いや、私は今のあなたが……」
何か言いかけて、ギーザは慌てて口を塞ぐ。
だが俺は言いたいことをちゃんと察した。攻略キャラだが中身は元プレイヤー。都合良く耳が悪くなったりはしない。
「君の好みでよかった」
「こ、好みじゃ……!」
「まあ声はカインの方が好きかもしれないが」
「いえ、声も……」
「好き?」
「こ、好ましくはあります。あとあの、しゃべり方が……昔より近い感じがして……」
「ああ、そうだ敬語……」
「い、今のままでいて!」
そう言って縋り付かれ、俺は思わず頬を緩める。
ギリアムもそうだが、この親子は砕けたしゃべり方を好むらしい。
「ならギーザも、砕けてくれると嬉しい」
「でも……」
「子供の頃は敬語なんて使ってなかっただろう」
「あのころは三歳だったし、今はもう大人ですし」
「でも俺は、前みたいに話しかけて欲しい。そうすれば、この十五年を埋められる気がするから」
俺の言葉に、ギーザがこくんと頷く。それが可愛くて思わず頭を撫でていると、彼女の目が心地よさそうに細められる。
それを見ていると鼓動が不自然に乱れてしまい、俺は慌てた。
大きくなったとは言えまだ彼女は十八そこそこなのだ。この世界では結婚していてもおかしくないとはいえ、三十過ぎのおっさんが手を出して良い相手ではない。
「そ、そういえばさっきはカインと一緒にいたみたいだけど、まだ婚約者……なのか?」
「いえ、彼は妹と婚約したんです。それに私はその……アシュレイがいるから……」
もじもじするギーザを見て、その場で押し倒さなかった俺を誰か褒めて欲しい。
正直、ちょっと、これは予想外だった。
俺の嫁が、なんか凄まじく可愛い。
なんだこの生き物は。天使か。天使なのかこの子は。
「お父様が、お前の好きにしろって言ってくれて。それにカイン様も協力してくださって、私はあなたの婚約者って事になってて」
「じゃあ、ギリアムをパパって呼んでもいいのか?」
「それは多分、怒られると思うけど」
でも……と、そこで突然ギーザが俺を見上げる。
直後、彼女の顔が近づき唇に柔らかな温もりが触れた。
「これは、しても良い……かしら?」
幸せそうな顔で笑うギーザを見た瞬間、俺の意識は半分飛んでいた。
「あ、アシュレイ!? 大丈夫ですか!?」
そのままバターンと倒れた俺に、ギーザが慌てて駆け寄ってくる。
「大丈夫だけど……可愛いこと言うのは禁止だ、俺の理性が飛ぶ……」
「べつに、可愛いことなんて言ってません」
「もう、君の口から出た言葉は全部可愛い。無理。吐息だけで死にそう」
と言うかもう死んだかもしれないと思いつつ、俺はプレパラート並みにもろい理性を砕かないよう必死になっていた。
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