第4話:騎士は無双す……る?
支度を終えたギリアムの妻セーネも交え、俺はギーザと共にリーベルン公爵家の馬車へと乗り込んだ。
本当は馬で併走しようと思ったのだが、「一緒にいる」と言って離れないギーザを見かね、セーネ様が許可して下さったのだ。
無事走り出した馬車は、郊外にあるリーベルン公爵家の別荘へと向かっている。
今日はそこでギーザの誕生日会が開かれる予定で、カインも遅れて参加する予定だ。
「そういえば、カイン様はお元気ですか?」
馬車の中で、ギーザが不意に質問を投げてくる。
それに、俺はついうっかり、不機嫌な顔をしてしまった。
「あいつのことが気になるんですか? ……もしや、好きなのですか?」
真顔で尋ねると、向かいに座っていたセーネが噴き出す。
「まるで、カイン様に嫉妬しているようなお顔ですね」
「実際嫉妬しています」
「え?」
「あいつはギーザの正式な婚約者ですからね」
「ですが、あの子はまだ8歳でしょう」
「8歳ですが、優秀です」
マルの元に放置している間に、カインは彼の元で魔法と勉学に励み、8歳とは思えない強さと知識を手に入れている。
最近では俺の悪魔退治に勝手に同行し、下位の悪魔くらいなら楽々倒せるレベルになっているのだ。
そしてその様子を見ていた者がいたらしく、最近では『魔狩りの王子』などと民から呼ばれ尊敬を集めているらしい。
実際に悪魔を倒しているのはほぼ俺だが、素材狩りのおかげで王都周辺の悪魔は激減し、最近では民が襲われることも大分減っている。そしてそれは王子のおかげだと皆噂しているのだ。
そのおかげでカインの扱いが前より大分マシになったのは良かった。しかしこれ以上のイケメン化が進むとギーザが惚れてしまうのではと俺は不安になっている。
「もしギーザがカインを選ぶのなら、俺は身を引くほかありません」
「意外ね。あなただったら、無理矢理にでも娘と結婚すると言うのかと」
「俺はギーザ様の幸せが一番大事なんです。だからもし、彼女がカインを選ぶなら俺は……」
身を引き、今後は影ながら二人を見守る立場になるだろう。
そもそも悪役令嬢であるギーザがカインと結ばれる結末があるかはわからないけれど、ギーザが望むならそのための助力は惜しまないつもりだった。
出来ることなら俺がもう一度結婚したいが、そもそも最初の時だって愛し合って結ばれたわけではない。
彼女は俺を必要としていた。そして俺はそこにつけ込んだだけだ。
俺には惚れるだけの十分な理由があったが、彼女にはなかった。
そしてそれは今も同じだ。
「私はアシュレイと結婚するの!」
ギーザはそう言って頬を膨らませていたが、まだ幼い彼女がいつまでそう言ってくれるかはわからない。
「ですが、カイン様が気になるのでしょう?」
「でも、好きなんじゃないもん」
そう言ってぎゅっと抱きついてくるギーザに、俺は年甲斐もなく安心する。そしていつまでもこのままでいて欲しいと願い、小さな身体を優しく抱き返した。
そのまま嫁の匂いを嗅いだり髪を撫でたりしたかったが、残念ながら平和な時間は終わりのようだ。
「……セーネ様、ギーザ様を」
「え?」
「招かれざる客が現れたようです」
俺の言葉に何かを察したのか、セーネがギーザを抱き上げる。
俺と離れたことでギーザは不安そうな顔をしたが、俺は「大丈夫ですよ」と彼女の頭を優しく撫でた。
「しばらく、馬車からは出ないように」
そう言うのと同時に、馬が暴れだし、馬車が突然止まる。
慌てる御者に声をかけながら外に出てた俺は、そこで目を見張った。
あたり一面は牧草地のはずだったが、残念ながらのどかな景色は欠片もない。
「これは、スチルにならないわけだ……」
気がつけば、辺り一帯をおびただしい数の悪魔が取り囲んでいる。
悪魔というのは往々にして鬼や髑髏を思わせる不気味な容姿なので、これではまるでホラーゲームだ。
そういえば、そもそも『悪魔と愛の銃弾』は大人気ホラーゲームを手がけていた会社が作っていたなとぼんやり思いつつ、俺は腰に差した武器を引き抜く。
その武器も、乙女ゲームのキャラが持つにしては少々渋い。
『悪魔退治に特化した武器が欲しい』とマルに頼み込んで作って貰った武器は、禍々しいオーラを放つ黒い魔刀と拳銃だ。
剣と魔法の世界設定にまったく掠っていないが、これはゲーム内でのアシュレイ公式装備である。この渋すぎるチョイスも、アシュレイの人気がいまいちな由縁だろう。
だが性能はマルの折り紙付きだ。魔刀の方は一太刀で悪魔を消滅させられるし、拳銃の方はこう見えても最高級の魔具なのだ。
魔法がからっきしな俺のためにと作られた拳銃は、特殊な効果が込められた弾丸を詰めれば魔法と同等の威力を持つ魔弾を放てる。
この三年の間でレベルアップポーションを持ってしても開花しなかった魔法の力を補い、これがあれば遠距離からでも簡単に悪魔が葬り去れるのだ。
今日のためにと最強段階まで強化した武器を構えれば、その段階で悪魔たちがざわつく。
「アレは、噂の魔狩りの騎士デハ……」
「アイツカ」
「負けると、歯とか、爪とか……持ってかれるらしいいゾ」
「ヤバいぞ、ヤバいぞ……」
「ムリムリムリ」
などと情けない会話ばかりが聞こえだし、禍々しい雰囲気が一気に砕ける。
素材を求めて暴れ回っているうちに、どうやら俺は悪魔たちの間でかなり有名になってしまったらしい。
悪さをしない奴に関しては見逃していたのだが、それが徒になり『突然現れては歯や髪を引っこ抜こうとするヤバい奴』などと吹聴されてしまったようだ。
まあ大体あってるので否定も出来ないのだが、
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと来い! 今日は髪や歯はとらん!」
「ホントウか?」
「抜かナい? 抜かナい?」
「……ただし、そこの馬車に触ったら命を取るがな」
そう言って銃を構えた瞬間、目の前にいた悪魔たちの大半が消えた。
おい、ちょっと逃げ足が速すぎるだろう。
せっかく無双をするために頑張ってきたのに、これではあっという間に終わってしまうじゃないか。
「大分減ったがまあ良い。それで、どいつからやられたい?」
と言っている間に、更に10匹近い悪魔が減った。どうやら、残っていたのはガッツがあるからではなく、ただ単に転移魔法を使うのが下手だっただけらしい。
「……腰抜けドモメ」
そして唯一残ったのは、三メートルはあろうかという巨大な髑髏騎士だった。
彼は力を誇示するように巨大な青竜刀を振り回しつつ、俺へと迫る。
「だがオレは、魔帝様の忠実な部下! お前と、その馬車の女たちを今すぐ殺――」
言葉の途中だったがオレは問答無用で銃を奴の眉間を打ち抜いた。
卑怯だと言われるだろうが知ったこっちゃない。
グダグダ講釈をたれるやつや、無駄にかっこつけて剣を振り回す奴は撃って良いと、俺はインディージョーンズから教わったのだ。
「あっけねぇな」
この日のために修行をし、給料半年分をつぎ込んで武器まで作ったのにまったく出番がないのはどういうことだと、思ってしまう俺を誰が責められよう。
俺TUEEEEするところだろここは。
もしこれが小説なら、見所がないと読者が怒ってブックマーク登録を解除されるところだぞと思いながら、俺は馬車に戻る。
「だ、大丈夫……でしたか?」
それはこちらの台詞だと思いつつ、セーネ様に頷く。
彼女もギーザももちろん無傷だった。
そして思いのほか早く悪魔が片付いたので、怖い思いもあまりさせずにすんだらしい。
「アシュレイ、もう一回抱っこ」
「喜んで」
まあとりあえず、ギリアムの破滅フラグを回避したのをよしとしよう。
そう思いながら俺はギーザを抱きよせ、今度こそ彼女の香りを堪能した。
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