男装令嬢に夢中な王子は魔王ではなく竜の生まれ変わりです
柴犬
第1話 君を見つけた日
ソフィーは6才の時から約10年間、この国のただ1人の王子であるシェルベルンの親友だった。勉強もマナーやダンスの練習も、剣術や体術の授業だって一緒だった。いや、正確には双子の弟「ゼフィー」に扮した「フィー」だったが。
10年ほど前、兄弟のいないシェルベルン王子のために開かれたお茶会は、王都中の同じような年頃の貴族の子息たちが何十人も集められていた。国王夫妻や宰相は、王子に友人でもできれば、すこしは笑顔のひとつでも見せるのではないかと考えた。
王子は、いつも自室で本を読んでいる子供だった。内気な子供かというとそうでもない。侍女たちが「ボールで遊びましょう」と誘っても、母親である王妃が「お散歩しましょう」と手を引いても、本から目を離さずに「いらん」というだけ。笑うこともなく、かといって意味なく不機嫌になるわけではない。知識に対する欲は凄まじいものがあったが、子供らしさや他人に対する興味などは全くもっていなかった。
気に入った友達ができれば少しは変わるのではないかと期待して、このお茶会を設定したのであった。
集められた子供たちは、それなりの貴族の子息である。彼らは親たちに、将来の国王の側近ポジションを取らせるべく「王子と仲良くなるように」と言い含められていた。とはいえ、集められた子供たちは、王子と同じ7才を中心に上は10才、下はまだ5才。
自然といくつかのグループができて、ボールで当てっこをしたり、追いかけっこをして遊ぶ子供たちだったが、王子が一緒に遊ぶことはなかった。
遠くで見守っている子どもたちの親(一見、和やかにほほみをたたえている)が青筋を立てながら眼光で指示しようとするものの、子供たちに「空気」なんて読めるはずもなく、一言二言王子に声をかけた後は自由気ままに遊ぶようになっていった。
王子も「ご一緒しませんか?」と声をかけられるたびに「何の遊びをするのか」「それはどういう意味があるのか」「どうして私が参加しなければいけないのか」などとキツく問い詰めてしまうので、子どもたちはすぐに王子から離れていく。
こうして、国王夫婦や子供たちの親が見守る中、「王子に友人」計画は頓挫するかのように見えた。
*
ソフィーは、たくさんの男の子が集まっているお茶会の隅の方で、お菓子をひたすら食べながら、こんな幸せなことがあるなんて、、、と有頂天になっていた。
本来なら双子の弟が出席する予定だったこのお茶会。こんな日に限って弟は熱を出して寝込んでしまう。どうしてもこのお茶会を欠席するわけにはいかなかった両親は、ソフィーに「ゼフィー」として出席してくれないかと頼んだ。王家からのお茶会の招待なんて、欠席などをすれば悪目立ちするし、仮に「日を改めて〜」なんてことになるとさらにめんどくさい。とにかく「無難」でよい、というのが、貴族として中堅どころのシタン子爵家の家風であった。
6才とはいえ、ソフィーは賢い女の子だった。なんとなく状況が判断ができたし、両親が困っているのもわかった。双子の弟ゼフィーと髪も目の色も同じ。男女とはいえ、まだ体格差もなく、顎のラインで切りそろえた黒髪の長さも、見た目も似ている。
「王子と友達にならなくても、黙ってお菓子を食べていればいいから」
まあ、そのくらいならいいかな。お城のお菓子を食べてみたかったし、それでお父様やお母様を助けることになるのなら、と出席することにしたのだ。
*
他の子供がいやいやながらも王子に話しかけに行く中、ソフィーはお茶会で出されたお菓子に夢中であった。家では食べたことがないような、カラフルできれいでふわふわのケーキ。一口食べれば、口の中でホロホロと崩れてあっという間になくなってしまう焼き菓子。果物がいっぱい詰まった宝石のようにキラキラしているゼリー。こんなに美味しいお菓子を食べることはもうないんじゃないか、なんて思いながら、一人で満喫していた。
幸せの絶頂にいたソフィーだったが、ふと、会場がシーンとしていることに気がつく。お菓子から目を離すと、みんなが自分の方を見て慄いた。さらにびっくりしたのが、中央の席でずっと不機嫌そうにしていたはずのシェルベルン王子がすぐ傍らにいて、ソフィーに向かって微笑んでいたのだ。
「ねえ、何しているの」
王子は満面の笑顔で言った。ソフィーは状況がつかめず、あまりにびっくりしてすぐに答える事ができない。
「−−−−−−お菓子を、いただいております、、」
「一緒にいてもいいかな?」
絵本に出てくる天使のようなキラキラ王子がコテンと頭をかしげて聞いてくる。どこか遠くの方で、「あの子が笑っているわ!!」「他人に話しかけているぞ!!」なんていう声がぼんやりと聞こえた。
ソフィーは
「はい、よろしくお願いします、、、」
なんとか答えた。畳み掛けるように王子は言う。
「もっと、美味しいお菓子があるんだけど、一緒に食べてくれないかな?」
「よ、喜んで」
王子は返事を聞くやいなや、すぐさまソフィーの手を取って会場から出ようとした。慌てて追いかける侍従に、
「僕の部屋にもっともっと、一番美味しいお菓子を!」
と叫び、ソフィーを自分の部屋に連れ込んだ。
「君の名前は?」
「ゼ、ゼフィーです」
「ふーん、じゃあ、フィーって呼ぶね。僕のことはベルンって呼んで。今日から僕らは友達だよ」
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