第七師団
星暦二〇二五年一月一日。帝国騎士第七師団支部前。
ここはカリスト帝国の中心である帝都から東に百キロの位置にあるオフィーリアと言う街の外れ。
そこには長い銀色の髪をなびかせた少女が扉の前で佇んでいた。
彼女の名はマナ・ルクスリア。今年、騎士団に入団した新人の一人だ。
「うぅ~緊張する~……ていうかもう帰りたい……」
昨日の帝国騎士入団試験を経て、今日から私は帝国騎士としてこの国に命を捧げることになる……んだけど。
実を言うと私は騎士になんかなりたくはなかった。
だって、誰かを守れるほど私は強くないから。
その証拠に昨日の実技試験は散々な結果だった。
ただひたすらに逃げ回ってただけだし……。
私が不合格なのは誰の目にも明らかだったし、私もそれでいいと思っていた。
でも、私の家、ルクスリア家は帝国騎士と繋がりのある貴族の家系だから、恐らく両親は裏で手を回し、私を無理やり帝国騎士団に入団させたのだ。
ルクスリア家の子はこれまで例外なく騎士団に入団しており、それを誇りに思っている。
だから、このような形で私が騎士団に入団させられるであろうことは前々から分かってはいた。
生まれた家が悪かった。
そう割り切ることにした。
「でも、まさか第七師団に配属されるのは予想外だったわ……」
帝国騎士団は七つの師団で構成されている。
その中で私が配属されたのが第七師団。
この師団に関してはあまりいい噂を聞かない。
戦闘のたびにあちこちの街を破壊したり、作戦中に居眠りしている人がいたり、街中を裸で闊歩している人がいたり。挙げればきりがない。
とにかく素行の悪さや不真面目さが際立っている団であることは間違いない。
「パワハラやセクハラが横行していそうなところなんだよねぇ。あくまでイメージだけど」
けど、これはしょうがないことなのかもしれない。
本来、騎士団に入れるほどの実力を持たない私が裏口で入団したのだから。
「どうか厄介ごとに巻き込まれませんように」
私はそう祈りながら、アジトの扉を開き中に入る。
「なんだと、てめぇ! もう一度言ってみやがれ!」
「ああ、何度でも言ってやるよ! ゴブリン風情が騎士団のアジトに足を踏み入れるな! 汚れるんだよ!」
なんてことでしょう。どうやら、私の祈りは届かなかったようです。
早速、取っ組み合いの喧嘩に出くわしてしまった。
「ゴブリンで何が悪い。このグラサン野郎!」
「悪いに決まってんだろ! ミドリムシ!」
どうやら喧嘩しているのは私と同い年くらいのサングラスをかけた少年と……あれは、ゴブリン……?
え? なんでゴブリンがこんなところにいるの? 迷子か何か?
ゴブリンなんてカリスト帝国があまり見ない種族だけど……。
「ミドリムシじゃねぇ! 俺はゼルだ!」
「はっ! 緑色の肌なんだからミドリムシでいいだろうが」
「もっぺん言ってみろ。今ここで斬るぞ」
「やってみろよ。俺の魔法で返り討ちにしてやる」
ただの喧嘩で収まりそうな雰囲気ではない。
誰も止めないのだろうか。と、周囲を見渡すが他の団員の姿は見えない。
え? ウソ。これ、私が止めなきゃダメな感じなの?
でもでも、私なんかが止められるわけないよ。
ゴブリンの方はともかく、グラサンをかけた少年の方は私の手には負えないかも。
もしかしたら、私より先輩かもしれないし。
よしんば同い年だったとしても、私じゃきっと相手にならないだろうし。
あーもう! 私はどうしたらいいの!?!?
と、どうしていいか分からず、私はあたふたするしかなかった。
「死ね! グラサンナルシスト!」
「てめぇが死ね! ミドリムシ!」
ゴブリンが背中の剣を抜き、サングラスの少年が魔法を発動させようとする。
「まずいまずいまずいよ!」
このままじゃどっちかがホントに死ぬまで喧嘩し続けちゃう。
その時だった。
ピキっ。
「え?」
天井からひび割れる音がして、上を向くと。
「うるせぇぞ!」
その怒鳴り声と共に、天井が崩れ落ちた。
「こほっ!こほっ! え!? なに?! なに!?」
土埃で何も見えないが、喧嘩していた二人の頭上から誰かが落ちてきたのは分かった。
「こんな朝早くに誰だ。騒いでやがんのは」
土埃が晴れ、現れたのは長い藍色の髪をなびかせた女性。
「あの、あなたは……?」
「あん?」
私が声をかけるとその女性は私を睨んで来た。
「てめぇか? さっき騒いでたのは」
「いいいいい、いえ、あの、あの……」
鋭い目つきに威圧され、上手く言葉が回らない。
「んだ? はっきり喋りやがれ」
「あ、あの、あの、し、下。下です」
私は女性の足元を指差した。
「あ? 下?」
彼女は私の指差した方を見る。
すると、そこには急な天井崩落の被害を受けたゴブリンとグラサンの少年が倒れていた。
「ふむ……」
藍色の髪の女性は少し考えるそぶりを見せる。
「あ、この二人倒したの君か」
「違いますよ! あなたが上から降ってきて下敷きになったんです! っあ」
勢いでツッコんでしまった。
怒られないだろうか。と少しびくびくしていたが。
「あ、なる」
彼女は怒ることはなく、手をポンと叩き納得が言ったような表情をする。
「じゃあ、さっきまで騒いでたバカはこいつらか?」
「は、はい」
「そうか。……てか、お前らどっかで見たことあるような、ないような……いや、あるな。お前ら、今日から入団の新人か?」
「え、えっと、はい。あの二人はどうか知らないですけど、私はそうです」
「そうか! そうか! 新人か。よく来てくれたな」
彼女はとても嬉しそうに笑い私の肩を叩いた。
「アタシは第七師団所属のレミリア・ユークリウス。見ての通りヒューマンだ。あんた、名前は?」
「えっと、私はマナ・ルクスリアです。私もヒューマンです」
「そうかそうか。マナか。よろしくな。もし困ったことがあったら何でも聞いてくれ」
「はい、ありがとうございます」
最初睨まれた時は終わったと思ったけど、話してみたら案外気さくでいい人そうだった。
怒ると怖いタイプの人なのかもしれない。
「さてと、それじゃ、こいつら起こすか」
レミリアさんはゴブリンの胸倉を掴み持ち上げ……。
「おい! 起きろ!」
ベシっ! ベシっ! と容赦なく往復ビンタを食らわせる。
「いってぇ!!! 何しやがんだ!!!!」
目を覚ましたゴブリンが大声で叫ぶ。
「おお、起きた起きた。んじゃ、次はこっち」
そして、今度はゴブリンを投げ捨て、グラサンの少年を同じように叩き起こした。
「いってぇ!!! 何しやがんだ!!!!」
あ、反応が全く一緒だ。
もしかしたら、あのゴブリンとグラサン君の相性は意外といいのかもしれない。
「アタシはレミリアだ。ってことでアンタたちも自己紹介をしろ」
高圧的なレミリアさんに不満げな二人だったが、渋々といった感じで自分の名を名乗りだした。
「俺はゼル・インヴァース。ゴブリンだ」
「俺はヘイヴィア・アークエイド。いずれ勇者になる男だ」
え? 勇者?
信じられない言葉に耳を疑った。
勇者と言えば騎士団の中で最も実力のあるものにのみ与えられる称号。
誰にでも手に出来るようなものじゃない。
ましてや、こんな最底辺の第七師団にいたんじゃ現実的じゃないだろう。
と、私は勇者に対して否定的だった。
けど、彼は違った。
「はぁ!? 勇者になるのは俺だ!」
そう言い放ったのはゼルと名乗ったゴブリンだった。
「てめぇ、何言ってんだ? ゴブリンごときがなれるわけねぇだろ」
ヘイヴィアも大概だけど、彼の言う通りゴブリンが勇者になんてなれるわけがない。
最強とは正反対の最弱に位置する種族であるゴブリンでは夢のまた夢。
もしゼルが勇者になれるんだとしたら、私でもなれてしまう。
「んなもん、やってみなきゃ分かんねぇだろ」
「だから、無理だって言ってんだろ。俺がなるんだから。もし、なれてもそれは俺が死んだ時だ。まぁ、俺がお前より先に死ぬことはないだろうがな」
「いや、それはねぇよ。少なくとも俺はお前より強い」
「は? 言ってくれるじゃなぇか。クソチビが。だったら今ここでお前の弱さを証明してやる!」
あ、やば。これまた喧嘩する流れ? もういい加減にしてほしい……。
私はあまり関わりたくないので、そろ~と二人から離れる。
「ははは! 威勢のいい新人どもだな。だが……」
そんな中、今にでも食って掛かりそうな二人の間にレミリアさんは割って入った。
「今はアタシの要件が先だ!」
ゴンっ! と二人の頭に拳を叩き込む。
「がっ」
「いっ!」
思いっきり殴られた二人は涙目になりながら頭を押さえる。
「い、いでぇ……」
「なんて馬鹿力だよ……」
こ、怖い……。あの人だけは絶対に怒らせないようにしよう……。
そう思いながら、私は殴られたわけでもないのに無意識で頭を押さえていた。
「まぁ、そうだな。ヘイヴィアが突っ掛かりたくなる気持ちも分からないわけじゃない。今までゴブリンが騎士団に入ったって実績はない。世間に認知されているゴブリンという種族は確かに弱い。ただ、これだけ言っておく。アタシは昨日の入団試験を見ていた。そこでそのゼルはライオンのビーストに勝った。その力を認められてそいつはうちに入団したんだ」
「は?」
「え?」
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