彼が勇者を目指す訳Ⅱ

 一通りの治療を受けた後、ゼルはゆっくりと目を覚ました。



「あれ? ここは?」



 事態が飲み込めていないゼルは辺りを見渡し、老人の姿を見つける。



「どうやら、目が覚めたようじゃな」

「あえ? なんか知らないじいさんが俺の部屋にいるんだけど!?!?!?」



 予想外の出来事にゼルは怪我のことなどそっちのけで、跳ね起きた。



「なんだお前! 敵か!?」

「落ち着きたまえ。私は君の敵じゃない。そして、ここは君がオークと戦ったすぐそばにあった廃村だ」

「あー、……廃村? って、ここよく見たら俺の家じゃん!?」

「ん? なんだって?」



 今度は老人の方が動揺した。



「君の家? この廃村がかい?」



 ここは先ほど老人が立ち寄った何者かに虐殺された後だけが残る村だった。



「おう! って言っても勝手に借りてんだけどな。元々俺んちだった家はもう使い物にならなくなっちまったからな。一番まともに残っていたここを使ってんだ」



 ゼルの口ぶりから、老人は嫌な予感がした。



「君はこの村で起きた惨劇の生き残りなのかい?」

「ああ、そうだ。もう随分と前だけどな。親も兄弟も友達も、みんな殺されちまった」



 ゼルはなんてことないようにあっけらかんとそう言った。



「俺はさ、こいつの修行で少し村から離れた川にいたから、巻き込まれなかったんだ」



 こいつ、とゼルがトントンと叩いたのは背中に携えている不思議な刀身の剣。

 何故彼はこうも平然としていられるのか。老人の頭の中に大きな疑問があった。

 普通であれば、ある者は悲しみに暮れ、生きる希望を見いだせず、ある者は怒りに身を任せ、仇を討つことだけを考えて生きていく。

 なのに、彼からはどちらの感情も読み取れなかった。

 いや、彼が感情的になったところを老人は見ていた。

 なら、もしかしたら、あれは……。



「先ほど、君はオークの大人三人に向かっていったね。たった一人で」

「ん? それが?」

「いや、もしかしたらと思ったんだがね。君があの時、オークに挑んだのは彼らがこの村の仇だからじゃないのか?」

「オークが、仇? あははははは! いやいや、違う違う」



 腹を抱えて笑うゼルに老人は戸惑いを隠せなかった。

 自分は何か変なことを言ったのだろうかと。



「俺の村を襲ったのは、オーガだ」

「な、に……?」



 そして、ゼルの言葉に老人は絶句した。



「あれ? 知らない? オーガ。あの頭に角が生えててバカつえーやつ」

「いや、知っている。そうではない。そうではないのだ」



 そう、ゼルの言葉が本当だとしたら、先ほどの彼の行動に疑問が生じる。



「君は先ほどオーガの少女を助けようとしていなかったかい?」

「ん? ああ、そうだけど? それがどうしたんだ?」

「どうしたって……いや、仇なんだろ? オーガは君の家族を友人を殺した仇ではないのか? なのに何故、そのオーガの少女を助けようとしたんだい?」

「あぁ、そういうことか。それなら簡単だ。だって、あいつは助けを求めていたじゃねぇか」

「それだけ……か? たったそれだけで君は彼女を……」

「それだけ? それ以上はいらねぇだろ。俺は全てを救うって決めてんだ。例え、敵でも仇でもどんなに強い奴でも、求められれば悪魔だって救って見せる。それが俺の目指す“勇者”だ」

「勇者……、君はあの勇者になりたいというのか?」

「ああ、そうだ」

「君は勇者になる道がどれだけ過酷なものか知っているのか?」

「道? そんなもんは知らねぇよ。でも、どんな奴かは知ってる。東にある大国、カリスト帝国で一番強い奴に与えられる称号だろ?」

「その認識で間違っていない。並の人間ヒューマンでもなるのは至難の業。なのに、君はゴブリンの身で目指そうというのかい?」

「言いたいことは分かるよ。ゴブリンは魔法を使えない。それだけじゃない。身体能力だって大してない。ヒューマンの方が強いんじゃないかって言われてる。だけど、それでも俺はなるよ」



 彼の瞳には子供とは思えない確かな覚悟があった。



「なんだ? 君をそこまで突き動かすものは一体何なんだい? 勇者になって何をなそうというんだ?」



 老人の問いにゼルはすぐには答えず、目をスッと閉じた。

 どのくらいそうしていただろう。

 しばらくして、ゼルがゆっくりと目を開ける。



「じいさんはここらへんで俺の村以外を見たことはあるか?」

「? ああ、あるぞ。いくつか見て周った。君と同じように蹂躙された村もあれば、それによって利益を得ている種族の村もあった」



 ゼルの質問の意図が分からず、少し首を傾げたが、老人はゼルの問いに答えた。



「そうだ。ここは弱肉強食ってやつだ。強い奴が生きて、弱い奴は死ぬ。それがここのルールだ。俺はそれが気に食わないんだよ」



 ゼルはガっと立ち上がる。



「俺たちゴブリンみたいな種族ははじめっから弱いと決めつけられて、強い奴らの捕食対象にされちまう。そんなのおかしいだろ!」



 そして、ゼルはそのまま老人に詰め寄る。



「だから、俺が勇者になって証明するんだ! ゴブリンでも強くなれるってことを!」



 ゼルの言葉を黙って聞いていた老人は何か納得したような表情をしていた。



「なるほどのう。確かに君が本当に勇者になったのだとすれば、世界すらも変えることが出来るだろう。今まで蔑まれてきたゴブリンも、いや、それだけじゃない。他の劣等感を持った種族たちにとっては希望となる。じゃが、君にそれが出来るのか?」



 愚問とばかりにゼルはフッと笑った。



「出来るからなるんじゃない。俺がやると決めたからなるんだ。それが夢だろ」

「それもそうじゃのう」



 老人は杖をつきながらゆっくりと立ち上がる。



「では、最後に一つだけ君に問う」



 それはまるで何かの試験かのように重々しい空気をはらんでいた。



「君は全てを救うと言った。なら、何かを救うために自分の命を懸ける覚悟はあるか?」



 その質問に対しゼルはきょとんとした。

 その後、笑ってこう答えた。



「いや、ねぇな。自分の命を懸ける気なんてさらさらねぇ」

「へ?」



 予想外の答えに老人は素っ頓狂な声を上げた。



「だってカッコ悪いだろ。死んでも守るなんて。そんな弱気で何を守れるんだ?」



 ゼルは謎の剣を引き抜き構える。



「一番かっこいいのは生きて守り抜く!」



 その言葉を聞いて、老人は思わず笑みがこぼれた。



「なるほど。いい回答じゃ。君、年はいくつじゃ?」

「え? 俺か? 今年で八歳だけど」

「八歳……帝国騎士団の入団試験は十八歳から。後十年か」

「な、なんだよ。じいさん、急に」

「君の十年、この老人に預けてみないか?」

「は、はぁ!? 何言って……」

「必ず君を強くして見せる」

「いや、強くったって。どう見てもじいさんの方が俺より弱そうだけど?」

「あ、そうじゃったのう。まだ、名乗っておらんかった。わしの名はイヴァン・レイロード」



 イヴァンがくるりと後ろを向いたとき、ゼルは初めて彼の背中を見た。

 ローブの背には剣と杖が交差するような紋様が描かれていた。

 それが指し示すものをゼルは知っていた。



「つい三年前まで勇者をやっていた者だ」

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