第5話 制服の洗濯
制服の袖を通したとき、咲良の胸の奥で何かが静かに鳴った。
張りのあるブレザー。まだ着慣れないプリーツスカート。
義足を隠すために丈はやや長めに仕立ててもらったけれど、布が膝のあたりで揺れるたび、落ち着かない気分になる。
鏡の前で姿を整えながら、咲良は深く息をついた。
(今日からじゃない。まだ入学じゃない。ただの説明会)
そう言い聞かせながら、リビングへ向かう。
階段を下りる義足の音が、妙に響いた気がした。
「咲良、準備できた?」
声の主は母だった。
すでに玄関でバッグを手にして立っている。スーツ姿に、落ち着いた化粧。
この家に引っ越してきてから、咲良はこの人を「お母さん」と呼ばなくなった。
自分の中で、なんとなくそうなった。
母も特に何も言わなかった。
「うん、行こ」
二人きりで並んで歩く道のり。
静かな住宅街を抜けて、駅までの一本道。
途中、何度か母が声をかけようとした気配はあったけれど、咲良が先に口を閉ざしていた。
「……歩ける? 足、痛くない?」
「平気。歩けるよ」
本当は少しきつかった。
義足の接続部分が、ここ数日でまた微妙にズレ始めている。
でもそれを言ってしまったら、きっと母は気にする。
そして、またあの「無理しないでね」と言うだろう。
(“無理しないで”って、言われすぎて、逆に無理してる気がする)
そんな小さな棘が、胸の奥で疼いた。
電車に乗り、降りた先の駅から少し歩いて、校門が見えてくる。
同じように制服を着た新入生たちと、その保護者。
わいわいと写真を撮ったり、スカートの丈を直し合ったり、笑い声があちこちで弾けていた。
咲良はその輪の外を歩く。
母と並んで受付を済ませると、教室ごとに分かれて案内が始まった。
「私は……ここまででいい?」
咲良は一瞬だけ戸惑った。
“一緒に行こうか?”とも、“帰るね”とも言われず、その曖昧な一言に胸が引っかかった。
「うん、大丈夫。ありがとう」
母は小さくうなずき、咲良の肩にそっと手を置いた。
「緊張すると思うけど、ちゃんと笑って。咲良なら大丈夫。ゆっくり、自分のペースでね」
その言葉に、咲良は返事をしなかった。
けれどその温度だけは、確かに肩に残った。
教室のある校舎へと一人で向かう途中。
スカートの裾が風に揺れる。
義足が見えてないか気になって、何度もスカートの位置を直した。
(こんなこと、気にしてたらダメってわかってるけど……)
それでも、気になる。
同じ制服を着ていても、どこかで“自分だけ違う”気がしてならなかった。
説明会が終わり、生徒たちはちらほらと解散していた。
咲良は教室を出て、昇降口に向かって歩いていた。
慣れない校舎。少し混み合う廊下。
義足で歩くには注意が必要だったが、それでも今日は転ばずに済んだ。
校門に向かおうとしたその時――
「おい」
背後から低い声。振り返らなくても、誰の声か分かった。
「……蒼くん」
制服のネクタイを少し緩めた蒼が、ポケットに手を突っ込んだまま立っていた。
「明日から、同じ学校になるけど。……俺、学校ではお前の介護するつもりないから」
不意打ちのような言葉だった。
咲良は一瞬、言葉を失った。
(……介護?)
蒼の視線は真っ直ぐで、優しさも皮肉もなかった。ただの事実として、そう言っただけのようだった。
「……別に、頼るつもりなんてありません」
咲良は、ほんの少しだけ顎を上げてそう返した。
意地じゃない。自尊心でもない。
それは、“自分の足で立っていたい”という彼女の、静かな誇りだった。
蒼は数秒黙って、それからふっと小さく鼻で笑った。
「ならいい」
それだけ言って、さっさと先に歩いていく。
咲良はしばらくその背中を見ていた。
小さくて、でもまっすぐな背中。
蒼の言葉は、冷たくも聞こえたけど――
「お前はできるだろ」と言われたような気もした。
頼らない。けれど、認められたい。
強くなりたい。けれど、孤独にはなりたくない。
そんな咲良の想いが、制服の下、義足の脚にぎゅっと込められていた。
説明会が終わり、生徒たちはちらほらと解散していた。
咲良は教室を出て、昇降口に向かって歩いていた。
慣れない校舎。少し混み合う廊下。
義足で歩くには注意が必要だったが、それでも今日は転ばずに済んだ。
校門に向かおうとしたその時――
「おい」
背後から低い声。振り返らなくても、誰の声か分かった。
「……蒼くん」
制服のネクタイを少し緩めた蒼が、ポケットに手を突っ込んだまま立っていた。
「明日から、同じ学校になるけど。……俺、学校ではお前の介護するつもりないから」
不意打ちのような言葉だった。
咲良は一瞬、言葉を失った。
(……介護?)
蒼の視線は真っ直ぐで、優しさも皮肉もなかった。ただの事実として、そう言っただけのようだった。
「……別に、頼るつもりなんてありません」
咲良は、ほんの少しだけ顎を上げてそう返した。
意地じゃない。自尊心でもない。
それは、“自分の足で立っていたい”という彼女の、静かな誇りだった。
蒼は数秒黙って、それからふっと小さく鼻で笑った。
「ならいい」
それだけ言って、さっさと先に歩いていく。
咲良はしばらくその背中を見ていた。
小さくて、でもまっすぐな背中。
蒼の言葉は、冷たくも聞こえたけど――
「お前はできるだろ」と言われたような気もした。
頼らない。けれど、認められたい。
強くなりたい。けれど、孤独にはなりたくない。
そんな咲良の想いが、制服の下、義足の脚にぎゅっと込められていた。
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