第9話 脳筋、参上す
……虎穴に入らずんば虎子を得ず、といったことわざがある。
「多少の危険を冒さなければ、大きな成果を得ることはできない」という意味を持った、昔の偉人が残した名言の1つだ。
そして今、俺たち兄妹は──。
「よっす、お前ら! 今日も元気だったか?」
その実践を、強いられている。
「俺も深雪も元気だよ。……兄さんは? 今日も部活で忙しかったはずだけど」
「それがよー、付属高校の体育祭で大学のグラウンドが使われてっから、今日は部活が丸つぶれだったんだ……ったく、当日になって言う監督も大概だよな?」
そんな愚痴を聞き流しながら、俺は無言で深雪のほうを見やる。
……状況はハッキリいって最悪だ。
秋本家の長男であり、生粋のスポーツマン──秋本和哉との遭遇。
根は優しいし家族思いな兄さんだが、今の俺たちが
いっちばん関わりたくない人物であるのは間違いない。
彼は真っ直ぐすぎるのだ。
隠し事をすることができず、嘘をつくとすぐに顔に出てしまう愚直な人間……それが俺たちの"兄"。
一般的な目から見たら美徳なのかもしれないが、それとこれとでは話が違う。
もし兄さんにVtuberのことを勘付かれたら、それは姉さんや父さんにバレるのと同じことだと言っていいだろう。
「お兄ちゃん、ならいい提案があるよ」
「おん?」
深雪は焦っていないのか、普段と同じ声色で兄さんに話しかける。
何か策があるのだろうか?
兄さんはスポーツのことしか頭にない脳筋だが、下手な発言をすればバレてしまう可能性が──。
「体育祭で50m走とかやってるでしょ?なら、お兄ちゃんがお手本として後輩たちに走りを見せてあげなよ!」
ヤバいことを言った。
終わった、あー終わったな。
おだてて家から追い出そうとするつもりなのだろうが、詰んだわコレ。
いくら付属高校とはいえ、いきなり知らない大学生が乱入してきたら大騒ぎになるってすぐ分かるぞ。
くそっ、よーく考えろ……まだ活動を開始してない俺はともかく、深雪までバレるのはマズい。
「に、兄さん気にしないで! さっきから深雪のテンションがおかしくって──むぐっ!?」
「……確かに」
なんとか盤面を立て直そうと俺の開いた口が深雪に塞がれ、しばらく考えこんでいた兄さんは何かに納得したように呟いた。
……何に納得したんだ?
「確かにッ!! この俺が模範となってやれば、生徒たちも参考になるに違いないッ! ……よしっ、今から着替えて行ってくるッ! 家のことは頼んだぞッ!」
神妙な表情から一変、ゴゴゴゴゴ、という異様な効果音と共に高ぶった感情を抑えることなく立ち上がる兄さん。
ぽかーん、と口を大きく開ける俺を爆速で通り過ぎた彼は、瞬きの間にパンツ一丁になり、タンスの中のジャージに手をかける。
「え、行けた? 嘘……」
「さ、早く部屋に行って企画決めしよ? お兄ちゃん」
驚きと困惑を隠せない俺に対し、深雪はなおも冷静だった。
まるで、最初から兄さんを障害とも見なしていないかのように。
「和哉お兄ちゃんはね、ちょっとおだてるとすぐ調子に乗るからコントロールしやすいの」
言いながら、舌をペロッと出してウインクしてみせる妹──確かに可愛いが、それ以上に今は彼女のことがコワイ。
兄さんも兄さんで脳死すぎるし……この家族、ほんとに大丈夫なのか?
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