第729話 切れ味よし
帰り道でお土産のお菓子を買う。奮発して多めに買ったので、みんなにも十分に行き渡ると思う。ああ、そういえば、うちには腹ペコ怪獣がいるんだったな。さすがにチョコレートは手に入らないが、ケーキやシュークリームなんかは手に入る。とりあえずそれでお茶を濁しておこう。
タウンハウスへ戻ると、ミラが飛びついてきた。寂しい思いをさせてしまってごめんね。さすがに工房へミラを連れて行くわけにはいかなかったんだよ。
お土産をみんなへ渡し、ミラにもおわびの品としてシュークリームを差し出すと、すぐに機嫌を取り戻してくれた。さすがは甘味。甘味様は偉大やで~。
「ダニエラお義姉様の姿が見えないみたいなんだけど?」
「それが、王城から使いの者が来まして、その方と一緒に王城へ行かれました」
「何かあったのかな?」
「さすがにそこまでは分かりません」
困ったように眉を下げた使用人にお礼を言って、俺もサロンでミラと一緒にお茶の時間にすることにした。
緊急事態が起きたわけではないみたいだけど、ちょっと気になるな。まあ、そのうちダニエラお義姉様から話があるだろう。
それまでは余計なことに首を突っ込まないように気をつけておこう。
夕方に戻って来たダニエラお義姉様だったが、特に何の話もなかった。そうなると、俺は関係ないのだろう。
最近、俺絡みのことが多かったので、ちょっと自意識過剰になっているのかもしれないな。まずは一度落ち着こう。
カインお兄様とミーカお義姉様が学園から帰ってきたところで、準備しておいた短剣をプレゼントした。どうやら俺たちがコソコソと動いていたことには気がついていなかったようである。
「いつの間にこんな物を……店で買ったんじゃなくて?」
「もちろん私の手作りですよ」
「ありがとう、ユリウス」
「ありがとう、ユリウスちゃん。さっそく試し斬りをしてみないといけないわね」
何かいい物がないかとキョロキョロしているミーカお義姉様を見て、使用人が今日の晩ご飯に出す予定にしていたのであろう、肉の塊を持ってきた。
「これで試し切りしてみてはどうでしょうか?」
「おお、いいんじゃないか? 実際に使うときとほとんど同じだな」
「ありがたく試させてもらいましょう」
まずはカインお兄様が試すようである。使用人の指示の元、二センチほどの間隔で肉を切るようだ。
鞘から短剣を引き抜いて、カインお兄様の動きが止まった。
「ユリウス、本当にこれをもらっていいのか?」
「もちろんですよ。そのために作ったのですから」
「店で売っている剣の刃と、何かが違うような気がする」
さすがは剣マニアのカインお兄様。どうやら切らずとも違いが分かったみたいである。鋼の剣とはちょっと違うからね。
しっかりとカインお兄様が刃を確認したところで肉の塊を切った。短剣は引っかかることなく肉を切った。
肉だけじゃない。肉を置いていたまな板まで切っていた。
「わわっ! なんだよこれ、切れ味がよすぎだろう!? ごめんなさい!」
忙しいな、カインお兄様。だが使用人も、まさか、まな板まで切れるとは思っていなかったようで絶句していた。
これは俺が原因なのかもしれない。俺がフォローするべき案件だろう。
「心配はいりませんよ。すぐに新しいまな板を作ってきます。このくらい、楽勝ですよ」
そう言ってから、ダッシュで色んな道具を置いているサロンへと向かった。このサロンは今では物づくり専用の部屋になっている。もしかすると、想定とは違う使われ方をして、サロンが泣いているかもしれない。ごめんね。
ちょうどよさそうな板を見つけて、パパッと加工する。表面もキレイにかんなで仕上げてから、硬質化の付与を入れておく。これならさっきのようなことにはならないはずだ。決して付与の無駄づかいではないぞ。
急いで戻ると、そこではぼう然とした様子で短剣を手に持っているミーカお義姉様の姿があった。なんだかちょっと怖い光景だぞ。俺の気配に気がついたのか、ギギギ、と音がしそうな感じでこちらへ振り返った。
「えっと、新しいまな板を作ってきましたよ?」
「ユリウスちゃん、これ、カインくんのとまったく同じに見えるんだけど?」
「それはそうですよ。二人がケンカしないように、同じ物になるように作りましたからね」
「そうなのね。ありがとう?」
ミーカお義姉様は混乱している! 頭の上にクエスチョンマークがいっぱいとんでいるように見えるぞ。やっぱりうり二つの短剣にしたのはまずかったか。ちょっと違う感じにすればよかった。
「それにしても、どう見ても同じ物だよな? 切れ味も同じみたいだし」
カインお兄様の視線をたどると、まな板がさらに短くなっていた。どうやらミーカお義姉様も勢いあまって、まな板まで切ってしまったようである。これはまずい。新しいまな板を準備しておいてよかった。
さっそくまな板を取り替える。使用人も気に入ってくれたのか、新しいまな板を見てよろこんでいた。これでおいしいご飯を作ってもらいたいところである。
「大事にするわ、ユリウスちゃん」
「俺も大事にするぞ。だが、ミーカのと間違えそうだな」
「あ、それなら柄巻の色を別の物に変えますよ。それくらいならここでもすぐにできますからね」
「あら、それなら変えてもらおうかしら? やっぱり自分の物である印が欲しいものね」
そんなわけで、ササッとミーカお義姉様の柄巻の色を変更しておいた。これで間違えることはないな。
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