第671話 ジョバンニ様のお願い
さすがに一日一本しかホーリークローバーを採取できないのでは厳しいかもしれないな。だがしかし、王都周辺にはホーリークローバーを育てる場所がない。それならば、ハイネ辺境伯家から提供するのがよさそうだ。
さいわいなことに、聖なるしずくを改良しようとした副産物により、ハイネ辺境伯家の騎士団には伝説級の剣があるのだ。それがあれば、大量の聖なるしずくは必要ないはずである。
「それではこうしましょう。しばらくの間は聖なるしずくをハイネ辺境伯家が責任を持って準備します。その間に、ホーリークローバーを安定的に入手できるような態勢を整えておいて下さい」
「それはありがたい話なのですが、大丈夫なのですか? ハイネ辺境伯領でも必要なのではないでしょうか」
「大丈夫ですよ。ハイネ辺境伯領では結構な数のホーリークローバーを手に入れることができますからね」
そう、緑の精霊様のおかげでね! だが、このことを言ってもよいのか分からなかったので黙っておいた。ハイネ辺境伯家の秘密をあまり言いふらすのはよくないだろう。
俺のその発言に、疑うことなくみんながうなずいている。信頼関係が構築されているのは実によいことである。
「それではそのようにお願いします。我々も入手先を準備しておきます」
「他の領地にもクローバー畑の必要性を広めておいた方がいいかもしれません。国中で必要になった場合には足りなくなるでしょうからね」
「確かにそうかもしれませんな……」
ジョバンニ様がアゴに手を当てて考え始めた。何か問題でもあるのかな? 聖なるしずくは破邪の効果を付与するだけなので、剣としての性能が変化するわけではない。改良型聖なるしずくのような問題にはならないと思うんだけど。
「ユリウス先生はこの国の聖剣の話をご存じでしょうか?」
キリリと眉を上げてジョバンニ様が聞いてきた。これはどうもまじめな話のようだな。ごまかさずにしっかりと答えておいた方がよさそうだ。
「聖剣がこの国にもある話は聞いています。ですが、使い手がいないとか?」
「ええ、その通りです。ですが、聖剣としての力が失われているのではないかという話もあるのです」
「それって、聖剣が壊れているという話ですか?」
俺の質問に重々しくうなずくジョバンニ様。なるほど、どうやら聖剣が使えないのは、使い手の問題ではなく、本体が壊れているかもしれないと考えたようである。
でも、聖剣が壊れていたらその伝承が残っていると思うんだけどな。
「それで、できればユリウス先生にも見ていただけないかと思いまして」
「えっと、それは、まあ……」
ジョバンニ様は俺がレイブン王国の聖剣を修復したことを知っているからなー。試してみたかったのだろう。これは断れないな。恐らくその話は国王陛下の耳にも届いているはずだ。
「どうかよろしくお願いします。見てもらうだけでもよろしいので」
「分かりました。私にできることがあるかは分かりませんが、拝見させていただきます」
スペンサー王国の聖剣がどのようなものなのか見てみたかったのもあるし、まあいいか。もしかすると、こうなる可能性も考えて、ダニエラお義姉様が俺を王都へ連れ出したのかもしれないな。さすがはダニエラお義姉様。先を読む力もあるようだ。
調合室での視察を終えた俺は、使用人からの案内を受けて、今日泊まる部屋へと移動した。王城にはいくつもの客室があるのだが、それらの客室を素通りしてどんどん奥へと進んで行く。
「ネロ、これってもしかして」
「どうやら王族のプライベートスペースへ向かうようですね」
「やっぱり」
うーん、俺としては他の人たちと同じように普通の客室でよかったのだが、ダニエラお義姉様からすると、そうはいかなかったようである。まさか、ダニエラお義姉様の部屋に案内されるなんてことはないよね? 信じてるからね?
案内されたのはダニエラお義姉様の部屋からほど近い場所にある部屋だった。ホッと一安心したものの、そこは王族が使う部屋の一つだった。
子宝に恵まれる世代もあるだろうからね。予備の部屋はいくつもあるらしい。
「うーん、ちょっと落ち着かないな」
「私はかなり落ち着かないですね」
「かと言って、部屋を変えてもらうわけにもいかないし、あきらめるしかないか」
部屋の壁には真紅の壁紙が貼られており、そこには金色の装飾が施されていた。照明は小さめのシャンデリア。すごくキラキラしている。壁には他にも大きな風景画が飾られており、まるで窓から外をぞいているかのようだった。なにこれ。
イスも壁紙と同じく赤い布が使われており、ところどころに、金の糸で緻密な刺しゅうが施されている。なんだか座るのが怖いぞ。どこかに引っかけてしまったらどうしよう。立っておくか?
唯一、まだマシだと思われる机のイスに座る。ネロは立ったままだ。さすがにソファーを勧められない。俺だって座るのヤダもん。
「……やっぱり部屋を変えてもらおうかな?」
「……それがよろしいかと思います」
だがしかし、ミラを連れてやってきたダニエラお義姉様にその話をすると、笑顔で却下された。汚しても壊しても問題ないと言われてしまった。
そんなこと言われても……そんな俺の苦しみを知ってか、知らずか、ミラは遠慮なくソファーの上を跳ね回り、天蓋つきのベッドの上でボヨンボヨンしていた。
いいなぁミラは。俺にはとてもできない。
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