第643話 話題のすり替え作戦

 今日の午前中は勉強の時間だ。それが終われば、昼食の時間まで工作室にこもることにしている。なんでも、ロザリアがファビエンヌへ聞きたいことがあるらしい。

 きっとアンベール男爵夫妻にプレゼントする蓄音機に装飾する模様についての話だろうな。


 家庭教師の先生からの授業が終わり、ちょっと疲れた感じになったファビエンヌとネロを連れて工作室へとやって来た。


「ユリウス様は疲れていないようですわね」

「さすがはユリウス様ですね」

「そうかな?」


 作り笑顔を二人に向ける。確かに今日もなかなか詰めた内容の授業だったが、受験のころと比べるとそれほどでもなかった。経験の差が生きた形である。

 お疲れ気味のネロを座らせて、今日は俺がお茶を入れる。

 ネロが恐縮していたが、無理やり席に座らせた。


「ユリウス様はお茶を入れるのも上手ですわね」

「いつもネロが入れているのを見ているからね。そのおかげだよ」

「恐縮です」


 ネロがますます小さくなったような気がした。そんなにかしこまることないのに。俺ってそんなに怖いかな? ちょっとへこむぞ。


「ファビエンヌお義姉様、この模様はどうですか?」

「あら、素敵なお花。それにかわいい動物たちですわね。きっとお母様が喜びますわ」


 ファビエンヌとロザリアが話し始めたところで、俺は昨晩作ったチョコレート製造機の設計図を描くことにした。これがなければロザリアにチョコレート製造機の製造をお願いすることができないからね。


 それに俺が内緒で新しい魔道具を作っていたことが発覚すれば、ロザリアはそのかわいらしいほほを膨らませることになるだろう。

 それはそれで見てみたい気もするが、それが原因でロザリアに嫌われるのは困る。


「キュ」

「ミラ、あんまりチョコレートを食べ過ぎるんじゃないぞ」

「キュ」


 聖竜って虫歯になるのかな? それはそれで新たな発見になるのかもしれないが、だれが治療するんだよって話だよね。この世界に獣医とかいるのか? 分からん。

 シャコシャコと設計図を描いていると、二人の話は終わったようである。ロザリアの興味が俺の方へと向いた。


「お兄様、その設計図は一体?」

「これはチョコレート製造機の設計図だよ。これがあれば、もっとたくさんチョコレートを作れるようになるはずだよ」

「キュ!?」

「お兄様、私もそれを作ってみたいです!」


 だいたい予想通りの反応である。ミラがテシテシと設計図をたたいていたのが気になるけど。もっとたくさんチョコレート製造機を作るように言っているのかもしれない。

 これは早いところ、一日に食べさせる量を決めないといけないな。


 ロザリアにどんな魔道具なのかを軽く説明している間に昼食の時間になった。そのままみんなでダイニングルームへと移動する。


「午後からは騎士たちのところへ行くよ。もちろん、お土産を持ってね」

「それではカカオの実を採取するための袋を準備をしておきます」

「頼んだよ、ネロ」

「ユリウスお兄様、クローバー畑は完成したのですか?」


 首をかしげるロザリア。ロザリアはまだ何も植えていないころのクローバー畑しか見てないからね。完成したら連れて行く約束をしているので、今の状態が気になるのだろう。

 せっかくなので、辺り一面、クローバーで覆い尽くされた状態を見せたいな。


「もう少し時間がかかりそうなんだ。約束は覚えているから、楽しみに待っててね」

「はい。お待ちしておりますわ」


 昼食が運ばれて来るのを待っている間に、他の家族も集まってきた。どうやら今日は家族全員で昼食を食べることになりそうだ。朝食はバラバラだったからね。ちょっとうれしい。


「ユリウス、昨日話していた追加の人員についてだけど、ひとまず募集をしておいたよ。まずは三人くらいを雇おうかと思っている。もちろん、口の堅い人を採用するよ」

「よろしくお願いします」

「チョコレートを王都へ送ろうと思っているのだけど、問題はないかしら?」


 ダニエラお義姉様が笑顔でそう聞いてきた。昨日の今日だし、チョコレートの生産具合を気にしているのかもしれない。

 大量に送るのでなければ大丈夫だろう。カカオの実もこれからそれなりの数、手に入ることになるので問題はないはず。


「今朝、料理長にチョコレート製造機を渡しておきましたので大丈夫ですよ。それに今日はこれから騎士たちに頼んで、カカオの実をたくさん採取する予定にしてます」

「それなら大丈夫そうね。それにしても、いつの間にそんな魔道具を作ったのかしら?」


 首をひねるダニエラお義姉様。お父様とお母様の目つきが細くなる。う、まずい。なんとか話題を別のものにすり替えないといけない。できればお母様とダニエラお義姉様が食いつきそうなやつで。


「午後からは約束していた化粧水の開発も行う予定です。色々と試験する必要があるので、すぐには完成しないかもしれませんが、近いうちには出来上がると思います」

「あら、そうなのね。楽しみにしてるわ」

「それなら、チョコレートを王都へ送るのはそれができてからにした方がいいかしら?」


 ダニエラお義姉様が考え始めた。確かにバラバラに送るよりかは、一度で送った方がいいよね。手紙も一回ですませられるし、ハイネ辺境伯家としても、送る荷馬車が一台ですむ。


 ハイネ辺境伯家専用の荷馬車は数が限られている。連続で何台も王都へ送り出すわけにはいかないのだ。

 ただでさえ、今はすでに蓄音機を載せた荷馬車が王都へと向かっているのだ。そこにこれからさらに二台追加したら、緊急時の荷馬車がなくなってしまうかもしれない。

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