第611話 クローバー畑

 ここで歌えますとか言ったら、絶対に歌ってほしいと言われるな。それだけは避けたいところである。仮にそれが好評になったりしたら、領内に俺の歌が広まることになるかもしれない。それはつまり、アニソンがハイネ辺境伯領に広まると言うことである。


「どうなんだ、ユリウス?」

「確かに馬車の中でファビエンヌと一緒に歌いましたが、そちらはピアノの演奏と違って、ごく普通の歌ですよ」

「ごく普通……そうか」


 うーん、なんだかお父様は納得していないような顔をしているな。でも、俺が歌いたくないことは伝わったようである。それ以上、踏み込んでくることはなかった。

 ロザリアは残念そうにしているが、ここは心を鬼にするべきだろう。


「聴きたかったなぁ、ユリウスお兄様のお歌」

「そう? 俺はロザリアの歌を聴いてみたいな」


 そんなことを言われるとは思っていなかったのか、パッと顔を上げるロザリア。我が家のお姫様の歌を聴きたいと思ったのは俺だけではなかったみたいで、家族みんなの注目がロザリアに集まっている。


「ふ、ふぇ!?」

「あら、いいじゃない、ロザリア。お母様も聴いてみたいわ~」


 顔を赤くするロザリアに、追い打ちをかけるお母様。

 蓄音機にはどんな音でも録音することができるからね。きっと、この年齢のロザリアの歌を録音しておきたいと思っているのだろう。大賛成である。俺も録音したい。


 お母様に詰め寄られ、歌い始めたロザリア。お風呂の反響もあってか、まるで歌姫かのような歌唱力だった。みんなも絶賛していたし、俺もしっかりと拍手をしておいた。

 まさかロザリアにこんな隠された能力があったとは。お母様は早くも、歌の先生を呼ぶべきかどうかを悩んでいた。


 家族との楽しいお風呂の時間も終わり、自室へと戻ってきた。みんなでお風呂に入ることに味を占めたダニエラお義姉様が、”ときどきこうやってみんなで入りましょう”と提案して、無事に可決された。

 裸の付き合いによって、みんなの距離がグッと近くなったのは確かだからね。次はファビエンヌも一緒に入らないといけないな。仲間はずれはよくない。


「蓄音機、売りに出したらものすごく売れそうだな」

「そうですね。これまではそう簡単に音楽を聴くことができませんでしたからね」

「ネロもほしいよね?」

「はい。できれば私もユリウス様のお歌が入った蓄音機がほしいです」

「……考えておくよ」


 どうやらネロはアニソンがよほど気に入ったようである。困ったな。できれば内緒にしておきたいんだけど。まあ、なんとかなるだろう。時間が解決してくれるはずさ。きっと。


 翌日、蓄音機の図案が煮詰まってきた。同じイメージがグルグルと頭の中を追いかけっこしている。これはダメだな。少しそれから離れることにしよう。


 やらなければならないことは他にもある。その一つが薬草園の拡張だ。ホーリークローバーをゲットするために、クローバー畑を作らなければならないからね。

 まずは薬草園を拡張する許可をもらうべく、お父様の執務室へと向かった。


「お父様、例の光属性を付与する魔法薬を作るための素材に、ホーリークローバーという素材が必要になります。それで、ホーリークローバーを育てるために薬草園を広げたいと思っているのですが、許可をいただけますか?」

「分かった。許可しよう。念のため、アメリアにも話しておいてくれ。昨日のうちにアメリアにも一通り話しているので、問題はないと思うがな」

「ありがとうございます。すぐに聞いてきます」


 お母様に話したということは、アレックスお兄様とダニエラお義姉様にも話したのかな? それならそれで、話が早くて助かるな。もしかすると、スペンサー王国全土で必要になるかもしれないからね。


 さっそくお母様を探すと、どうやらサロンでロザリアと一緒にお茶を飲んでいるようだった。どうやらロザリアの蓄音機製作も一段落ついたみたいだ。もしかすると、俺の蓄音機が完成しているのかもしれない。これは楽しみだぞ。


「お母様、相談があって参りました」

「あら、何かしら? まずはお茶にしなさい」


 お母様が使用人に目配せすると、すぐに熱々のお茶が準備された。

 俺も一息、入れることにしよう。薬草園を拡張する許可をもらったら、忙しくなるからね。


「お兄様の蓄音機が完成しましたわ! 今から取りに行ってきますね」

「ありがとう。それは楽しみだ」


 笑顔でロザリアにそう言うと、ロザリアはリーリエと一緒にサロンから飛び出して行った。その様子を見て眉を下げるお母様。何か言いたそうではあったが、口は閉じたままだった。


 きっと俺が話があると言ったからだろう。ロザリアには聞かせられない話だと思っているようである。確かにそうかもしれないな。クローバー畑を作るなんて言ったら、自分も一緒にやると言いかねない。


「お母様、薬草園を拡張したいと思っているのですが、よろしいでしょうか? お父様からはすでに許可をもらっています」

「それは構わないけど、今の薬草園ではダメなのかしら? 結構な広さになってるわよね」

「それが、光属性を付与する魔法薬を作るのに必要な素材が、今の薬草園では手に入らないのですよ」


 俺はお母様にホーリークローバーの入手の仕方を話した。それを聞いたお母様も、さすがに今の薬草園で手に入れるのは無理だと判断したようである。


「ユリウスの言うとおり、魔境へ取りに行くわけにはいかないものね。分かったわ。許可するわ。ただし、なるべく庭の奥の方でやってちょうだいね」

「もちろんですよ。ハイネ辺境伯家の庭の景観を損ねるようなことはしません」


 よしよし、これでお父様とお母様から許可をもらったぞ。これで遠慮なくクローバー畑を作ることができる。ハイネ辺境伯家の庭はまだまだ広いからね。魔法薬も惜しまず使って育てれば、それほど時間をかけずにホーリークローバーを手に入れることができるはずだ。

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