第605話 ホーリークローバー

「あー、終わった終わった。ありがとう、ファビエンヌ。おかげで怒られなくてすんだよ」

「いえ、私だけの力ではありませんわ。お義父様も最初から怒るつもりはなさそうでしたからね」


 サロンへ戻ってきた俺は行儀悪く、ソファーに寝転んだ。それを見たファビエンヌが眉をハの字にしながら、向かい側のソファーに座る。その膝の上ではミラがスピスピと寝息を立てていた。


 どうやらファビエンヌは聞きたいことがあるようだ。きっとさっき話した魔法薬の話だろう。ファビエンヌの話を聞こうとしてソファーに座り直すと、ネロが素早くお茶を入れてくれた。


「ユリウス様、光属性を付与する魔法薬というのはどのような魔法薬なのですか?」

「ホーリークローバーを素材にした魔法薬で、武器にふりかけて使うんだ。魔法薬の名前は”聖なるしずく”だよ」

「聖なるしずく」


 口元に手を当てて考え込むファビエンヌ。その間に、執務室でお父様と話したことをネロにも伝えた。ちょっと申し訳なさそうな顔をしながらうなずくネロ。ファビエンヌとライオネルと同じように、俺を止めることができなかったことを悔やんでいるのだろう。

 その悔しさはぜひ、次に生かしてほしい。


「そうだ、素材の中に、聖竜の毛を入れてみようかな? きっとすごいことになるぞ」

「ユリウス様、おやめ下さい。まずは普通の聖なるしずくを作りましょう」

「ファビエンヌ様の言う通りです。そのままの作り方で作製して、効果がよくなかったときに聖竜の毛を使ってみてはどうですか?」

「そ、そうだね。そうするよ。約束する」


 二人が俺に迫った。どうやらさっそく止められたようである。いい考えだと思ったんだけどな。どうも魔法薬のことになると、ひらめいたものを試したくてウズウズしちゃうんだよね。


「ユリウス様、ホーリークローバーという名前の素材を見たことがないのですが、薬草園で育てられているのですか?」

「いや、育ててないね。しまったな。ホーリークローバーは魔力が豊富な土地に生えているクローバーの中に、ときどき紛れて生えているんだよ」

「魔力が豊富な土地と言いますと、魔物がたくさんいる場所になりますわね」

「そうなるね」


 どうしよう。俺は魔境に一人で行っても問題ないんだけど、絶対に行かせてくれないだろうな。かと言って、騎士団を連れて魔境に入るわけにもいかない。そもそも、それをお父様が許してくれないだろう。


 そうなると、薬草園で強引にホーリークローバーを育てるしかない。まずは魔力が豊富に含まれる土を作って、そこにクローバーを植えることから始めよう。魔法薬でドーピングすれば、それほど時間をかけずにホーリークローバーを生やすことができるはずだ。


「まさか、そのようなところへ行くおつもりではないでしょうね? ユリウス様がお強いことはよく知っておりますが……」

「大丈夫だよ、ファビエンヌ。行くつもりはないから安心して。その代わりに、薬草園を改良してホーリークローバーを育てようと思っているよ」

「そのようなことができるのですか?」


 片手でミラのおなかをなでながら、ファビエンヌが首をかしげた。そこで俺が先ほど考えたやり方を話すと、一応は納得してくれたようである。アゴに手を当てた状態ではあるが、何度かうなずいている。


「それなら薬草園を広げた方がよさそうですわね。どのようにして土に魔力を含ませるおつもりですか?」

「ドンドンノビールの応用だよ。あのときは薬草の成分を混ぜ込んでいたけど、その代わりに魔力草を使ってみようかと思っている」

「確かにその方法なら、土に魔力を含ませることができそうですわね。魔力草には魔力がたくさん含まれていると本に書いてありましたわ」


 どうやらファビエンヌはしっかりと本を読んで、魔法薬の勉強をしているようだ。俺よりも勉強家なのではなかろうか。俺は元々持っている知識に頼りすぎているところがあるからね。魔法薬の素材が書いてある本を読んだことはあるけど、さすがに隅々まで読んではいない。


「薬草園を広げる許可をお父様にもらってから、さっそく始めてみるよ」

「私も手伝うことができればよかったのですが……」

「気持ちだけいただいておくよ。ファビエンヌはアンベール男爵家に帰って、元気な姿をアンベール男爵夫妻に見せてあげないと」


 俺の言葉にうなずくファビエンヌ。婿養子として、アンベール男爵夫妻からの評価をなるべく下げたくないからね。

 もちろん俺も、ファビエンヌと一緒にアンベール男爵家へと行くので、本格的な作業は明日以降になるだろう。


 しばらく親子水入らずで過ごしたら、ファビエンヌがまたハイネ辺境伯家へ来てくれるだろう。本格的な作業はそれからになりそうだ。どのみちファビエンヌにも聖なるしずくの作り方を教えるつもりだからね。


「ユリウス様、お風呂の準備が整いました」

「分かったよ。すぐに行く。それじゃ、お風呂に入ろうか」

「明日からしばらくは一緒にお風呂に入れませんものね。しっかりと堪能しなくてはいけませんわ。ミラちゃんはどうしま……」

「キュ!」


 何かを察したミラが飛び起きた。どうやら一緒にお風呂に入るつもりのようである。

 一ヶ月近くお留守番させていたもんね。今日はしっかりとミラの体を洗ってあげることにしよう。ついでにファビエンヌの体も洗ってあげようかな?

 え? セクハラ? いやいや、俺たちは婚約者だし、問題ナッシングだよ。たぶん。

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