第595話 帰りの準備

「ずいぶんと来るのが早かったですわね」


 慌ててサロンへと入ってきた俺たちを見てソフィア様の目が少し大きくなった。部屋の中にはソフィア様だけでなくエルヴィン様の姿もあり、ソフィア様と同じような顔をしてこちらを見ていた。

 どうやら二人のお茶の時間を邪魔してしまったようである。悪いことしちゃったな。


「申し訳ありません。少し急ぎすぎたようです」

「気にしておりませんわ。今日の午前中は特に予定が入っていないのですよ。私たちも休むようにと国王陛下に言われてしまいまして」


 眉を下げて笑うソフィア様。隣に座っているエルヴィン様も苦笑いしている。

 どうやら連日、頑張りすぎたようである。言われてみれば確かに、ソフィア様たちが休んでいるところをあまり見かけなかったな。


 そしてそうなると、ソフィア様たちと同じように休みなく動いていた俺たちも、そろそろ国王陛下から止められていたのかもしれない。

 俺たちがイスに座ると、ネロが持っていた神棚をテーブルの上に置いた。ソフィア様から”ホウ”というため息が聞こえてきた。


「こちらが精霊様たちへお供え物をするときに使う神棚になります」

「素晴らしい一品ですね。これはユリウス様が作ったのですよね?」

「ええ、そうです」


 感心したかのように再びため息をついて、二人が神棚を眺めている。

 気合いを入れて作ったのは間違いないが、そこまでうっとりと観察されるとさすがにこそばゆいな。


「このような素晴らしい物をいただいてよろしいのですか?」

「もちろんです。レイブン王国の王城へ置いていただくために作ったものですからね。神棚の扉を開いた場所にお供え物を置いていただければ、精霊様たちに届く仕組みになっています」


 それほど大きな神棚ではないので、お供えできる量には限りがある。そのため、大量にお供え物をするようなことにはならないだろう。そもそも、大量にお供え物をされても、精霊様たちが困るだろうからね。


「どこに設置しようかと考えていましたが、礼拝堂の一角に置かせていただくことにしますわ。あそこなら多くの方に見ていただけますからね」


 どうやらソフィア様はこの神棚を多くの人に自慢するつもりのようである。ちょっと恥ずかしいな。こんなことになるのなら、王族だけで使うようにあらかじめ言っておくべきだった。

 でもそれだと、他の人がお参りできないのか。庭師や騎士たちもお参りしたいだろうからね。


「ソフィア様、急な話になりますが、明日には魔法薬師たちと一緒にレイブン王国を立つことになりました」

「まあ、急ですわね?」

「申し訳ありません。どうやら魔法薬師たちにすぐに戻って来てほしいと連絡があったようなのです」


 俺の答えに、ソフィア様とエルヴィン様がお互いに顔を見合わせた。何か緊急事態が起こっていることを察したようである。

 この反応からすると、二人の耳にも何が起こったかの情報は入っていないようだ。


 どうやらそこまで大きな問題にはなっていないみたいだな。もし大問題になっているのなら、すでにこちらにも情報が伝わっているはずだからね。なんといっても、スペンサー王国とレイブン王国は同盟国なのだから。


「分かりましたわ。それでは止めるわけにはいきませんわね。礼拝堂へ神棚を安置したあとで、私たちも手伝いますわ」

「本当はもっとユリウス様とファビエンヌ様にお礼をしたかったところですが、それはまたの機会にした方がよさそうですね」


 二人と別れた俺たちは、その足でお世話になった庭師と騎士たちにあいさつをしに行くことにした。本当はゆっくりとあいさつしたいところだけど、そんな場合じゃなくなってしまったからね。


 庭師たちの休憩所に到着すると、一仕事終えた庭師たちが俺たちを迎えてくれた。俺たちが事情を話すと、ちょっとした騒ぎになってしまった。中には涙ぐむ人たちもいた。

 さすがに引きとめられることはなかったが、急な別れを最後まで惜しんでくれていた。


 城への帰り道に騎士団のところへも寄っていく。騎士たちにもとてもお世話になったからね。黙って去るわけにはいかないだろう。


「ユリウス様、もう国へ戻られるそうですね」

「急な話になってすみません。みなさんには大変お世話になりました」


 スペンサー王国から俺たちと一緒にここへ来ていた騎士たちと一緒に荷物を馬車へと運んでいるレイブン王国の騎士たち。どうやら俺たちが帰る話を事前に他の騎士たちから聞いているようだった。


「ユリウス様、お世話になったのはこちらの方ですよ。レイブン王国のためにご助力いただき、ありがとうございました」


 近くにいた騎士たちがそろって頭を下げた。助力したのは確かだけど、みんなの助けがなければ、これほど早く浄化作業が終わらなかったのもまた事実だ。

 そんな騎士たちに再びお礼を言って、俺たちは部屋へと戻った。


「さあ、俺たちも早く帰りの準備をしなくちゃね。俺たちが原因で帰るのが遅れたとなれば申し訳ないからね」

「急いで帰る準備をいたしましょう。ああ、お土産を探している時間がありませんでしたわね」


 手ぶらで帰ったらみんなガッカリするかな? 一応、蓄音機というお土産はあるので、完全に手ぶらというわけではないけどね。それでも蓄音機はロザリアとミラのものだし、みんなにお土産がないのも確かだ。


「アンベール男爵夫妻にもお土産がないね。困ったな」


 どうしよう。今から城下町へ買い物に行くか? 午後からの時間をフルに使えばなんとかなるかもしれないけど、どこに何が売ってあるのか分からないんだよね。

 これは困った。思わぬ時間を食うことになりそうだぞ。

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