第585話 枯れ木に花を咲かせるがごとく

 森を少し進むと、けがれた大地が見えて来た。さすがに今日は覚悟をしてきたみたいで”う”とうめいたものの、ソフィア様が倒れることはなかった。ファビエンヌはだいぶ慣れてきたようで、ちょっと顔をしかめただけだった。


「それではけがれた大地の浄化を始めましょう。私が風魔法で浄化の粉を遠くまで送り出しますので、みなさんはそれを空へとまいて下さい」

「分かりました!」

「任せて下さい!」


 みんなの大きな声が聞こえてくる。ちょっと緊張した様子のソフィア様はファビエンヌから浄化の粉を受け取っていた。一握り粉をつかんで空へ投げればよいだけなので、とても簡単な作業である。

 魔法薬師たちはすでに準備はできたようだ。ソフィア様が浄化の粉を空へまくのを待っている。


 ソフィア様が空へまくのと同時にみんなも空へとまいた。その瞬間に風魔法を使い、けがれた大地へと拡散させる。風に乗って、キラキラと輝く粉が森の奥へと広がっていく。


「不思議な光景ですわね。まるで緑色のカーテンが広がっていくかのようですわ」


 浄化の粉が広がる光景を見てソフィア様がそう言った。ファビエンヌも見とれているようである。魔法薬師たちはもう見慣れた光景になったかな? さすがに声があがるようなことはないか。


「ユリウス様が一緒だと作業がはかどりますね。昨日はもっと時間がかかっていましたよ」

「まったくその通りですね。教えてもらった風魔法を使っても、ここまでうまくいきませんでしたからね。さすがはユリウス様です」


 なんだか俺推しが強いな。つい先ほど緑が再生していた光景を見たからなのかな? みんなやる気に満ちているようだし、それに水を差すようなことはしないでおこう。

 そのまま俺たちはけがれた大地の浄化作業を続けていった。


 もちろん、終わった場所からドンドンノビールをまいている。ソフィア様も手慣れてきたようで、みんなと楽しそうに話していた。もしかすると、こうやってみんなと一緒に何かをやりかったのかもしれないな。公務のときは一人、もしくはエルヴィン様しか近くにいなかっただろうからね。


 途中で何度か休憩を挟みつつ作業をする。そうしてそろそろお昼を食べに村に戻る時間じゃないかなと思っていたころ、魔法薬師から声があがった。


「浄化の粉がなくなりました!」

「あとはドンドンノビールをまいて、今日の作業は終わりか。予定よりもずいぶんと早かったな」

「ユリウス様がいらっしゃいますからね。当然ですよ」


 相変わらずの俺推しである。その言葉にちょっと苦笑いしていると、服に汚れをつけたソフィア様がこちらへと向かって来た。その顔はとても満足そうである。やり遂げた感があるな。


「村へ戻って昼食を食べましょう。浄化の粉がなくなったのなら、これ以上、けがれた大地の浄化はできませんものね」

「そうですね。戻りましょう。エルヴィン様たちも一度、戻って来ているかもしれませんからね」


 こうして俺たちはドンドンノビールをまき終えたあとに来た道を引き返した。荷物の量が減っているので、行きよりも早く村へ戻ることができた。

 残念ながらエルヴィン様たちは村へ戻ってきてはいなかった。その代わりに、”昼食は山の中で食べる”という知らせが届いていた。


「今のところ、魔物には遭遇していないみたいですね」

「そのようですわね。今日中に調査を終わらせると言っていましたが、無理をしていなければよいのですが……」


 心配そうな顔をするソフィア様だが、俺たちにはどうすることもできない。無事に戻って来ることを祈ろう。

 昼食を食べながらこれからのことを話す。


 まずは魔法薬師たちについてだが、浄化の粉がなくなったのであればどうすることもできない。そのため彼らはすぐにでも王都へ戻りたいようだ。

 俺たちはどうしようかな。王都にいる魔石砕きチームのメンバーや、魔法薬師、庭師たちのことが気になるといえば気になるけど。


「ソフィア様はどうしますか?」

「そうですわね、まずはエルヴィン様が戻ってくるのを待ちますわ。そのあとは隣町に戻ることにしようと思います。この村にいると、みなさんの負担が大きそうですからね」


 それはそうだろう。小さな村は、本来、お姫様が泊まるような場所ではないのだから。このままだと村長の胃に穴があく。間違いない。

 エルヴィン様が戻ってくるのは夕方くらいかな? そうなると、ソフィア様たちが村を出るのは明日になりそうだ。


 よし、エルヴィン様たちだけでなく、森の精霊様のことも気になるし、ソフィア様たちと一緒に戻ることにしよう。その方がソフィア様も安心することだろう。


「それでは私たちも一緒に待ちますよ。山の状況も気になりますからね」

「ユリウス様が残って下さるなら心強いですわ」


 そんなわけで、俺たちの出発は明日になることになった。あ、ファビエンヌになんの相談もなく決めちゃったけど、大丈夫かな? そう思ってファビエンヌに改めて聞くと、問題ないということだった。


 ファビエンヌも山の様子は気になっているみたいだ。それに、森の精霊様にあいさつをすることなく帰るのは、さすがにまずいだろうということだった。確かにそうだな。

 ドライフルーツをお供えすれば許してもらえそうではあるけど、不義理はダメだよね。


 昼食が終わると、魔法薬師たちは村を出発した。今から帰れば今日中には隣町に到着することができる。明日はそのまま王都へ戻って、報告と魔法薬作りに従事するつもりのようである。

 タフだね、キミたち。みんな好きでやっているから非常に止めにくい。そのため俺は、”あまり張り切りすぎないようにね”と助言することしかできなかった。


 エルヴィン様たちが戻って来るまで、特にすることがなくなってしまった。たまにはゆっくりするのもいいかな。村でノンビリとすごすことにしよう。ソフィア様は疲れたのか、部屋でお昼寝をするようである。


 俺も昼寝でもしようかな? ファビエンヌの隣で。いや、ファビエンヌに膝枕してもらうのもいいかもしれない。そんなよこしまなことを考えていた俺だが、どうやらそう、うまくはいかなかったようである。


 膝枕を所望する前に、ファビエンヌが眠ってしまった。なんともないような顔をしていたけど、かなり体力を消耗していたようである。

 まだまだファビエンヌに対する配慮が足りないな。ごめんね、ファビエンヌ。そう思いながら、ファビエンヌに毛布をかけてあげた。


 ファビエンヌの隣でうつらうつらとしていると、なんだか村の外が騒がしくなってきた。エルヴィン様たちが戻ってきたようだ。

 山の様子がどうだったのか気になったので、俺たちも騒ぎの方へと向かった。

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