第563話 信者モード

 ドンドンノビールをまき終えた俺たちはその場で庭師たちと別れた。もう日が暮れている。急いで戻らないとみんなに心配をかけてしまうことになりそうだ。

 土いじりをしたので、手もよく洗わないといけないな。服には……うん、あまり土はついていないようだ。これなら裏口で少々払えば大丈夫だろう。


 城へ戻った俺たちを出迎えてくれたのはソフィア様とエルヴィン様だった。どうやら俺たちが戻ってきていることを使用人から聞いたみたいである。使用人ならあちこちにいるからね。


「お帰りなさい。ずいぶんと遅くまで作業をされていたのですね」

「遅くなってしまって申し訳ありません。新しく作った肥料を苗木にまいていたものですから」


 カッと目を見開いたソフィア様とエルヴィン様。似てるな、この二人。さすがである。そのまま無言で詰め寄って来た。そのあまりの勢いに、ファビエンヌと一緒にのけぞってしまった。


「こんなにも早く、緑の再生に役立ちそうな物を開発して下さったのですね」

「さすがはユリウス様だ。なかなか思うように進まなかった状況を、一気に押し進めるだなんて。さすがはユリウス様だ」


 エルヴィン様にとって大事なことだったのか、二回、同じことを言っている。だが本人は気がついていないようだ。

 まずい、顔が引きつりそうだ。頑張れ、頑張るんだ俺の表情筋。スマイル、スマイル。


「あの、喜んでいただいているところ申し訳ないのですが、まだ試験段階なんですよ。その肥料が緑の再生の役に立つかの判断には、今しばらく時間がかかると思います」

「それでもよいのです。確実に前進しているのですから」


 目を輝かせているソフィア様とエルヴィン様。これはもうダメかも分からんね。どうやら二人とも、すでに俺の信者になりつつある、いや、なってしまっているようだ。どうしてこうなった。


 そんな信者モードになった二人と一緒に、その日は夕食を食べることになった。今日も国王陛下と王妃殿下はいないようである。

 やはりレイブン王国の立て直しのために、あちこち忙しく動いているのだろうな。そんな国王陛下と王妃殿下にも、初級体力回復薬を分けて差し上げた方がいいのかもしれない。


「ユリウス様に頼まれていた素材を部屋に届けてありますわ。大量に、とはいきませんが、できる限り集めておりますわ」

「ありがとうございます。これで自動魔石粉砕機を増やすことができますよ」

「ユリウス様、お忙しいようでしたら、王家とつながりがある魔道具師に製造を依頼しますわよ? もちろん、すべて極秘扱いにいたしますわ」


 うーん、どうしよう。確かに自動魔石粉砕機は必要だが、そんなに大量にはいらないと思うんだよね。けがれた大地の浄化が終われば必要なくなるし。それに作り方を教えて、実際に生産されるまでにはそれなりに時間がかかると思う。その点、俺が作れば時間はそれほどかからない。


「ありがとうございます。せっかくの提案なのですが、自動魔石粉砕機はすぐに作ることができますので、そこまでしていただかなくても大丈夫ですよ。夜の時間に作れば問題ないと思います」

「そうですか? なんだかユリウス様にばかり負担をかけてしまっているようで申し訳ないですわ」

「気にしないで下さい。私がやりたくてやっているだけですから」


 ソフィア様がなんだか納得していないような顔をしているが、本当に気にしないで欲しい。やりたくなかったらすぐに他へ投げるつもりだ。

 ファビエンヌと過ごす時間が短くなってしまうが、そこはお風呂で体を洗ってあげることでフォローしよう。決してスケベ心からではない。


「新しい肥料の成果が出るまでにはどのくらいの時間がかかりそうなのですか?」


 ちょっと心配そうに眉をゆがめたエルヴィン様が聞いてきた。やっぱり気になるよね。その結果次第ではレイブン王国の運命を大きく左右することになるからね。あの山一帯の林業が消えるかもしれない瀬戸際なのだ。


「そうですね……七日間くらいは様子を見ないと、なんとも言えないかもしれません」

「七日ですか。ずいぶんと早く結果が出るのですね」

「そ、そうですかね?」


 あー、エルヴィン様は知らないのか。かつて俺が植物栄養剤の原液を使って、一瞬で木を生やしたということを。ソフィア様もエルヴィン様と同じように感心しているところを見ると、ダニエラお義姉様からは聞いていないようである。


 そうか、そもそもダニエラお義姉様がそのことを知らないのか。ということは、アレックスお兄様も、あのヤバイ魔法薬のことを話さなかったということだ。

 それはそうだよね。もし知っているのなら、その魔法薬を作ってくれって頼んでいるはずだもんね。


 アレックスお兄様の配慮があったけぇな。危うく神様認定されるところだった。これでなんとか人間として踏みとどまることができそうだ。ファビエンヌが固まった作り笑顔を浮かべているけど、もう少しだけ頑張って!


 そこからは無難な話をして、おいしい夕食をいただいだ。部屋に戻ると、すぐにお風呂の時間になった。どうやらネロが手配してくれたようだ。

 今日は魔石砕きや屋外作業などの、ちょっと体が汚れるような仕事が多かったからね。早いところスッキリしてもらおうと思ったのだろう。さすが気が利くな。


 そんなネロを含めて三人でお風呂に入った。もちろんファビエンヌの体をしっかりと洗ってあげる。体だけじゃなくて、一緒に髪も洗ってあげる。お上手ですねとファビエンヌにほめられたので、俺はそれだけで満足である。

 手先の器用さには自信があるからね。決してエロい意味ではなくて。


 お風呂から上がると、さっそく追加の自動魔石粉砕機を作成する。この素材の量なら三台は作れそうだな。これならすぐに作り終わるぞ。最初の一台目は大変だが、それ以降は楽勝である。『クラフト』スキルをフルパワーにして本気モードで作る。今の俺の姿は千手観音のように見えているはずだ。


 三十分ほどで三台の自動魔石粉砕機を作り終えることができた。さすが俺。自分の才能が怖い。もっとも、すべてスキルの恩恵なんだけどね。ありがたや、ありがたや。

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