第525話 かわいい嫉妬
夕食での話し合いの結果、ここを出発するのは二、三日後に延期されることになった。その間に森へ入り、魔法薬の素材を集めることになる。
昼間は素材集めをするとして、夜になれば時間があるな。その時間帯に追加の蓄音機を作ることにしよう。
「ユリウス先生、どのような素材が必要になりそうなのでしょうか?」
「基本的な素材はいくつあっても足りないですからね。薬草、毒消草、魔力草、あとは……近くの森には魔物が出るのですか?」
「現れるけど、大した魔物はいないよ。武器を持っていれば、どれも簡単に倒せる魔物ばかりさ。もちろん、皆さんにはちゃんと護衛をつけるから安心して欲しい」
エルヴィン様がそう答えた。まあ、強力な魔物がいても問題ないんだけどね。普通に蹴散らすだけだから。それに、俺たちの護衛には騎士団長のライオネルがついている。後れを取ることはまずないだろう。
念のため、ファビエンヌはお留守番させようかな? いや、やめておこう。俺の近くにいる方が絶対に安全だ。ファビエンヌを一人にはできないし、させたくない。これが独占欲……!
「ユリウス様?」
「ファビエンヌ、キミのことは絶対に俺が守るからね」
「は……はい」
ファビエンヌが顔を赤くしてうつむいた瞬間に正気に戻った。見渡すと、みんなが俺たちのことを温かい目で見ていた。みんなの意見を代弁するなら、”初々しい物を見た”といったところだろうか。いいじゃん、まだ若いんだし。
「コホン、もし魔物を倒したのなら、魔石も集めておいてもらえませんか?」
「小さい魔石しか手に入らないだろうから、あまり使い物にはならないと思うけど……ああ、なるほど。魔道具を作成するときに使うんだね」
一人納得するエルヴィン様。違うんだけど、もうそれでいいか。魔石は小さいほど柔らかくて、砕けやすい傾向になるのだ。それでもめちゃくちゃ硬いんだけどね。でも、少しはマシになるはずだ。
「まあ、そんなところです。あと、夜の間に蓄音機の魔道具を作ろうと思っているのですが、お使いを頼んでもよろしいでしょうか?」
「もちろんですわ。使用人たちになんでも言って下さい」
ソフィア様が笑顔でそう言ってくれた。これでよし。今日の内に必要な物を頼んでおこう。
その後は夕食も終わり、お風呂の時間になった。ファビエンヌはソフィア様と一緒にお風呂に入るようである。そんなわけで、今日のお風呂は男たちだけのむさ苦しい風呂になった。心のオアシスが欲しかったな。
お風呂も入り終わり、部屋でくつろいでいると、慌てた様子でだれかがやって来た。ダンダンダン! という落ち着きのない扉のノック音である。
ファビエンヌがお風呂から戻って来る頃合いだと思うけど、ファビエンヌならこんなノックはしないだろう。
ネロが扉を開けると、入って来たのはファビエンヌとソフィア様だった。ファビエンヌは眉を下げて困り顔、ソフィア様は顔を上気させて、なんだか興奮気味である。何事?
「ユリウス様、このシャンプーとリンスはユリウス様が作った物だとか? あと、この乾風器という魔道具も」
「ああ、えっと、そうですけど?」
なるほど、どちらも気に入ったわけですね。顔に”欲しい”って書いてあるな。ダニエラお義姉様からの手紙には書かれていなかったのかな?
ハイネ辺境伯領でも販売が始まったばかりだもんね。まだソフィア様に話していない可能性はあるな。
「ファビエンヌさんの髪がすごくキレイで何か秘密があると思っていたのですよ。それで私も使わせてもらったら、こんなにキレイに……!」
サラリと髪をなでたソフィア様。ファビエンヌと同じようなキレイな髪が部屋の光に反射して、どこか幻想的な輝きを生み出していた。もちろん、絹のような見た目である。
とってもうれしそうだ。気に入ったんだろうな。
「気に入っていただけたのなら、ソフィア様専用の物を作りますよ? 香水を準備していただければ、お気に入りの香りにすることもできますので、遠慮なく言って下さいね。蓄音機を作るときに、一緒に乾風器も作っておきますよ」
「よろしいのですか? ありがとうございます! 費用はこちらで負担しますので、遠慮なく必要な物を頼んで下さいね」
「ありがとうございます」
これで正式に費用はあちら持ちになった。その辺りがちょっとあやふやだったのでモヤモヤしていたんだよね。これでスッキリした。
ソフィア様もスッキリしたようで、軽い足取りで戻って行った。これからエルヴィン様に見せるんだろうな。そのあとは夜の大運動会に突入するのかな? いや、まだ式を挙げてないのでおあずけか。
まあ、バレなきゃ問題ないんだろうけどね。大人ってずるい。
「ユリウス様」
「ん? どうしたのファビエンヌ?」
なぜか俺ににじり寄ってくるファビエンヌ。まだ夜の大運動会は俺たちには早いからね? だがファビエンヌはモジモジと自分の髪の毛をいじっている。
なるほど、どうやら俺がソフィア様を去りゆく姿をジッと見ていたことに嫉妬しているようだ。
そんなつもりはないのだが、かと言って、”夜の大運動会のことを考えていました”なんて言えるはずもなく。
困った俺はファビエンヌをソファーに座らせて、ファビエンヌの気がすむまで髪の毛をなで続けることになった。このくらい、とてもかわいい嫉妬である。
翌朝、朝食を食べるとすぐにみんなで近くの森へ採取しに行くことにした。もちろん朝からちゃんと、ソフィア様とエルヴィン様の姿があった。エルヴィン様はよく眠れなかったのか、若干、目の下にクマがあったけど。ドンマイ。俺のせいじゃないぞ。
「そういえば、ジョバンニ様たちは森での採取をしたことがあるのですか?」
「もちろんですとも。若い頃は自分たちの手で素材集めをしておりましたぞ。他のみんなもそうです」
「それなら問題はなさそうですね」
ジョバンニ様の後ろで他のメンバーもうなずいている。これなら思ったよりも早く素材を集めることができそうだぞ。
さすがに保存できる量には限りがあるからね。採取量には限界があるのだ。限界まで集まったら、可及的速やかに王城へ向かうことにしよう。
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