第502話 農家の視察
農家の視察に行く準備はお父様と執事長によって速やかに計画された。地方の農家を何軒か、はしごすることになっている。一週間ほど各地を見て回る予定だ。
今はサロンでファビエンヌにそのことを話しているところである。
「一週間ほどアンベール男爵家を留守にすることになるけど、大丈夫かな?」
「もちろん大丈夫ですわ。お父様とお母様にはすでに話しておりますわ。問題なく許可をいただけましたわ」
「それならよかった。楽しい旅行になるように全力を尽くすよ」
「はい。楽しみにしておりますわ。でも、無理をしないで下さいね」
そう言って眉を下げたファビエンヌ。どうやら俺のことを心配してくれているようである。もしかして、張り切っていることがバレているのかな? それもそうだよね。だって、ハネムーンみたいなんだもん。彼女と二人だけで一緒に旅行することでさえ初めてなのに。興奮するに決まっている。
無事にファビエンヌの許可をもらったところで、いよいよ農家へ視察に行くことになった。そしてハイネ辺境伯家の前には、太陽のようにほほ笑むロザリアとミラの姿があった。
どうしてこうなった。二人だけのハネムーンだったはずなのに。
「ロザリア、ミラちゃん、ユリウスをしっかりと頼むわよ」
「お任せあれ!」
「キュ!」
お母様からそう言われ、ロザリアが胸を張り、ミラがピッと手を上げた。
もう一度言う。どうしてこうなった。そしてなぜ、俺が頼まれる立場なのだ。チラリとファビエンヌを見ると苦笑いしていた。ですよね。今の俺も同じような顔をしていると思う。
「ライオネル、ユリウスを頼んだぞ。しっかりと見守っておくように」
「かしこまりました」
ライオネルが頭を下げる。お父様、あなたもですか。俺をなんだと思っているんだ。そうそうトラブルを起こすようなことはしないぞ。たぶん。ライオネルもそんな顔をするんじゃない。無理じゃない。やってみせるさ。
「ささ、ユリウス様、馬車に乗りましょう」
「そうだね。急ぐ旅ではないけど、かと言って、のんびりとしていられないからね。ほら、ロザリアとミラも馬車に乗って」
気をつかったファビエンヌが俺を促した。よくできた娘だと思う。ロザリアとミラを乗せ、俺とファビエンヌも乗り込んだ。
今回の旅行は馬車が一台、荷馬車が一台のお手軽編成である。領内の農村を訪ねるだけだからね。安全には問題ないし、物にも困らない。
「この馬車は最新型なんだよ。バネの力を使って、揺れが抑えられるようになっているんだ」
「どのくらいの性能を発揮するのか、楽しみですわね」
「アレックスお兄様に馬車の感想を聞かせるように言われているから、気になったことはなんでも言ってよね」
「分かりましたわ」
「キュ」
うーん、いい返事なのだが、ミラは何を言っているのかが分からないんだよね。屋敷に戻ったら、ひそかに変身薬を飲ませて感想を聞くか? でもなぁ。
護衛の人数は最小限である。ライオネルがいるのは、主要人物がミラを入れて四人いるからだろう。もちろん、ネロとジャイル、クリストファーもいる。
お昼を過ぎたころ、最初の農村に到着した。ここは領都から一番近い農村である。領都へ食糧を供給している重要な場所であり、農村としてはなかなかの規模だ。
もっとも、使える土地はそこまで広くはないようで、平地をギリギリまで使っているみたいだった。その先は緩やかな丘陵になっている。
「ユリウス様、今日はここに宿泊することになります」
「それじゃ、一通りあいさつをしたら、さっそく視察だね」
今日は村長の家に泊まることになっている。人数が最少人数なので、近くの家にもお邪魔すればなんとかみんな家に泊まることができるのだ。村長宅でハーブティーをごちそうになり、さっそく視察を開始する。
「馬車の中からは何度か見たことがあるけど、実際に近くまで来てみると、畑しか見えないね」
「やっぱり規模が違いますわね。あら? そこだけ育ちが違いますわね」
「本当だ」
「気がつかれましたか! あの一角に万能植物栄養剤を使っているのですよ」
そう言って村長がニコニコ顔で案内してくれた。確かにこの一角だけ、周囲の作物よりも育ちがいいようだ。しかもつややかで、元気がある。種類は同じものなのに。
これなら一つの季節ごとに数回育てることができるのかな? でもそうなると、土壌の栄養成分が気になってくるな。
「こちらの作物は最初から万能植物栄養剤を与えたものになります。そしてこちらはこれから与えようと思っています。まさかこれほどの差が出るとは思いませんでしたよ。今からで間に合えばよいのですが」
苦笑いする村長。こればかりはどうなるか、俺の口からはなんとも言えないな。そこで話を変える意味も含めて聞いてみた。
「この作物が育ち終わったら、もう一度、この場所に作物を植えるのですか?」
「そのつもりなのですが……何か問題が?」
「ちょっと土の中に含まれる栄養成分が気になりますね。連続で同じ作物を植えると、うまく育たないかも知れません」
「なるほど、確かにそうかも知れません。そうなると困りますなぁ」
頭に手を当てる村長。遅効性の魔法薬肥料があればよかったんだけど、まだないんだよね。牛ふんとかの肥料はあるのかな? それがあるなら、それを使ってもらえるといいんだけど。
「肥料があるのなら、それをまいて、土を少し休ませた方がいいかも知れません」
「肥料ですか。家畜のふんを発酵させたものならありますが、それで大丈夫でしょうか?」
「問題ないですよ。むしろ、好都合だと思います」
俺の答えに村長が安心したかのようにホッと息をはいた。何も知らない子供が口だしするんじゃない、とか言われなくてよかった。
競馬のおかげで畜産業も盛んになっている。そのため、その手の肥料には事欠かないようである。ますます都合がいいな。
「ユリウス様は農業についての知識も優れているのですわね」
「あ、えっと、前に王城で読んだ本の中にそう書いてあったんだよ。そのうち、領内の農地で広めようと思ってさ」
もちろんウソである。ハイネ辺境伯家の書庫で見つけたとか言って、あとで見てみたいとか言われると困るので、王城で読んだことにしておいた。これならそう簡単には読みに行くことはできないはずだ。
ごめんね、ファビエンヌ。そのうち本当のことが話せる日が来ればいいんだけど。心が痛いけど、そのことを話してファビエンヌが離れて行く方が嫌だ。人間って、わがままだな。
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