第213話 ネロのことを話す

 両殿下が退出してからもダニエラ様の私室で話を続けた。こんなところに長居して良いのかなとも思ったが、そう言えば以前、クロエ様の部屋に長居したことがあったことを思い出した。良い思い出に……なるといいなぁ。


「ユリウスはずいぶんと孤児院に肩入れしてるね。何か理由があるのかな?」

「あら、そうなのですか?」


 二人が笑顔でこちらを見ている。ネロのことを話すなら今がチャンスだろう。姿勢を正して二人に向き合った。何かを感じ取ったのか、二人も姿勢も自然とシャキッと伸びた。


「実は私の下に欲しい人材がいるのです」

「その子が孤児院にいるんだね?」

「そうです」


 俺はこれまで孤児院であったことを話した。もちろんアレックスお兄様は俺につけている使用人から話は聞いているだろう。だが、俺が何を考えているのかまでは分からないはずだ。


 特にネロはスピードが速いことをアピールしておいた。それにとても察しがいい。思慮深いことは間違いないだろう。少し頼んだだけで、十分な対策をとってくれていたしね。


 俺の話を聞いたお兄様はふんふんと言って両腕を組んで、目を閉じた。まさか、ダメって言うんじゃないんだろうな。孤児院を辺境伯家の子供につけるなんてもってのほか、何て思ってないよね。


「分かったよ。この件に関しては私からお父様に頼んでおくよ。妹のリーリエも一緒に連れて行きたいんだろう?」

「はい。できれば……」


 遠慮がちにそう言うと、お兄様はしっかりとうなずいてくれた。隣でパチンとダニエラ様が両手をたたいた。その音はとても軽やかに部屋の中に響いた。


「そうですわ。私からもハイネ辺境伯へ手紙を書きますわ。それがあれば、話も通じやすくなるはずです。あ、お母様にも書いてもらいましょうか」

「いえ、それはちょっとやり過ぎなのではないでしょうか? 領地に帰ったらお父様に小言を言われそうな気がします」


 ダニエラ様が笑っている。まさか、またからかわれた!? でもね、王妃殿下からの手紙が来たら、お父様の胃袋が大変なことになると思うんだよね。

 アレックスお兄様もネロに会えば、すぐにその優秀さに気がつくと思うんだけどな。その場合はお兄様が欲しいと言いそうなので注意しないといけないことになるが。


 三人で話す時間はあっという間に過ぎて行った。お兄様がダニエラ様と会っているときは、いつもこんな風に時間が流れているのかな。ちょっと羨ましい。


「リーリエちゃんはかわいいのですか?」

「え? ええ、それはまあ、そうですね」


 かわいいとは思う。ネロにそっくりなので、そうなるとネロもかわいいと言うことになってしまうわけだが。


「どうやらリーリエが狙いじゃないみたいだね」

「ち、違いますよ!」

「それじゃ狙いは別にいるのかな? ユリウスからは話が出てこないから、ちょっと心配だよ。それらしい人物がいるという話はあるけどね」


 どうしてお兄様がそんな心配をするのだろうか。その必要があるのであれば、だれとでも結婚するし、結婚しなくてもいいと思っている。ちょっとムッとしていると、ダニエラ様が頭を優しくなでてきた。


「好きな人がいるのならハッキリと意志を示しておいた方がいいわ。あとからでは遅すぎることもあるわ」


 ひょっとしてクロエ様のことを言っているのだろうか。それとも、自分のことを言っているのかも知れない。

 貴族の子供は親にとっては政治的な駒に過ぎない。しかし、場合によっては考慮されることもあるのかも知れない。言わないよりかは言った方が良いのだろう。


「……考えておきます」


 その後は王城にとどまらず、お兄様と一緒にタウンハウスへと戻った。氷室改良の続きをやろうかとも思ったが、とてもそんな気分にはならなかった。結婚か。十歳で、もうそんなことを考えないといけないのかと思うとため息が出た。


「お兄様、お帰りなさいませ。ユリウスもお帰り」

「カインお兄様? どうしてここに? 学校はどうしたんですか」

「明日は学校が休みなんだよ」

「え、でもいつもは帰って来ないじゃないです……」

「ユリウスちゃん!」

「ミーカお義姉さ……」


 全ての言葉を言い終わる前に、ムギュッと潰された。溺れる。おっぱいに溺れる! 慌ててタップすると胸の谷間から顔だけ出させてくれた。これはあれだ。わざとやっているな。サービスのつもりなのかな? あ、カインお兄様が怖い笑顔をしている。俺のせいじゃないぞ、たぶん。


「どうしたんだい、カイン。帰って来るって話は聞いてなかったけど」

「すいません。ミーカと話しているうちに、タウンハウスでしっかりとユリウスにお礼を言おうということになりまして……」

「それで突然帰って来たんだね。まあ、ハイネ辺境伯家の家だからいつ帰って来ても問題ないんだけど、一言欲しかったかな? そうすれば、私たちももう少し早く切り上げて帰って来たかも知れないのに」

「ごめんなさい」


 済まなそうにカインお兄様が謝った。ミーカお義姉様も一緒に頭を下げた。それによって俺は海老反り状態になっている。離して。


「まあ、良いよ。今回は許すけど、次からは気をつけるように。自分たちが貴族であることを忘れてはいけないよ」

「はい」


 アレックスお兄様は貴族の鑑としてあろうと思っているようだ。それはきっとダニエラ様のためでもあるのだろう。貴族の結婚は本当に大変だな。相手によってはさらに努力を積み重ねなければならないのだ。


 そのまま俺たちはサロンへと向かった。まずはお礼を受けることになりそうだ。俺としては別にお礼を言われることでもないと思っているのだが、二人にとってはそうはいかないらしい。


 もしかすると、「命の恩人」枠に入っているのかも知れない。お義姉様を助けるのは義弟として当然のことなのに。

 あ、ミーカお義姉様、この状態のまま移動するのですね。俺を抱きしめたまま移動するとか、思ったよりもパワーがありますよね。道理で抜け出せないわけだ。ガッチリホールドされている。

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