第53話 髪の悩み

 お風呂から上がると夕食の時間である。ホカホカに仕上がった俺たち二人は、いつもの大きなダイニングテーブルではなくて、朝食用の小さめのダイニングルームで夕食を食べた。

 ここなら二人で並んで夕食を食べることができる。


 二人で向かい合って食べるのは寂しいものがある。ロザリアも同じことを思っていたようで、喜んでくれた。

 それに、夕食の前にお風呂に入ったので、ロザリアの髪がぬれているのだ。タオルと風魔法で乾かしたみたいだが、それでも完全には乾いていないようだった。


 そのままいつものダイニングルームで夕食を食べるとなると、高そうなイスにシミができるかも知れない。そんな恐れもあって、この部屋を選んだのだ。


「髪が長いと乾かすのが大変だね」

「大変ですけど、短くしたくはありませんわ」


 この世界の女性たちは髪を伸ばすのが当然のことになっている。女性らしさの象徴として扱っているようなのだ。そのため、女性の騎士たちも髪が長い。短くしているのはほんの一握りの人しかいなかった。


「それなら仕方がないね。せめて、髪をもっと手早く乾かすことができる魔法でもあればいいのにね」

「風魔法で乾かしてもらっているのですが、時間がかかるのですよね。それに弱い風を送り続けるのが難しいみたいで、時々、ブワーって来ますのよ、ブワーって」


 どうやらかなり強力な風が出るときがあるみたいだな。ロザリアが二回言うということは、かなり不快に思っているのだろう。部屋の中が散らかってしまうのかな?

 弱い威力の魔法を出し続けるには、かなり高度な魔力操作の技術が必要だ。さすがのハイネ辺境伯家でも、その技術を持っている使用人はいなかった。


 俺はそれができるのだが、もしそれをやってしまえば、毎回、ロザリアとお母様、お婆様の髪を乾かすことになるだろう。それはちょっとごめんだな。貴重な夜の時間を失いたくはない。


「しょうがないよ。ロザリアも魔法の練習のときに試してみるといいよ。弱い威力の魔法を使うのがどれだけ難しいことなのか、すぐに分かるよ」

「お兄様はそれができますか?」


 ロザリアが期待に満ちた、キラキラした目をこちらへと向けてきた。

 う、妹の期待を裏切りたくない。しかし「もちろんできるよ」とは言いたくない。言ったら毎回、ロザリアの髪を乾かすことになるだろう。俺のシスコン化がますます加速することになる。すでに両親からはそう思われているのに。


「どうかな? ものすごく練習すればできるようになるかも?」

「それならお兄様、ものすごく練習して下さい!」

「いや、それはちょっと……それよりも、髪を乾かす魔道具を作れば良いんじゃないかな?」

「髪を乾かす魔道具? お兄様、すぐに作って下さい!」


 ワイワイと騒ぎ出したロザリア。お行儀が悪いと注意したのだが、聞いてくれなかった。

 よっぽど欲しいのだと思った。これは作るしかないな、ドライヤー。風を送り出す魔法陣も、温める魔法陣も、すでにシャワーを設置するときに使っているから、できなくはないのか。ただし、片手で持ち運べるサイズのものはまだ無理だな。

 なぜなら、魔法陣のサイズが大きいから。ここで小さな魔法陣を披露してしまったら、この世界に革命を起こしかねない。さすがにそれはまずそうな気がする。




 食事が終わったあと、さっそくドライヤーもどきの魔道具の設計図を書き始めた。四角い本体部分で風を起こし、温める。その風を、本体に取り付けた筒から吹き出す仕組みだ。


 金属を蛇腹状に加工することができれば、筒の先端部分を自在に動かすことができるのだが、残念ながらまだその技術はない。『クラフト』スキルを使えば作ることは可能なのだが、それだと他の人が再現できないんだよな。


 いくら俺が技術力を持っているとは言え、鉄板をハンマーでたたいて蛇腹を作るのは厳しいと思う。何か別の手はないかな? 魔物の丈夫な皮を筒状にして……無理だな。嫌な匂いがしそうだ。


 考えた挙げ句、羽根のない扇風機の形状にすることにした。形も円柱状に変更だ。円柱の底の部分に、風と、熱を生み出す魔法陣を設置して、上方向へと風が行くようにする。

 円柱上部の側面には円形の穴があり、そこから温風がブワーって出るのだ。


 風の強さと、温度の高さを調節できるようにつまみを取り付けておけば、夏に扇風機としても使えるぞ。まさに一石二鳥のナイスな魔道具。

 おっと、ついでに冷気も出せるようにしておこう。これで一石三鳥の画期的な魔道具の完成だ。夢が広がるな。


「お兄様、何か良いことでもあったのですか?」

「フフフ、良い魔道具が作れそうだよ。構造がちょっと複雑だけど、たぶん何とかなるだろう。ああ、魔石の消費もすごそうだな。どうしよう」

「どんな魔道具なのか、私にも教えて下さい」


 ロザリアが背中にひっついてきた。その頭を一なでしてから、どんな魔道具を作ろうとしているのかをロザリアに話した。

 ロザリアも気に入ってくれたようで、はしたなくも、ぴょんぴょんと飛び跳ねていた。


 ロザリアお付きの使用人がたしなめたが、まったく言うことを聞かなかった。……これはあれだな、あとでお母様にチクられるやつだな。もしかして、俺まで怒られるパターンのやつだろうか? どうか違いますように。


 翌日からさっそく新しい魔道具の開発に入った。だがしかし、そればかりをしておくわけにはいかない。領地をジャイルとクリストファーと共に見回りたいし、初級体力回復薬も改良しなければならない。


 最近、ちょっと疎遠になりつつあるファビエンヌ嬢とエドワードとの交流も深めなければならない。友達は大事だ。将来、領都にある学校に通うときに「友達が一人もいない!」などという事態を全力で避けなければならない。


 あとは訓練場の設備拡張工事だな。大半を騎士団に任せているとはいえ、まったくノータッチというわけにはいかない。少なくとも、毎日様子を見に行く必要があるだろう。

 これは忙しい日々が続きそうだぞ。それでも暇になるよりかはずっと良いけどね。

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