第9話―変えられない哀惜その3―

密かに想念を抱いている人の部屋。

もしこんな事態でなければ和気あいあいと楽しく話をしていただろう。

案内された居室は散らかっていた。


(乱れている…千代は最低限しか掃除をしないけど、ここまでひどくない)


母親が亡くなって昨日からこの部屋に移ったばかりで散らかしたのが父親であったとしてもカーペットに落ちたゴミを片付ける。

そのことぐらいは家事なかなかしない千代でも、キレイにしようと片付けるぐらいはする。


「…今日の朝、送られたメッセージで知ったよ。

なんて言えばいいのか正直

どう見つからない。分からない」


ソファーには座らないで重たい口を開いて出てきた言葉。

振り返った千代は表情を変えずにただ聞いていた。

つらい、あれだけ笑顔を振りまいていた彼女の今は暗鬱あんうつな色で染まって彩りの色を失っていた。


「センガク…」


細い声で感情を読み取りにくく呟く。


「だけど分からなくても千代が苦しんでいる点だけは分かっているつもり

だよ。

力になるしサポートはする。

いつでも力になるから」


失意にある千代を助けないと使命感のようなものと焦燥感しょうそうかんに駆られて考えて出てきた言葉は

拙くて自分でも何を言いたいのか分からない言葉だった。


「センガク…センガク」


抑えていた感情が爆発したのか千代は俺の胸に飛び込んで両手を背に回してきた。

急なハグに戸惑いながらも俺は手を回そうとしたが恥ずかしくなり頭を

優しくなでる。

顔は見えないけど、おそらく千代は泣いている。


「ママ毒殺された。ああぁぁっ、

あああぁぁぁぁぁっ!!」


「千代…」


リビングに響き渡る悲痛な叫び。

それまで俺は千代の父親が帰宅するまで優しい言葉を探して掛けた。


「じゃあ千代。また明日も来るよ」


「うん、また明日」


玄関まで見送りに来た千代。

また苦しみを抱えていて、その傷は容易に癒せない。いや永遠にその傷は癒せないのだろう。

完治などされない心の傷を癒せるのは塞いでいくだけなのかもしれない。

実体験していない俺はこうして憶測するしか方法がなく千代の小さく手を振るのを目にすると思わざるにえない。

月はよく見える夜空の下、俺は一人で歩き無心になっていた。

街灯は古いのか明るさが微弱に照らしている。


(明日なんて安易に約束して良かったのだろうか?

もし俺がここで通り魔や交通事故で命を失ったら…いやその前に普通は

いくら好きな人でも自分を優先するのにおかしい奴だよ俺は)


虚無的になり、そう自虐な笑みをこぼすしかなかった。

そして次の日いつもの朝。けど俺の中では違う朝のように映っていた。


「そうか…千代の分お弁当を作る必要はなかった」


朝5時に目覚めると自動的にもう習慣化となる二人分のお弁当を作ること。

夜ふかし無かったら欠かしたことないので、つい余分に作ってしまった。

そのあとは自室で予習を軽くする。

スマホのアラーム設定にした朝食の時間で鳴ると手を止めて二階の部屋からリビングに降りる。


「あら、これって千代ちゃんの分?」


ダイニングテーブルの上にある余分に作ってしまった皿の上を指して尋ねる母さん。

外に出れば姉とよく誤解されるほどの容姿を持ち常に笑顔を絶やさない人。


「…いや、これは失敗した料理を捨てるのもアレでもったいないから

母さんに食べさせようと思って」


咄嗟に出てきた言葉は我ながら下手だなと呆れてしまう。

賢いはずの母さんはそんな下手な嘘を見破れるのに触れずに微笑して敢えて騙されてくれた。


「無理しちゃダメよ。承芳しょうほうも大事な人にも」


「分かった、肝に銘じるよ」


いつも忠告めいたことを告げるので俺は苦手意識が少しあるものの尊敬はしている。

六大学の一つである法政大学に卒業してあり学歴や美貌などを決して自慢をしたことがない。

幼いころに忠告めいた言葉は学校の課題ようで今に必要とされる方針があるものは多かった。そのため俺は

千代がいない通学路を一人で歩きながら考えていた。


(母さんからすれば無理している?

それって俺のことなのか千代?それとも両方。

まず主観を客観的には見れるゆとりはないから後回しして優先するのは千代の無理をしていることを考えよう)


いくら考えても答えは見つからず教室に入ってから改めて母さんにい摘ずに説明したほうがよさそうだ。

淡々と時間が流れてゆく。

予鈴が鳴って授業が開始してもペンを持つだけで俺は教諭の言葉どころか板書さえも気力が湧かずにいた。

茫然自失となったまま時計の長針が12を指すと昼食の時間が訪れる。

とても昼ごはんを食べれる気持ちじゃなかった。どうせなら空腹感にして放課後には千代と食事を摂るのもいいかもしれない。

そう頭のスケジュールを

立てていると俺の机の前に人影が

落ちる。

誰だろうと見上げると、なんと無愛想な毛利弘元だった。


「おいしらけった顔しないで付き合えよ」


「前田先輩じゃなくて」


「どうしてそこでアイツの名前なんだよ。いいから来いよ」


いつもなら俺から誘えば嫌な顔をするのに弘元から誘うなんて。

変なものでも食べただろうか?

箱を持って立ち上がり教室を出ると、教室内から黄色い声がキャキャと廊下にまで届く。


「きゃあっ毛利が栴岳をついて来いって…これって告白で間違いないよ」


「まさか男同士でそんなことリアルで見れるなんて尊いわ!」


「「とうといすぎる!!」」


…などとかしましくクラスの連中は騒いでいた。おそらくあの弘元がそんなことで誘ったりしていないと思う。

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