蜂と薔薇
大雨の日に百合子が夜遅く帰宅したかと思えば、藤色に金の小菊の花の刺繍がほどこされた傘の下に、何かを抱えるようにして立っていた。
そちらに視線を移せば、垢と泥だらけのちいさな捨て猫のような少女が、かたかたと震えている。
吾涼が
白地に紫の百合の花が描かれた百合子の着物は、少女の体の泥がうつり、汚れていた。
だが、百合子はそんなことはどうでもいいというように、
真珠のように真っ白に光っているまなこに、灰茶色の瞳が大きく震えている。
以前、屋敷の本棚に置かれていて、こっそりと盗み見た鉱石の図鑑に載っていた
その目の周囲を、長いまつげが凛と上向き、薔薇の花弁のように覆っていた。泥でぱさついた波打つ髪は、夜の闇の如く黒く、彼女の背中を流れ、太ももの中間あたりまで伸び、小さなからだを保護するように覆っていた。
ずぶ濡れの薄汚れた、髪の長い浮浪児の少女、それが薔子であった。
その日に限り、女中たちは盆で実家に帰っていたり体調不良だったりで、手が空いていなかった。なので、百合子に頼まれて、吾涼が薔子を風呂場で洗う仕事を任された。最初は男の俺が、とためらったが、大吉がお嬢様の百合子が浮浪児を洗うことを止めたのだ。
つめたく固くなったちいさな赤い手を無理やり掴み、風呂場に連れて行った。
後ろを振り返らずに手を引いていたので、薔子が吾涼の背を唖然とした表情で見上げていたことには気付かずにいた。
風呂場に薔子を立たせると、しゃがんで風呂の
だが、裸足の下にある紺色の陶器の床は乾いており、きんと氷のように冷えている。
寒いのであろう、立ち上がり、後ろを振り返ると、薔子の歯がかちかちと鳴っていることに気付いた。
赤と思われる
その泥を見た時、早くこの
元来、吾涼は綺麗好きだったのだ。
恥ずかしがり、乳房を隠していた薔子の両腕をどかすと、淡いふくらみだが形の良い双丘が現れた。「いや」という少女の声も耳に届かず、両の乳房を手ぬぐい越しに揉みしだくように泥を落とした。
やがて薄紅に
そのまま手を下ろし、腹や太もも、更に
最早彼女にとっての許容範囲を超えた快感に、頭が追い付かず熱に
ふっ、と薔子のかぼそい声で我に返り、見上げる。頬を赤く染め、眉をぎゅっとしかめながら涙目になり、よだれを顎に垂らしてこちらを見下ろしている、薔子のうるんだ灰茶色の瞳と、彼の黒曜石色のひとみがかち合った。
そのとき、吾涼は数秒時が止まったように感じていた。自分がしてしまったことに気がつき、急速に恥ずかしさがこみ上げ、顔を真っ赤にし、くちもとを片手で押さえ、彼女から視線を逸らすようにうつむいた。
十七の春に、初めて女の体に触れた吾涼の手は、初雪を触った後のように真っ赤に染まった。温かい湯に触れていたというのに、ひどくかじかんでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます