第21話 緊急依頼
ギルドマスターによる緊急依頼の発表によってギルド内の冒険者たちが騒めいている。久しぶりの緊急依頼に高揚する者、稼ぎ時だと目をギラギラさせる者、そしていつもとは違う非常事態に一抹の不安を感じる者など様々な反応が見受けられる。俺もその中の一人である。
「諸君!!」
そんなザワザワと騒がしくなったギルド内に改めてギルドマスターの声が響く。すると先ほどまでの様子が幻覚だったかのように一瞬にしてギルドが静寂に包まれる。流石はギルドマスター、一言に込められた迫力が段違いである。
「これよりレイナから依頼内容と詳しい状況について説明してもらう。では、頼む」
「はい!」
ギルドマスターの横で立っていたレイナさんが一歩前へと出る。いつもの優しげな雰囲気とは違い、場の雰囲気と真剣で凛々しいレイナさんの立ち姿も相まって改めて自分の緊張感が強まる。おそらく他の冒険者たちも同じようなことを感じているのだろう、息をのむような音がかすかに聞こえる。
「では依頼内容について、そして現在私たち冒険者ギルドが把握している状況をご説明します。まず今回の依頼の目的ですが『フーリットの森の奥地で発見されたゴブリンの大規模集落の掃討、および集団のリーダーを思われるゴブリンロードの討伐』になります」
ゴブリンロードだって...?!
そんなやつがいるのか!?
Bランク相当の魔物じゃないのか、それ。
『ゴブリンロード』という単語がレイナさんの口から出てきた瞬間、ギルドのあちこちから騒めきが起こる。俺はゴブリンロードについて詳しく知らない。けれども前世のゲームの知識からゴブリンの中でも相当強い種類であることは容易に想像できる。それにBランク相当の魔物らしいことからもその強さは油断ならないものなのだろう。
「今回ギルドが派遣した調査団からの情報ですと、大規模集落に存在するゴブリンの数は少なく見積もっても300とのこと。そして集落の奥にある洞窟内部にはロードらしき存在とゴブリンソルジャーやゴブリンメイジなどの強力な個体も存在していると聞いております」
「そして調査団の持ち帰った情報をギルドで精査したところ、推定段階ではありますがおそらくマザーゴブリンの存在がいる可能性があると結論付けました」
マザーゴブリンだと...?!
ロードに加えてマザーもいるのか!?
またしても新しいゴブリンの名前が出てきた。マザーゴブリンってどういう魔物なのだろうか?周囲の反応からはロードと同じくらい厄介な魔物であることだけしか分からない。
そこで俺は常識提供さんに確認してみることにした。
《マザーゴブリンとはゴブリン種の中でも上位に存在し、滅多に現れない希少な存在です。子孫繁栄に特化した能力を保有しており、マザーゴブリンの存在する集団は短期間で大規模に発展し、普通よりも高確率で上位種が発生します。戦闘能力は高くなく、生存能力に特化しているので討伐が非常に困難な魔物と言われています》
なるほど、ということはおそらく戦闘能力に特化したロードと種の生存能力に特化したマザーが同時に存在しているという状況なのか。一匹一匹が強くて数も多いとなると非常に厄介だな。
「目視で確認したわけではありませんので確定情報ではありませんが、かなりの高確率で存在すると思われます。そして...」
レイナさんが少しバツが悪そうな表情をしている。
言おうとしている内容が少なくとも良いものではないというのはひしひしと伝わってくる。
「時間の問題だと思いますが、この先その大規模集団を養うだけの食糧が森内部で枯渇してしまうと...ゴブリンロードが高い統率能力を用いて森周辺の町を襲撃してくるという事態も十分考えられます。そうなった場合、真っ先に標的となるのは...フーリットの森から一番近い、この町サウスプリングでしょう」
先ほどまで以上に場の空気が深刻で重いものとなるのを感じる。マザーの能力で今以上に増えた上位種も多数存在するゴブリンの集団がロードという強力な指揮のもとで襲撃などしてきたものなら町への被害は甚大なものとなるだろう。レイナさんの言葉はこの場にいるすべての冒険者に事態の緊急性を理解させるには十分すぎるものだった。
「そこで私たちはこの問題をこの町の存続にかかわる重大事項として認識し、この度緊急依頼を出すことになりました。この緊急依頼の参加条件はEランク以上の冒険者になります」
「また、参加してくださった冒険者の方々にはランクに応じた参加費としてEランクで一人銀貨5枚、Dランクで銀貨10枚、Cランクで銀貨20枚、Bランク以上で銀貨30枚をお支払いいたします。そして活躍に応じで別途追加報酬を支払うことを決定いたしました」
「...私たちの住む町が危険にさらされる可能性があります。ぜひ多くの冒険者の方々にご協力して頂けることをお願い申し上げます」
ここでさらに今までとは違う意味でギルド内が騒めく。
それはそうだろう、参加するだけでEランクでも銀貨5枚ももらえるのだ。普通だったらそれくらい稼ごうと思うと約1か月はかかる。それをたった一回の依頼に参加するだけでもらえるというのだから破格の報酬にもほどがある。だがそれはこの依頼の緊急性と危険性が非常に高いということの裏返しである。
「ありがとう、レイナ。では諸君、状況については理解してもらえたと思う。状況は非常に深刻だ。この町の冒険者を代表するギルドマスターという立場から、この町の危機を防ぐためにぜひとも諸君に協力をしてもらいたいと思っている。だが,,,」
そういうとギルドマスターは目を閉じて一呼吸おいた。
次の瞬間、目を開いたと同時に今まで以上に強力な迫力が俺たち冒険者に向けられた。
「諸君らは冒険者である!冒険者とは本来、何物にも縛られず自由に気ままに世界を冒険する存在だ!町の冒険者ギルドに属しているからといって町の危機には身を挺して町を守る義務がある、などとそんなことを言う気は毛頭ない!!しかしだ、諸君らには今一度思い出してもらいたい大切なものがある」
「それは『繋がり』である!」
「人は一人では生きられない。常に誰かとの繋がりによって生きている。この町で冒険者をしている私たちは同じ冒険者仲間との繋がり、冒険に必要な装備や道具を作っている生産者との繋がり、また日々食べている食料や料理を作っている者たちとの繋がり、そしてこの町で暮らしている人たちとの繋がり、様々な繋がりで私たちは生きているのだ!」
「私たち冒険者はそのようなかけがえなのない大切な繋がりによって冒険をすることが出来ている。そのことを今一度思い出してほしい!我々冒険者にとって大切なものは何なのか。諸君らには大切なものをしっかりと見極め、そして今回の危機に立ち向かってほしい!諸君ら自身のかけがえのない大切なものを守るために!!!」
肌にピりつくような迫力とともにギルドマスターの想いが込められた熱い演説が終わった。ギルドに集まった冒険者たちはしばらくの間その言葉を噛み締めるかのように静かに前を見つめていた。
「「「「「うおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」」」」」
すると緊急依頼が発表された時よりもさらに大きな冒険者たちの雄たけびが辺りに響き渡る。今度は確実に建物自体が揺れるほどに強烈で、さらに皆の意思が一つになった叫びであった。
その様子を見て、ギルドマスターはニヤリと笑う。
「では諸君!今回の緊急依頼に参加する意思のあるものは受付カウンターにて受注申請をするように!!今回の作戦の指揮は私が執る!依頼受注の締め切りは明日中。そして作戦決行は一週間後である!!!それまでに各自で準備を入念に行うように!!以上解散!!!」
そういうとギルドマスターはギルドの奥へと戻っていった。それと同時にレイナさん達受付嬢さんも受付カウンターへと戻り、受注申請を受け付ける体制を整え始めた。
ギルドマスターの演説によって士気が高まった冒険者たちは各自パーティで今回の依頼について話し合い、早いところはさっそく受付カウンターにて受注申請を行っていた。
「ユウト、お前は今回の依頼受けるのか?」
すぐ隣で同じく聞いていたゲングさんは俺に参加の意思を聞いてきた。
今の率直な感想としては悩ましいところである。
何故ならば先ほども報酬の件でもあったが、この依頼は俺が今まで受けてきた依頼とは比べ物にならないくらいに危険度が高い。その分報酬も高いので出来れば参加したい。しかし、忘れてはいけないのはここはゲームの世界とは違うということだ。命はたった一つ。死んでも蘇生しないし、一つのミスが命取りになることだってあり得る。せっかく生まれ変わったのにそんな呆気なく死ぬのは勘弁である。
しかし先ほどのギルドマスターの演説、あれは心に刺さるものがあった。
この町には冒険者以外にもたくさんの人が住んでいる。装備屋にいるヴェルナさんやエルナさん、宿屋のランちゃん、そして受付のレイナさんにアンさん。たくさんの大切な人たちがこの町で暮らしている。俺はそんな人たちに危険が迫っているというのに我が身可愛さで見捨てるなんてことは出来ない。ならば自分が出来ることはやるべきだろう。もちろん大切なものの中には自分も含まれている、これも忘れてはいけない。そうなると答えはたった一つになる。
「もちろん、参加しますよ!この町の危機ですからね。短い間ですが、たくさんこの町の人にはお世話になっていますからね」
ゲングさんは俺の答えを聞くなり、笑みを浮かべていた。
「やっぱりな、ユウトならそういうと思ったぜ!」
どうやらゲングさんも俺と同じく今回の緊急依頼に参加するつもりであるようだ。
俺たちは互いの拳を重ね合わせて互いの健闘を祈る。
その後、俺たちは受付にて緊急依頼の参加申請を済ませて1週間後に控えた作戦決行日に向けて準備を進めることにした。他の冒険者たちも装備屋や道具屋でメンテナンスや在庫補充などに余念がない。
今回の件は町の人たちにも冒険者伝いで広まっていった。不安や恐怖を抱く者や冒険者たちを信じて待つ者など町の人たちの反応は様々であったが、幸い大きな混乱が生じることは無かった。
そんな中で俺も準備を万全にしようと試行錯誤を重ねることにした。他の冒険者たちのように装備のメンテナンスや回復ポーションなどの道具の在庫を補充するなども当然行ったが、それでも何かまだ足りないような気がしてならなかった。
何か今回の依頼はもっと最悪の場合を想定しておかなければいけないような、そんな予感がする。言葉に出来ないがそんな不吉な予感が不安として付きまとっている。考えすぎ心配しすぎなら問題はないのだが、楽観的に考えるよりは今回は悲観的な方が結果的に良い気がする。
そう思い、俺は更なる準備に取り掛かるのだった。
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