第77話 早朝

「ふぁぁぁ・・・朝か。」


 健流が目を覚ますと、夜が遅かった事もあり、まだ三人は寝ていた。

 時刻はまだ5時半である。

 姫乃はご多分に漏れず、健流にくっついて寝ていた。


「(他の奴が騒ぐ前に、起きるか・・・そうだ!朝風呂に行くとするか!)」


 健流は慎重に姫乃を引き剥がし、入浴の準備を済ませ、男湯に向かう。


「早朝なら、一人湯を満喫出来る!いや〜我ながら完璧だぜ!」


 鼻歌を歌いながら風呂に向かう健流。

 そして、かけ湯をして湯船に浸かる。


「あ”〜・・・最高だ。やっぱり風呂は良い・・・」


 おっさん臭い声を出しながら、一人湯を満喫する健流。

 その時だった。


「・・・健流?」


 声が聞こえた。

 おそるおそるそちらを見ると、そこにはバスタオル一枚の姫乃がいた。


「お前・・・なんで・・・」


 健流がそう呟くと、姫乃はムスッとして、


「だって・・・健流が離れるので目が覚めたんだもの・・・そしたら、一人で出てくのが見えたから、後を追っかけてきたのよ。お風呂の準備をしてるのはわかってたしね。」

「・・・だからって・・・」

「良いの!あっち向いてて!」

「あっ!おい・・・」


 姫乃は洗い場に行って、バスタオルを外す。

 健流は急いで顔を逸らす。

 バシャバシャという音が聞こえて、その後チャポンという音がしたので、顔を戻すと、健流のすぐ隣に姫乃が来ていた。


「ふぅ・・・」

「あのなぁ・・・・お前は女なんだから、もっと恥じらいをだな・・・」

「知らない。健流なら良いの!」

「え〜・・・」


 ムスッとした姫乃に、健流は頭を掻きながら呆れる。


「お前な・・・今は良いかもしれんが・・・心に決めた男が出来た時に後悔するぞ?」


 そんな風に健流が諭した瞬間だった。

 姫乃の表情がムッとなる。


「馬鹿!私が誰にでもこんな風にすると思ってるの!?」


 そう言って、健流に湯をかける。


「ぶふっ!?いや、お前・・・それって・・・」


 健流が狼狽していると、姫乃は静かに健流に近寄っていった。

 そして、そっと抱きつく。


「!?お前・・・まさか・・・」


 健流は驚愕した。

 なぜなら、姫乃から伝わってくる感触に、バスタオルの感触が無かったからだ。


「鈍感。馬鹿。唐変木・・・もうちょっと察しなさいよ・・・」

「・・・」

「あのね・・・私感謝してるのよ?私に何も聞かずに、私を手助けする為に危険なエデンに入ってくれた事も、復讐しか無かった私にそれ以外の事を教えてくれた事も・・・騙されて前田さんに襲われて犯されそうになった時に助けてくれた事も・・・」

「・・・」

「勿論、健流だけじゃない。灯里だってそうだし、レーアさんだってずっと気にかけてくれてた。それに、光だって友達になってくれた・・・」

「姫乃・・・」


 健流は、落ち着きを取り戻し、静かに姫乃の独白を聞いている。

 

「でも、でもね?それでもやっぱり、私にとって健流は特別なのよ。だから・・・こういう事も出来るの。」

「・・・」

「流石に、これ以上はまだ勇気は出ないけど・・・でも、いずれはそういう事も・・・したいと思ってる。」

「っ!!」

「でも、灯里もいるし・・・他にも理由はあるから、まだ、私だけが告白するわけにはいかない。灯里も気持ちは伝えているけど、付き合ってとは言ってないしね。」

「・・・ああ、そうだな。」

「だから・・・今は、わかってくれているだけで良い。だから、よく聞いていて。」


 そう言って、すーはーすーはと深呼吸を繰り返す姫乃。

 健流はそんな姫乃をじっと見る。


「健流、私はあなたの事が好きみたい。」


 姫乃が恥じらうような笑顔を見せた。

 それを見た瞬間だった。

 健流は胸を締め付けられるような想いを感じた。


「(!?なんだ!?これ・・・)」


 しかし、そんな健流を尻目に、姫乃は続ける。


「あなたが、まだ私の事を恋愛感情として見ているかどうかわからない事もわかってる。だから、きっと気づかせてみせる。その時は・・・」

「・・・ああ、その時は・・・」


 健流は頷いた。

 姫乃の言うとおりだったからだ。

 灯里から気持ちを伝えられた事もあり、健流は余計にわからなくなっていた。


 だが、もし・・・もし、姫乃に感じる気持ちが恋愛としてのそれであったのなら、その時は・・・


 健流は覚悟を決めた。


「それと、多分近い内にあなたに気持ちを伝える人が出てくると思う。私が願うのはあなたの幸せよ。だからしっかりと受け止めて、考えて見てね。私は、あなたが選んだ選択なら後悔しない。もっとも諦められるかわからないけどね。」

「・・・わかった。」

「ねぇ・・・健流?」

「・・・なんだ?」

「ちょっとだけ抱きしめて?」

「・・・わかった。」


 健流は姫乃を抱きしめる。

 それはとても甘美で幸せを感じた。


 ほんの1分程。

 

「ふぅ・・・ありがとう。それじゃあ、私は行くわね。ここであった事は内緒にしておいて。それと、態度は変えないこと。良いわね?」

「・・・ああ。」

「じゃあ、ちょっと目を閉じてて。お風呂から出るから。それとも・・・見てみる?」

「!?見ねーよ!!」

「あはは!それじゃ閉じててね。」

「おう。」


 健流が目を閉じる。

 すると、


 チュッ


 と頬から音がする。


「!?」


 思わず目を開けそうになるが、ぎゅっと瞑って我慢する健流。


「じゃあ後でね。」


 姫乃の気配が遠ざかっていく。


「はぁ〜・・・」


 健流は目を開け、頬を押さえる。


「・・・俺の気持ち・・・か・・・」


 健流は自分の気持ちに初めてしっかりと向き直った。

 

 考えすぎた健流が、風呂から出たのはそれから30分後だった。

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