第52話 追憶

途中で切りたく無かったので、少し長くなってしまいました。

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 隠し通路を進む二人。

 

「(前田さんがここを利用して逃げたのであれば、罠は気にしなくていい。それよりも・・・パパ、ママ、もうすぐだよ。ようやく一人仇が討てる。)」


 姫乃は思い出す。

 幼い頃の事を。

 姫乃が復讐に取り憑かれる事になったあの日の事を。



 それは、まだ姫乃が7歳位の時。


 異能を持つ両親二人の元に生まれた姫乃もまた、異能持ちとして生まれた。

 『エデン』のソルジャークラス・・・すなわち、実行部隊の一人であるAクラスだった父と、研究員だった母親。

 父の異能は『弾丸』という能力で、銃を携帯していなくても、一度使用した事のある銃を模した物を、具現化して打ち出す事が出来るというもの。

 母の能力は、『解析』というもので、物や能力の構成や分析を、直感的に導けるというものだった。


 姫乃はまだ幼かったので、詳しいことはわからなかったが、父は各組織に名前が知れ渡っている程の、能力者だったらしい事は後から知った。


 その日は、父が長期任務から帰宅した翌日で、『エデン』から貰った連休で旅行に出かけた。

 普段、あまり両親と出かける事が無かった姫乃は大はしゃぎしていた。

 それはとても楽しくて、旅行中ずっと笑顔だった。


 しかし、悲劇は訪れる。

 帰宅途中、突然襲撃を受けた。

 山中を車で移動中、突然の爆発。


 車が横転する。

 姫乃が窓から外を見ると、そこには車を取り囲むように大勢の人がいた。


きさき、姫乃、パパが惹きつけるから、その間に車の中に隠れていなさい。そして、周りから人が見えなくなったらすぐに車から出て、そこのガードレールの向こうの茂みの奥に行くんだ。いいね。」

「パパはどうなるの?」


 不安から姫乃が父に尋ねる。

 父はにっこり笑って、


「パパは今から悪者をやっつけてくるんだよ。大丈夫!パパは強いんだ。」


 そういって、後部座席にいた姫乃の頭に手を伸ばして頭を撫でる。


「妃、後は頼む。姫乃を守ってくれ。」

かずくん・・・どうか無事で・・・」


 姫乃の父は妻を見て頷く。

 妻の目は潤んでいたが、それでも姫乃を守ろうと決意を硬め、凛々しい表情に変わった。


 そして、姫乃に目線を合わせる。


「姫乃。君には幸せに生きる権利がある。僕はそれを守るために戦うんだ。だから、何があっても生き延びて、幸せになってくれ。そうだな・・・正直嬉しくは無いけど、君を守ってくれるような格好いい男の子を見つけるんだ。君が幸せになれるのなら、僕はその子と仲良くするよ。いいね?」

「パパ・・・私よくわからない・・・」

「今はそれでいいよ。その内わかるさ。いいかい?その人の事を考えると、心が暖かくなるような人、それが君を幸せにしてくれる人だ。パパにとっての、ママや姫乃みたいなものだね。」

「心が・・・暖かく・・・」

「そうだよ。それが人を愛するって事さ。さあ、パパはひと頑張りしてくるよ。妃、愛している。姫乃愛しているよ。どうか生き延びてくれ。」

「和くん。私も・・・愛しているよ。」


 妻の目から一筋の涙が流れた。

 おそらく、この時には、妻はわかっていたのだ。

 もう、夫に会えない事を。


 父親が車から飛び出す。


「パパ!!」


 姫乃が叫ぶ。

 その直後から轟く銃声や爆発、衝撃が車を揺する。

 身を屈めてぎゅっと目を瞑る姫乃。

 その姫乃に覆いかぶさる母親。


 そして・・・


「今!姫乃!出るわよ!」


 車から飛び出す母親と姫乃。


 そして、茂みに飛び込む。

 必死に走る二人。

 そして、崖の直近まで来た所で立ちすくむ二人。そこに、


「おやおや、こんな所まで逃げるとは。がんばりますねぇ。」


 そんな声が聞こえた。

 振り向く二人。

 そこには、10人位の男たちが、二人を囲んでいた。


 母親が姫乃の前に出て、盾になろうとする。


「・・・あの人は?」


 母親が気丈に代表と思われる男に問いただす。


「ああ、これの事ですか?」


 そう言って、顎で示唆すると、何かが男と二人の前に投げ込まれる。

 それは・・・姫乃の父親だった。

 

「和くん!!」

「パパ!!嫌だぁ!!パパ!!」


 片腕は千切れ、両足は焼け焦げ、血まみれの状態。

 明らかに大きな切り傷も多数見える。

 そして・・・既に事切れていた。


「旦那さんは手こずらせてくれましたよ!まったく忌々しい!まさか一個小隊が半壊させられるとは!幹部候補の三人が居なければこちらが危なかったかもしれません。このギガンテス幹部である『蛇』がここまで手こずらされたのは初めてかもしれませんねぇ。」


 男はニヤニヤとしながら二人を見下ろすように言った。


「そんな・・・」

「パパ!パパ!お返事して!パパ!!」


 妻は夫の様に涙する。

 姫乃は必死に泣きながら父親に呼びかけた。


「さて、それではその子を引き渡して頂きましょう。」

「・・・なんですって!?」

「その子にも異能が宿っているのでしょう?だから、ウチの組織で使ってあげようというのです。光栄でしょう?」

「そんな事・・・させるものですか!!」

「ふむ。おい!」


 母親が凄まじい剣幕で『蛇』を睨む。

 すると、『蛇』は部下の一人に目で指示を出した。


 パンッ!!


「うっ!!」

「ママ!?」


 母親の腕から血が流れる。

 撃たれたのだ。


「これでわかったでしょう?娘さんの命の為にもここは、こちらに引き渡した方が良いと思いますよ〜?ああ、あなたも研究者でしたね。一緒にどうです?」


 『蛇』が両手を広げて大仰に言う。

 そこで、母親は覚悟を決めた。


「姫乃、ママと一緒に行きましょう?こっちにいらっしゃい?」

「・・・ママ・・・」


 母親が姫乃ににっこりと笑って言う。

 姫乃は母親の胸にしがみつく。


「おお!素晴らしい判断です!」

「・・・姫乃。しっかりと捕まっているのよ?離しては駄目よ?」

「・・・ん?何を・・・まさか!」


 そして母親は娘を抱いて崖から飛び降りた。


「くっ!?まさか、研究者がそんな度胸があるとは・・・見誤ったか・・・っち!おい!お前ら崖下を確認しておけ!幹部候補の三人は俺と戻るぞ!」


 『蛇』はそう言ってその場を後にした。



 崖下は底の深い川となっていた。

 姫乃は衝撃で気絶していたが、意識を取り戻した時、岸辺にいた。


「・・・ママ?」


 キョロキョロとすると、少し離れた所に母親が倒れていた。

 その姿は血まみれで、息も絶え絶えだった。


「ママ!」


 姫乃が近寄ると、母親はうっすらと目を開ける。


「・・・姫乃・・・無事だったのね・・・」

「ママ!ママ〜!!」


 胸にしがみついて泣く姫乃の頭を、弱々しい手が撫でる。


「・・・姫乃。よく・・・聞きなさ・・・い。ママ・・・とは・・・多分、こ・・・こで・・・お別れ・・・よ。」

「ママ!やだよ!そんな事言わないで!」

「あなたは・・・これから・・・大変だと・・・思う。でも・・・パパも・・・ママも・・・あなたを・・・近くで・・・見守って・・・いる・・・から・・・ね?・・・寂しさ・・・に・・・負け・・・ない・・・で・・・」

「ママ!一人にしないで!私を一人にしないで!」

「だから・・・幸せ・・・に・・・なって・・・ね?パ・・・パの・・・言っ・・・た・・・事を・・・忘れ・・・ない・・・で。」


 もはや、母親の目には姫乃は映っていない。

 

「アン・・・ジェリカ・・・さ・・・ま・・・姫・・・乃を・・・お・・・願い・・・し・・・ます。」

「ママ!」


 その時だった。


「ああ、任された。」


 突然の声に驚き振り向く姫乃。

 そこには、姫乃とそんなに歳の変わらない女の子がいた。


「すまない妃くん。遅くなってしまった。敵は排除したよ。姫乃くんはもう大丈夫だ。責任持って面倒を見る。」


 母親に近づき手を握りながらそう言う女の子。

 その言葉に、母親の表情は和らいだ。


「あり・・・が・・・とう・・・ご・・・ざい・・・ます。・・・お・・・さ・・・。」

「ああ、もう心配しなくていい。よく頑張ったね。」

「姫・・・乃」


 姫乃はその声に、母親の顔を見る。

 母親は笑顔だった。


「愛・・・して・・・い・・・る・・・わ。し・・・あ・・・わ・・・せに・・・な・・・って。和・・・く・・・ん・・・い・・・ま・・・そっ・・・ち・・・に・・・」


 そして、母親の声は聞こえなくなった。

 姫乃は泣いた。

 泣いて泣いて泣いた。

 

 そうして、誓ったのだ。

 父親と母親をこんな目に遭わせた奴らを根絶やしにすると。

 姫乃は女の子に話しかける。

 その頬には未だに涙が流れるも、表情は憤怒の表情だった。


「・・・ねぇ。」

「なんだい?」

「私、強く、なれる?」

「君次第だ。」

「私を強くして。そして・・・あいつらをやっつけさせて!」

「・・・ああ、わかった。それが君の望みなら。」



 そんな事を思い帰していた姫乃の耳に、


「アルテミス、まもなくだ。突入の準備を。」


 前田の声が聞こえ、意識を戻す。


「わかったわ。」


 目の前に扉が見える。

 姫乃の顔が憎悪に歪む。

 今からの復讐に心が逸る姫乃。


 そして、扉を開けた瞬間、


 




 ドスッ


「・・・え?」

 

 姫乃の腿の後ろに痛みが走る・・・

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