連れて行かないで
子供の頃、S姉ちゃんという仲の良い従姉妹がいた。母の姉の子供で、五歳年上のお姉ちゃんだった。
一人っ子同士だと言うこともあったのだろうが、いつも伯母さんの家に遊びに行くと、本当の姉弟のように仲良く遊んでいた。
同年代の子供と比べ内向的な性格だった僕に対して、S姉ちゃんは気も強く、男勝りで血の気も早いのだが、それ以上に明るくてとても優しい性格の持ち主だった。
伯母さん家の近くの公園で遊んでいると、気性の荒い男子たちにいじめられる事が多かった。
そんな時はいつもS姉ちゃんが駆けつけ、大人に勝るとも劣らない気迫でいじめっ子を圧倒した。そればかりではなく、子供とは思えない達観した話術を披露し、いじめっ子たちをまとめ、最終的には仲良くなって一緒に遊べるようにもなった。
「大丈夫。お姉ちゃんがずっと一緒だよ」それがS姉ちゃんの口癖だった。
この言葉が彼女の全てを表しているといっても過言ではないだろう。
僕はそんなS姉ちゃんの事が大好きだったし、S姉ちゃんも僕のことが大好きだった。
忘れもしない、あれは雪の降る12月24日、クリスマスイブの夜のことだった。
その日の昼、母にサンタさんから欲しいものを聞かれ、子供心にワクワクしていた。
サンタさんを見てやろう、というイタズラ心で寝るのを渋っていたが、夜も更けてくると、さすがにウトウトしてきた。
眠気と好奇心が戦っている中、ふと耳にしたのは、階段を誰かが上がってくる音。その音に集中すると、どうやら忍び足でゆっくり僕の部屋に向かってきているらしい。
サンタさんだ! と思い、目をつぶって即座にたぬき寝入りをする。
そのうち、ゆっくりと扉を開ける音が聞こえ、近づいてくるかと思われた足音は、何故か遠ざかっていく。
不思議に思い、薄目を開けて扉を確認すると、廊下の奥には、S姉ちゃんが居た。S姉ちゃんはいつもの優しい顔で、人差し指を唇に当て「シーッ」と声を出さずに言う。
よく見ると頭には赤い帽子を被っている。なんでここにS姉ちゃんが居て、サンタさんの格好をしているのか。
そんな疑問もあったが、大好きなS姉ちゃんが呼んでいる。僕を動かすにはそれだけで十分な理由だった。
S姉ちゃんはそのまま足音を立てずに階段を降りていき、一階に降りていく。僕もあとに続き、階段をおりる。
S姉ちゃんは一階でこちらを振り返っており、手招きしている。
プレゼントの場所まで連れて行ってくれるのかな? と思い、嬉しくなった僕は階段を一気に駆け下りる。
S姉ちゃんは玄関に居て、微笑みながら再び手招きをしている。
外にプレゼント? と疑問に思ったが、そのままS姉ちゃんのもとに向かおうとする。
不意に、後ろからガッと手を掴まれた。そのまま体ごと後ろに持っていかれ、驚いて振り返ると、そこには母が居た。
母はなんとも言えない、怒っているような怖がっているような、それでいて目に涙を溜めながら廊下の奥を睨んでいる。
何が起こっているのか分からず、S姉ちゃんの方を見直す。が、振り返った時僕の視界にあったのは、いつものS姉ちゃんの姿ではなかった。
優しく微笑むその顔は半分がぐちゃぐちゃに潰れており、飛び散った血液で服は真っ赤に染まっている。
手招きを続ける手はありえない方向に折れ曲がり、各所から白い骨のようなものがむき出しになっている。腹部からは内臓が飛び出ており、片足はなくなっていた。
突然の異変に、僕は目を逸らせず、変わり果てたS姉ちゃんを見つめることしか出来なかった。
S姉ちゃんは変わらず、優しい微笑みを続ける。そのうち、口から赤い液体が泡と共に吹き出し、声にならない声でS姉ちゃんが何事かを喋ろうとする。
遮るように母が大きな声で泣きながら叫んだ。
「連れて行かないでっ……!」
S姉ちゃんはそれを聞き、微笑んだ表情から凄く悲しそうな表情になり、ゆっくり背中を向け、そのままスーッと消えてしまった。
後日聞いた話によると、S姉ちゃんはその日、僕へのプレゼントを買ってきてくれていたらしい。
しかし、その道中で不運にも交通事故に巻き込まれ、即死だったそうだ。
僕はS姉ちゃんが死んだという事実をしばらく受け入れられなかった。
あの時S姉ちゃんは、自分が死んだとは気付かずに僕を連れて行こうとしたのだろうか。
辛くなった時、嫌な気持ちになった時、そんな時はS姉ちゃんの言葉を思い出す。
そうすると少しだけ元気になり、そして、どうしようもなく苦しくなる。
彼女は今も、そんな僕のそばにいるのだろうか。
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