魔技師のマギシ

あーく

第1話 すべてを燃やし尽くすもの

 暑い日差しが照り返す中、マギシは女盗賊に襲われていた。


 味方のアックスは、今はあの女の魔法によって操り人形と化している。


「ほらほらぁ!ボーッとつっ立ってたら消し炭になっちゃうよ!?」


 次々と迫ってくる魔法の火炎弾を岩陰に隠れてやり過ごしながら、昨日のことを思い出す。




 ある街に青年と中年の男性二人がやってきた。


「お客さん見慣れない顔だね。旅人かい?」


 青年が答える。


「まあな。」


「うちの店は魔物から採れたこの新鮮な肉がおいしいよ!」


「そうか。なら、この肉とこの肉とこの肉を貰おうか。」


「そしたら全部で――」


 市場の主人はソロバンをはじいて答えた。


「全部で1080Gですね!」


 青年は1500Gを渡した。


「えーと、おつりが――」


 主人は再びパチパチとソロバンをはじいて答える。


「220Gですね!」


「違う!420だ!」


「あれ?おっかしいなー?あ、本当だ。へへ、すみません。」


 主人はヘコヘコしながら420Gを渡した。


 辺りはレンガ造りの家々が立ち並んでいる。


「しかし、この街はだいぶ時代遅れだな。今時ソロバンなんて使うやつがいるのかよ。しかもあいつソロバンで計算ミスりやがったぞ。今は魔科学の時代なのに計算機もないのかよ。」


「まあ落ち着けマギシ。今からこの街を発展させるんだろう。」


「防犯意識も低そうだな。もし何かあったら頼むぜアックス。俺は戦えないからな。」


「ああ。そのためにお前についてきてるんだからな。」


 先ほど市場でやり取りしていた青年はマギシ。


 全身を覆いつくすグレーのコートを着て、シルバーのネックレスを首から下げている。


 一方、中年の名前はアックス。


 立派な髭をたくわえ、大きな斧を担いでいる。


 鎧から見えるがっちりとした肉体は、多くの戦闘経験を物語っている。


 マギシはふと、家の煙突から煙がもくもくと空へ舞い上がっているのが見えた。


 それも、一軒だけではなく、ほとんどの家が煙突を使っている。


「しかし、煙突から出る煙が多いな。燃料は薪か?体にも環境にも悪いからここから手をつけるか。」


「仕事の方針は任せる。」


 二人は市場を後にすると、今日の寝床を確保するために宿屋へ向かった。


「二人なら2000Gだよ。」


「う……。」


 手持ちの420Gでは一泊すらできなかった。


 マギシが宿屋の中を見回すと、釜戸が目についた。


 やはり燃料は薪。


 真っ赤に燃えた薪からは、煙が煙突の中を立ち上っていく。


「まずはここから始めるか。金もないし、宿代にはなるかな。」


 マギシは宿屋に備え付けられた釜戸を指差した。


「主人、あの貧相な台所で食事を出すのか?」


「なんだと!?あれは20年も使ってる俺の相棒みたいなもんよ!それを馬鹿にするたぁ――」


「今は魔科学が発展している。薪なんて時代遅れだ。」


「ほう!じゃあお前はあれよりもいい物が作れるって言うのか?」


「例えばだな、もしこの手のひらの大きさで火を起こす道具があるとしたら、それを見たくはないか?」


「そんなものできるわけねぇだろ!」


「なら賭けをしよう。俺たちがその道具を作ってきたら一週間分の宿代をもらおう。」


「望むところだ!」


「成立だな。また後で会おう。」


「尻尾巻いて帰んじゃねぇぞ!」


 マギシとアックスは街を出ることにした。




「俺の設計だと、火起こしの道具を作るにはまず火の魔法使いを探す必要がある。」


 アックスはあご髭を撫でながらマギシに尋ねた。


「火の魔法使い?あの街にはいなかったのか?」


「魔法使いは街よりも戦場に多い。遠くで爆発音とかがあれば、そこに魔法使いがいる確率は高いだろう。」


「果たして都合よく現れてくれるかどうか。」


「そこなんだよなぁ……。」


 二人が途方に暮れていると、女の声がした。


「そこの二人、ちょっといいかしら。」


 マギシとアックスが振り返ると、一人の女が立っていた。


 赤い髪のポニーテールに動きやすいような服装、まるで盗賊のような見た目だ。


「あんたたちの有り金全部置いていきなさい。でないと、痛い目見るわよ。」


「あいにくだな。有り金は――」


 マギシは財布を取り出し、所持金を数えた。


「――420G……。」


「は!?そんなはした金でよく生きてこれたわね!」


「やかましい!俺だって金は欲しい!」


 普通、金だけを狙うならばここで用済みとなるはずだが、女は気づいていた。


 マギシが首から下げているアクセサリーや全身を覆うコート、アックスが担いでいる大斧、その他金目になりそうなものを身につけている。


 この二人はただものではない――


「じゃあ身に付けてるもの、全部ちょ・う・だ・い?」


「そんなこと言われて素直に差し出すやつがいるか。なあ、アックス――」


「……。」


 アックスはマギシの方を向くと、突然斧を振り下ろした。


 振り下ろした斧は空を切り、地面に突き刺さった。


「うわ!危ねぇ!」


 アックスの目をよく見ると虚ろになっている。


「これは魔法か!大丈夫かアックス!?」


「無駄よ。そちらのおじさまはもう私の虜。あなたは――なるほど、それは状態異常無効のアクセサリーだったのね。あなたには魔法がかからなかったから変だと思った。」


「ああ、よく気づいたな。」


「でも、2対1で勝てるかしら!」


 アックスはゆっくりとマギシに向かって斧を振りかざした。


「ま!待て!」


「戦闘に待ったなんてないわよ!ファイア!」


 女から放たれた魔法の火炎弾は、マギシの腕をかすった。


「……っ!あいつ、火の魔法も使えるのか!」


 マギシは咄嗟に岩陰に隠れた。


「さて……どうしたものか。」


 次々と放たれる火炎弾の中、マギシは考えた。


 今まともに戦闘しても返り討ちに遭うだけ。


 しかし、話し合いでなんとかなるものなのか?


 奴の狙い――奴は所持金が少ないのに襲ってきた――となると、狙いは俺たちが持っている金目の物だ。


 マギシは考え事をしていると、ふと気付いた。


(ん?この岩の破片……よし!使えるぞ)


「わかった!降参だ!」


 マギシは両手を挙げて岩陰から現れた。


 女は手を止めた。


「あら?やけに潔いわね。」


「そんなに金が欲しいなら、俺は生かした方がいいぜ。」


「はぁ?ここで命乞いって、あんたこの状況わかってんの?」


 マギシはコートの中から石を取り出し、女の方に近づいた。


 当然、女は罠を警戒して身構えた。


「へ、変なことすんじゃないわよ!」


「これは『魔法石』だ。例えば、この石にお前の火の魔法エネルギーを溜めてみろ。」


「え?どゆこと?」


「この石を持った手で火の魔法を使うイメージだ。」


 マギシは女に石を渡した。


「爆発とかしないでしょうねぇ?」


「……魔力が強すぎたら爆発するかもな。」


「……あんたがやんなさいよ。」


「残念ながら俺は『属性魔法』は使えない。それに、もしこの距離で爆発すれば俺も死ぬ。」


「はぁ……。」


 女は騙されたと思いながらも、マギシの言う通りに従った。


 女の放つ魔法のエネルギーが魔法石に溜め込まれ、独特の青白い輝きを放つ。


「これでいいの?」


「ああ、上出来だ。」


 マギシは女から魔法石を右手で受け取ると、そのまま右手に集中した。


 魔法石はみるみる火を上げて燃え始め、マギシは熱さのあまり手を引っ込めた。


「あっつ!」


 地面に落ちた魔法石の火は消えてしまった。


「……あんた、何がしたいの?」


「まぁこのように、この魔法石に魔法を溜め込むと、その魔法がいつでも取り出せるようになるんだ。」


「へぇ〜……。」


「で、俺はこれを使って道具を作る。それをお前が売って金にする。そうすれば俺は金の成る木だ。」


「……ふふふ。あっはっはっは!」


「何がおかしい!」


「まともに戦っても私が勝っちゃうからお金で釣ろうってわけか。」


「……まあそういうことだ。」


「あんたいいねぇ!気に入ったよ!それだったら、うちのギルドになりな!私はミリィ、よろしく。」


「交渉成立だな。俺はマギシ、こっちは――」


 アックスは棒立ちのまま動かない。


「……早く魔法を解いてやってくれないか?」


「あぁ、忘れてたわ。」


 ミリィは指をパチンと鳴らすと、アックスは正気を戻した。


「はっ!俺は一体……。」


「アックス、俺たち仲間になったから。」


「……状況が飲み込めないのだが。」




 アックスに事情を話すと「マギシの判断に従う」と快く引き受けてくれた。


 三人は先程の宿屋へ向かい、燃える魔法石を宿屋の主人に見せた。


「あっつ!」


「……あんた学習しなさいよ。」


 宿屋の主人は驚いた表情をしている。


「……信じられねぇ。」


「そういうわけだ。このままだと使いにくいから、うまく加工してあの釜戸を作り変える。その代わり、宿代を一週間――」


「……いや、やっぱりダメだ。」


「なぜだ!こっちの方がわざわざ薪を切る手間もなくなるし、運ぶ手間もなくなる!煙突の掃除だって大変だろう!」


「あれは長年使ってきた俺の相棒だ。だから、ボロボロになって使えなくなるまで使ってやりてえんだ!」


「……わかった。」


 マギシはすっかり肩を落としてしまった。


「……アックス、すまない。420Gでは泊まることはできない。今日も野宿だ。」


「……まぁ、仕方ないな。」


「まぁまぁ二人とも、そんなに気を落とさないで。そうだ!私の知り合いにシェフがいるから、その道具が必要かどうか聞いてみる?料理するのに火は必要だからね。」


「シェフ!?本当か!?」


 こうして、マギシ、アックス、ミリィの三人はそのシェフを尋ねることにした。

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