第60話 残敵掃討

 マタパン岬沖海戦のときとは逆の状況が現出していた。

 あの時はイタリアの巡洋艦が英戦艦によっていいように嬲られていたのが、今はイタリアの戦艦「ヴィットリオ・ヴェネト」と「リットリオ」が英巡洋艦を面白いように蹂躙している。


 「ヴィットリオ・ヴェネト」と「リットリオ」は護衛の四隻の巡洋艦と八隻の駆逐艦とともに、今回の一連の海戦の間は日本の第二航空艦隊の後方を付かず離れずの距離を保って同艦隊を追躡していた。

 これら一四隻からなるイタリア艦隊は、第一機動艦隊の砲戦部隊が英水上打撃部隊の阻止に失敗した場合、その矛先から日本の空母を守る最後の盾となるのが任務だった。


 だが、一機艦の空母艦載機隊の戦力は圧倒的で、その攻撃を躱して最後まで進撃を続けることが出来たのは戦艦が二隻に巡洋戦艦が一隻のわずか三隻のみ。

 そして、それら三隻は「大和」型戦艦を含む有力な水上打撃部隊によって間違いなく阻止される。

 彼我の戦力差から、日本側が負ける心配は万に一つも考えられない。

 そう考えたイタリア艦隊司令長官は突撃命令を下す。

 一機艦の艦上機や水上打撃艦艇よりも先に弱りきった英巡洋艦という極上の獲物をいただくのだ。

 一八隻の英巡洋艦は昨日の昼間、一機艦が放った艦上機群の猛攻を受け、どの艦も複数の奮龍や二五番を浴びて戦闘力を大きく減殺され、航行能力も大幅に低下している。

 相手にとって不足有りだが、イタリア艦隊にとっては不足は大きければ大きいほどありがたい。


 そのような英巡洋艦に「ヴィットリオ・ヴェネト」と「リットリオ」は最大戦速で肉薄、その姿を視界に捉える。

 これまでの恨みを百倍にして返してやるとでも言わんかのごとく、二隻のイタリア戦艦は容赦の無い砲撃を行う。

 英巡洋艦は満身創痍のなか、それでも反撃の砲火を放つ。

 だが、それは駆逐艦にすら撃ち負けるのではないかと思われるくらい弱々しいものでしかなかった。


 一方、四〇センチ砲に比肩すると言われる二隻のイタリア戦艦から繰り出される三八センチ砲弾は容易く英巡洋艦の装甲を貫きその内部で爆発威力を解放する。

 せいぜい、一五センチかあるいは二〇センチ砲弾に対応した程度の薄い装甲しか持ちあわせていない英巡洋艦からすればたまったものではない。

 水線付近に大破孔を穿たれて傾くもの、あるいは弾火薬庫を撃ち抜かれて大爆発を起こすもの、惨劇の絵図は様々だ。

 そのような英巡洋艦の阿鼻叫喚をBGMに「ヴィットリオ・ヴェネト」と「リットリオ」は海上を軽やかなステップで踊りを舞うかのように次々に相手を代えていく。

 「ヴィットリオ・ヴェネト」と「リットリオ」の相手をした英巡洋艦はそれこそ彼女らにされるがままに海底へと誘われていく。

 二隻のイタリア戦艦のお供をする四隻の巡洋艦と八隻の駆逐艦もまたおこぼれに預かる。

 日本の艦上機の空爆によって反撃力と脚を奪われた英巡洋艦や英駆逐艦に演習のような気安さで次々に魚雷を撃ち込んでいく。


 宴もたけなわとなった頃には一機艦の砲戦部隊がこれに加わる。

 鹵獲した「デューク・オブ・ヨーク」を後送するために戦列を離れた戦艦「武蔵」と二隻の駆逐艦以外の艦もまた、落ち穂拾いをするかのごとく、イタリア艦隊の邪魔にならないように生き残った英巡洋艦や英駆逐艦を次々に沈めていく。

 「キングジョージV」を葬った「大和」の四六センチ砲が傲然と火を噴き、駆逐艦の発射管から酸素魚雷が次々に飛び出していく。

 さらに、古賀連合艦隊司令長官が気を利かせて送り込んだ「最上」と「三隈」、それに「利根」と「筑摩」の四隻の重巡とそれらを護衛する八隻の駆逐艦までが応援に駆けつけてきたことで、英艦の葬送ペースは一気に跳ね上がった。




 水上打撃部隊が傷ついた英巡洋艦や英駆逐艦を次々に沈めていく一方で、一機艦の空母部隊も遊んでいたわけではなかった。

 夜を徹した修理作業によって一五〇機近い一式艦攻と二五〇機あまりの零戦を用意。

 一式艦攻には奮龍を、零戦には二五番を装備させ、英空母部隊の残敵掃討にあたらせた。

 開戦時には三つの英空母部隊には一二隻の駆逐艦と二四隻の護衛駆逐艦が配備されていた。

 他に正規空母と戦艦がそれぞれ二隻、それに巡洋艦や護衛空母などもあったのだが、これらはすべて昨日のうちに撃沈している。

 一方で、駆逐艦のほうは沈めたものはさほど多くはなかったが、どの艦も奮龍や二五番を食らって傷ついており、そのほとんどが航行に支障をきたしていた。


 一方、英軍は航行不能や極低速しか出せない艦については乗組員を他艦に避退させたうえですでに撃沈処分していた。

 生き残った、それなりに速度発揮ができる二六隻の駆逐艦のほうは味方勢力圏に逃れるべく必死の逃亡を図る。


 そこへ一機艦が放った四〇〇機の戦爆連合が現れる。

 まず、一五〇機近い一式艦攻が奮龍を順次発射。

 英駆逐艦あるいは英護衛駆逐艦一隻につき五乃至六機の一式艦攻が攻撃する計算だ。

 傷つき、脚を失ったこれら英艦に奮龍の猛攻を躱すすべは無い。

 一式艦攻が放つ奮龍の狙いは的が小さい駆逐艦に対しても正確で、少ない艦で三発、六発すべて命中した艦も少なくなかった。

 これら一連の攻撃で英機動部隊残存艦隊は壊滅する。


 他方、攻撃対象を失った二五〇機あまりの零戦は目標を変更する。

 こうなっては零戦隊としては英戦艦部隊の生き残りを仕留める以外に獲物は残っていない。

 しょうがないとばかりに零戦隊は腹に重い二五番を抱えたまま次々に翼を翻す。

 だが、その零戦隊が当該海域に到着する頃には英戦艦部隊の残存艦艇はそのほとんどが撃沈されてしまっていた。

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