第48話 東洋艦隊全滅

 一式艦攻の目標配分についてはあっさりと決まった。

 生き残った四隻の英戦艦には「翔鶴」と「瑞鶴」、それに「神鶴」と「加賀」の攻撃隊をあてる。

 これら四隻の空母は「赤城」とともに一式艦攻の搭載数が多いから、いずれの艦も一八乃至一九機がすぐに再攻撃に使えた。

 五隻の英巡洋艦に関しては前衛艦隊の大ぶりの、おそらくは重巡を「赤城」が担当し、残りのやや小ぶりの巡洋艦は「蒼龍」と「飛龍」、それに「隼鷹」と「飛鷹」が叩く。

 「蒼龍」と「飛龍」、それに「隼鷹」と「飛鷹」の一式艦攻は二個中隊編成で他の五隻の空母よりも一個中隊少なかったが、それでも各空母ともに一二乃至一三機の勢力を維持していた。

 その一式艦攻は全機が九一式航空魚雷を搭載している。

 これだけの数で攻撃すれば手負いの英戦艦と英巡洋艦はすべて撃沈できるはずだ。


 一方、二三隻の英駆逐艦には午前中は直掩任務にあたっていた各空母二個中隊、合わせて二一六機の零戦が二五番による緩降下爆撃を敢行する。

 敵の駆逐艦に対しては一隻あたり九乃至一〇機の零戦で襲撃するわけだから、命中率を控えめの一割と見積もっても一発は当たる計算だ。

 すでに奮龍を食らって大きく対空火器を減殺され、そのうえ脚を奪われた駆逐艦に対する攻撃だから、命中率が上がることはあっても下がることは無い。

 二五番であれば三発、場合によっては二発程度でも駆逐艦には致命傷になる。

 おそらく古賀長官と一航艦司令部はそのように考えたのだろう。


 第三次攻撃隊指揮官の淵田中佐はそのようなことを思いながら、攻撃開始を下令する。

 今回は奮龍装備の機体は無いから、雷装の一式艦攻と爆装の零戦による雷爆同時攻撃だ。

 真っ先に脚の早い零戦が小隊ごとに散開、第二次攻撃によってすでに動きの衰えた英駆逐艦に向けて浅い角度で降下する。

 爆撃技量に優れたベテランが駆る機体が嚮導機となり、四機が一斉に二五番を投下。

 奮龍によって対空火器を大きく減殺され、さらに機関や船体にも少なくないダメージを受けた駆逐艦は反撃することも回避することもままならない。

 それはもはや標的、あるいはサンドバッグと言ってよかった。

 五四個小隊二一六機の爆装零戦が攻撃を終えた時点で二三隻の英駆逐艦は洋上の松明と化し、早くも数隻が沈みかかっていた。


 零戦の攻撃が終わる頃には一四二機の一式艦攻もそれぞれ目標とした戦艦や巡洋艦に対して肉薄、理想の射点に遷移した機体が次々に魚雷を投下する。

 駆逐艦と同様、第二次攻撃隊の奮龍による攻撃によって著しく対空能力を減衰させている英戦艦はそのいずれもが回避運動によって日本機の猛攻をしのごうとする。

 だが、その速度と運動性能はマーシャル沖に沈んだ米戦艦をわずかに上回る程度でしかない。

 三〇ノットを超える母艦を標的に訓練してきた一式艦攻の搭乗員にとっては魚雷を命中させるのにさほど困難を覚える相手ではなかった。


 だが、対空砲火による反撃が貧弱なうえに天候にも恵まれていたのにもかかわらず、淵田中佐が期待したほどには命中の水柱は上がらなかった。

 ざっと見たところ戦艦への命中率は四割、巡洋艦へのそれは三割程度だった。

 いささか不満が残る命中率ではあったが、それでも戦艦には一隻あたり七乃至八本、巡洋艦には三乃至四本が命中しているからいずれの艦もまず間違いなく致命傷となったはずだ。

 戦艦と巡洋艦はすべて撃沈確実。


 だが、一方で駆逐艦のほうは二五番のあたりどころがよかったのか、何隻かは沈む気配をみせていなかった。

 これら駆逐艦を攻撃するかどうかで淵田中佐は少しばかり逡巡する。

 第四次攻撃を要請すれば、しぶとく浮いている駆逐艦を撃沈するのは容易だ。

 だが、今から攻撃隊を出せば帰投は日没後になってしまう。

 こうなれば事実だけを報告し、あとは古賀長官なり一航艦司令部に判断を委ねるべきだった。


 そう考え、打電する文面をどうするか考えようとした淵田中佐の目に数十機の編隊がこちらに向かってくる姿が飛び込んでくる。

 零戦だった。

 その数からしておそらくは第二次攻撃隊の一式艦攻の護衛にあたっていた零戦隊だろう。

 第一次攻撃隊の零戦が東洋艦隊の上空を守っていた敵の戦闘機をあらかた食ってしまったので、彼らは何もやることがなかった。

 欲求不満の解消も兼ねて古賀長官かあるいは一航艦司令部が爆装したうえで第四次攻撃隊として送り込んできたのかもしれない。

 そうでないのなら第二次攻撃隊の戦闘機隊長が出撃させろと駄々をこねたのかもしれなかった。


 その六〇機近い新たな爆装零戦はこちらも小隊ごとに分かれて英駆逐艦めがけて緩降下を開始する。

 いまだ生存のための戦いを続けている英駆逐艦乗りにとってその姿は死神も同然のように思えたことだろう。

 損害の少ない、沈む気配を見せない英駆逐艦に零戦が次々に翼を翻して緩降下爆撃を仕掛ける。

 この攻撃によってこれまで致命の一撃を免れていた英駆逐艦はすべて撃沈されるかあるいは助かる見込みが無いまでに喫水を深めるか、そうでなければ大傾斜するかしていた。

 この第四次攻撃隊の成果を見て淵田中佐は一機艦宛てに送るつもりだった文面を変更する。


 「第三次攻撃隊の戦果、戦艦四ならびに巡洋艦五を撃沈、多数の英駆逐艦を撃沈。

 さらに第四次攻撃によって英駆逐艦部隊全滅。

 第五次攻撃の要無し」

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