第4話 幸せな二人


 私の彼氏は、私よりは二十センチ以上は背が高く、年齢のわりに大人びた顔立ちをしている。けれど時々、その印象がポメラニアンと被る時がある。


「せんぱいっ!」


 彼の待つ図書室へと続く玄関口で、彼は中から小走りに私の前に現れた。その顔を輝かせて。どうやら、中から私が来るのを見ていたらしい。ともすれば、左右に力の限り振るもふもふの尻尾が見えそうな勢いだ。実際にもふもふと揺れているのは、天然のウェーブが効いた髪の毛。


「お待たせ」


 その顔を見て、ほっと笑顔になる。

 彼の笑顔は、私を満たす。


「………何かありました?」

「ん?んーん。別に。……私の彼氏、可愛いなって」

「……それ、褒めてないですよ」

「そういうとこ、可愛い」


 不満そうに口を尖らせるものだから、尚更だ。つい、ふふ、と声を溢して笑う。


「なんかさ、パフェ食べたくなっちゃった」

「いいですよ」

「クレーンゲームもしたい」

「ゲーセンも行きましょう」


 並んで歩き始める。

 中庭を抜け、正門を抜けて、最寄り駅ではなく、 商店街の方に向かって歩く。ちょっと遠回り。放課後デート。

 一度は寂れかけた商店街は、ここ数年で何とか持ち直した。全国的に見ても、活気がある方なんじゃないかと思う。軒を連ねて、魚屋や肉屋、八百屋なんてのはなかなか目にしないけど、カフェや雑貨屋、飲食チェーン店などが立ち並ぶ。完全にターゲットを若者に絞っているようだ。

 行き交う人々の中に、ちらほらと同じ制服を着た学生の姿が見えてきた。

 商店街に入って真っ直ぐ、徒歩十五分くらいで学生向けのエリアになる。厳密にそう言ったエリア分けをされているわけではないのかもしれないが、よく知るハンバーガーのチェーン店やゲームセンター、アニメグッズ販売店、流行りのスイーツやドリンクを提供している店などが立ち並び、人口に対する平均年齢層も更にグッと若くなる。


「まずはパフェからですね」


 そう言ってよく行くカフェに入ろうとする朔也の腕を引っ張って、入店を阻止する。


「待って。この先の、新しく出来たとこに行きたい。昨日の新聞に紹介されてたの。だからまずは、ゲーセンいこっ」

「御意」


 彼はいつも、私のどんな我儘も提案も、顔を綻ばせながら二つ返事で承諾する。……自分にとって不都合なことは聞こえないようだけど。私はやっぱりくすぐったくなって、ふふっと笑った。

 入ったゲームセンターはガチャガチャと賑やかで、同じような制服を着た生徒ばかりだった。同性同士が圧倒的で、私達はちょっとだけ目立ってるようでもあった。………そうでなくても、朔也は背が高い上、カッコよくてよく目立つ。


「あっ、美男美女。やっべー、目の保養」


 何処からか声が聞こえた。まさか私達なわけないよね?美男はいるけど、美女じゃない。……それとも、このフロアに単体で美女がいて、脳内でくっつけてしまったのだろうか…。だとしたら、悲しい。


「クレーン、どれします?先輩好みの、可愛いやつあります?」

「え、ああ。うーん、あ、あれ!」


 訊かれて、キョロキョロと辺りを見回し、一つのクレーンゲームを指差した。一回400円。なかなか大きいサイズのぬいぐるみが「取れるなら取ってみろ」みたいな顔をして、並んでいる。


「………俺、時々、先輩の美的センスがわかんないです……」

「えっ?嘘?可愛くない?」


 件のクレーンに近付くと、尚更顔をしかめる朔也。変わらず苦笑いしているが、ズボンのポケットから長財布を取り出すと百円玉を四枚入れた。その後、「はい、どうぞ」とクレーンの前を譲られ、目を白黒させてしまう。


「え?朔也、やらないの?」

「先輩がクレーンゲームしたいんでしょ」

「いや、だって、朔也のお金……」

「丁度、小銭多くて邪魔だったんで」


 ほら!むずむずとする。

 ありがとう、と紡げば「取れなかったら次のカフェでココア奢って下さいよ」なんて軽口を叩くけど、きっとそのお会計も奢らせてはくれないはずだ。


 結局、クレーンは三回やっても取れなくて、断念した。その後に朔也も三回したけど、やっぱり取れなかった。


「ああ…。親父顔のネコ……」

「………あんな、シュールなバーコード頭のネコのぬいぐるみ、ほんと、どんだけ欲しかったんですか?」


 私が捨てきれない想いを燻らせていると、朔也が笑った。苦笑に近い。それでもやっぱり、甘ったるくてカッコいい。まぁ、この顔が拝めただけで満足としましょうか。

 プリクラ撮ろうよ!と二階の階段を上がる。『男性のみ立ち入り禁止』とでかでかと性差別的な注意書きが貼り出されたそのフロアでは、朔也以外に男子の姿が無かった。「あ、[[rb:一之瀬>いちのせ]]くんだ」なんて声を殺したひそひそ声が耳に入る。「えっ、隣に居るの彼女?」「誰?知らない」「ほらぁ、写真部の二年だよ」ーーー敢えてその声がする方を見ないようにして、「あの機種にしよっ」と、反対側にある機種を指差し、朔也ごとその場から遠ざかった。


(……「釣り合わないね」なんて言われたら……堪ったものじゃない……)


 落ちていく気持ちを自覚する。

 朔也は超絶イケメンだが、私は、普通。そんなの、毎朝昼晩、鏡で確認している。決して、深刻に思い悩んだ結果であったりナルシスト的な行為ではなくて、歯磨きする時やトイレの手洗い場の鏡とかで。

 私が指を指して彼を誘ったのは、フロアの一番端っこの、どうやら不人気な機種だった。他のものは数人並んでいたのに、それには誰も並んでおらず、スムーズに中に入る。お金を入れ、音声に従って、簡単な操作でカメラの配置や背景などを決めると、連続して何枚か写真を撮った。ピースをしたり、変顔をしたり、ハグをしてみたり。プリクラってなんでこう、狭い空間なのに開放的な気分にさせるんだろうか。


「プリクラなんて、久し振り」


 急かすような撮影の合間で、一人言を呟くと、「先輩」と朔也はちょっと頬を赤らめながら私の手を握る。


「………キス、していい?」

「えっ?!あっ、は、はいっ!」


 ちらり、とカーテンの隙間から足が見え無いか盗み見たが、どうやら誰も並んでいないようだった。


『さん、にぃ、いち』


 プリ機の電子音声がやっぱり急かすようにカウントし、心の準備がしっかりと整わないまま、朔也の顔が近付いてきて目を閉じた。

 ふわ、と柔らかい唇が触れ、一拍遅れて『カチャ』と撮影を報せる音がする。


「………突然、すみません」

「………いえ、」


 至近距離で笑う朔也の頬もさっきより少し赤みが増してて。それより数百万倍真っ赤になったであろう私の顔は、気恥ずかしさの為に彼のネクタイの方を向いて、なかなか視線が上げられない。

 別に、初めてと言うわけでもないのに。


(……プリクラってなんでこう、扉もない個室なのに、カップルを大胆させるんだろうか……)


 落書きスペースに移動してね!と電子音声に言われるまま、撮影ブースを出る。まだお互いにどぎまぎしていたが、長居も出来ない。

 先に出た朔也から、ふわ、と柔軟剤の香りがして、「あれ?」と首を傾げた。


「そう言えば、ハグの時も思ったけど……柔軟剤変えた?」

「え?……いや、変えてないと思いますけど……?」

「そう?じゃあ、勘違いかな…」


 二人して首を傾げ合っていると、『プリントする写真を選んでね。後、三十秒だよ』と、またしても電子音声に急かされて、この話はこれきりになった。





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