第13話 勝手に想像される結婚の真相

 トーマスが連行されて父親の元に行っている間、ローデリアは細く交流のあるエマ侯爵夫人のお茶のお誘いを受けていた。


 ローデリアは普段は忙しくてあまりこのような席には出られない。そして、貴族夫人は慎みを持って、あまり出歩いてはいけないという教えがあったのもあって、まだ年若いローデリアを気遣ってくれていた御婦人からのほとんどのお誘いは断らなくてはならなかった。

 しかし、この度にお誘いをくださったのは身分の高い侯爵夫人。

 自分より上の者に言われたことは従えという貴族としての心得も受けていたので、これは行かなければとはせ参じたのであった。

 トーマスからしたら男の方が女より上、だから女は男に従うべきだという意図で持って教え込んだのだが、貴族にある爵位は明確な上下関係に当たるので、ローデリアには比較的わかりやすい教えの方だった。



 侯爵夫人からしたら、ローデリアの噂が気になっての呼び出しだったのだが。ローデリアが本当に噂のようなことをしたのだろうかという驚きもあったのだ。

 知るローデリアは慎ましやかで控えめで物静かで、夫を踏み台にするような烈女には到底思えなかったからである。

 そしてエマ侯爵夫人をダシにして、噂のローデリアに面識を得たいと願う貴婦人は今日のお茶会に招かれようと売り込みも多かった。


「お招きありがとうございます」


 お茶会にやってきたローデリアは以前よりずっと女らしくなり華やかになっていたが、控えめさは相変わらずだった。

 主人の傍に席を与えられて、まずは当たり障りのない話が続く。世間話のようではいるが、ヴェノヴァ伯爵領のことに関しては、ローデリアも話したりはせず口が堅い。それは『みだりに家庭のことを外に話したりしない』という教えがあったからであるが。

 しかし奥様方の興味はどちらかといえばそちらではない。そしてやんわりと、夜のことにも話が飛んだりもした。

 もうすぐ結婚というお嬢様の話が夫との夜を恐れるということから、自分達の思い出話になって。


「ヴェノヴァ伯爵夫人は結婚した日の夜はどうでしたの? ご主人の伯爵はそっちでも有名な方ですから、さぞかし素敵な夜をお過ごしになったのでは?」


 溢れる好奇心を口調は押さえていても、その感情は目に溢れている。

 遠くにいる貴婦人も、それとなく耳をそばだてていて、本音ではみんな聞きたいのだ。


「……覚えておりませんわ」


 困ったように微笑んで首を振るローデリアに、さらに追及しようと身を乗り出す夫人たち。

 その様子を、侯爵夫人は止めもせずに笑って見ている。


「ここには女しかございませんのよ? 本音を言ってくださって結構ですの。タクの主人なんてもう、それはそれは乱暴で……。ヴェノヴァ伯爵はお優しそうですので、そんなことはなかったでしょう?」


 それとなく誘導をするが。


「でも、本当に覚えてなくて」

「なにも?」

「ええ、まるっきり」


 その覚えていない、という言葉に周囲が一瞬動揺し、その後で何かを察した人が、後ろでこそこそと扇越しにやり取りを始める。


 周囲にはヴェノヴァ伯爵に対する偏見がある。

 若い妻を放置して娼館に行くくらいなら、きっと若い頃から経験豊富だろうと。

 そんな男ならうら若い乙女の花嫁に感動の一夜を与えることなど簡単だったはずだ。 


 女性ならみんなが色々な意味で忘れられないという、結婚して初めての夜の記憶。

 なのに感想が「夢見るくらいに素敵でした」でなくとも「痛かった」ですらないなんて。

 覚えていないということは、みんなして、ああ、この夫婦は噂通りの白い結婚だったのか、と、察するのにはちょうどよかった。それが事実か事実でないかは別として。


 二人の結婚は最初から仕組まれていた。

 有能な娘を子爵家から金で買って、傾いた領地を建て直させ、そしていつでも離婚できるように放置していたのだ、と上流貴族の奥様方は『察して』しまった。



 ローデリアからしたら、二年前に一度きりでおざなりだった行為なんて、本当に記憶の彼方だ。

 緊張しすぎていたし、すぐに終わってお互いに寝てしまったのであれは夢だったの? とでもいうようはかない行為で。

 貴族の政略結婚なんてそのようなものよねと納得もして、悲しみとか悔しみとかも感じずにいたので、反芻して憎しみを育てることすらなかった。

 それに即座に花嫁修業という名の伯爵領の事業内容の継承や運営の勉強などが始まり、そちらで心身がすり減っていたので結婚当時で覚えていることといえば、そちらの方だったから。


 しかし周囲からしたら、「覚えていない」というその反応は、ローデリアなりの優しさなのだと思われ、温かい視線が注がれていた。


「あの不能の噂、本当だったのね……」

「あの娼館はお高いからてっきり冗談だと思っていたのにね……」

「おいたわしいローデリア様……」

「私たちはヴェノヴァ伯爵夫人の味方ですからね」


 盛り上がる女の友情に、一人ローデリアは「はい?」と首を傾げていた。

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