第9話 融通が利かない
怪訝な顔をして、法律家は1つ1つ財産の項目をチェックをして、その所有者を丁寧に調べ始めた。
その間、客人である法律家の方にお茶が運ばれてきた。
ローデリアが「旦那様の分もお願いね」と頼んでからようやく持ってくるという、使用人たちの自分への対応の冷淡化は徹底している。
「長くなりそうですから、奥様はこちらでお待ちしましょう」
侍女たちがプライベートラウンジの方にお茶の用意をしているようだ。香しい紅茶の香りがしている。
「そうね。旦那様はいかがなさいます?」
ローデリアが立ち上がりそちらの方に行きしな、声をかけてくれたがそれどころではないから。
「ここで待つから、お前はあっちにいってろ!」
「はぁい」
カリカリして怒鳴ったが、素直にローデリアが部屋を出ていく。
使用人たちもローデリアについて全員出ていき、法律家と自分が二人きりの部屋の中にいることになる。
そこでようやく彼の動きが止まった。
そして「この手続きに不備も問題も一切ありません」と言い切られた。
「そんなわけはないだろう! 私の財産がなんで妻名義になっているのだ!」
「ご自身で資産の管理を奥様に委ねる委任状を書かれているではないですか。こちらがその書類ですね。この時点で奥様は伯爵様の財産を動かす権利を有されております。奥様が伯爵名義をご自身のものに書き換えても、なんの法的な問題はありません」
「私が認めていないんだぞ?!」
「伯爵の印が押されてますが?」
「ローデリアが自分で押したんだ! 勝手に!」
「委任状を持っている奥様が、伯爵様の印璽も持ってらっしゃるというのなら、それは伯爵様の意思を完全に委ねているという意味も同じですよ。大体、伯爵の仕事を全て奥様に委任するなんて、貴方は何をしているのです。お相手が奥様でまだよかったですよ。これがその辺りの詐欺師なりペテン師なりだったら、伯爵家の財産は散逸して爵位すら残らなかったですからね。本当の意味でのスカンピンというやつですね」
心底呆れたという顔を隠さず、あべこべに叱られる始末だ。
頭をガシガシかきむしって、ただ呻くしかない。
他の財産は……と法律家が書類を見直して眉をひそめた。
「事業の方は……わかりません。これは株主たちの意見を聞かないことには、一存で所有者を動かすこともできないでしょう」
「なんでだ? 俺の会社なのに!」
「会社の場合、経営を誰に委ねるかを決めるのは株主たちなのです。しかし、過去の実績がまるでない伯爵様より、この二年で大きく事業を発展させた奥様の方が、事業の株主たちは評価する可能性が高いです」
家の使用人だけでなく、会社の社員共にも裏切られるかもしれないのか。
「正当な手続きで奥様に譲渡なさっている形になっている以上、奥様の同意なく戻すことは無理です。何がお二人の間にあったかは知りませんが、早く謝った方がいいですよ?」
どうも夫婦喧嘩の腹いせにローデリアがしでかしたのだと思われているようだ。
そうだったらどれだけよかったことか。
「もしくは爵位があるということはこの領地における徴税権は伯爵にございますから、それで地道に分割払いで返還していただけるよう交渉してはいかがでしょうか」
「なんで俺のものに俺が金を払って返してもらわなければならないんだ!」
「貴方のものではありません。全て奥様のものですよ」
そう言い争っていたら、声がした。
「お二人とも、お疲れではないですか? 休憩なさったら?」
呑気な顔をして顔を出してきたローデリアにかっとなって立ち上がった。
「ローデリア、俺を恨んでいるからといって、俺から全てを取り上げるなんてあんまりではないか!」
そう言って彼女に詰め寄ろうとすれば、守るかのようにローデリアの前に侍従たちが壁を作る。
そんな彼らを「おやめなさい。旦那様に失礼よ」と非難するようにローデリアが言えば、さっと道が開いた。
「私、旦那様をちっとも恨んでなんかいないですし、貴方は今でも、そしてこれからもこの家の伯爵ですわ。それに旦那様にとって不要なものを私が代わりに受け取って守っておけば、旦那様はもっと貴族らしくなれるのでしょう? 旦那様、貴方のおっしゃった貴族らしい貴族に貴方はなるべきです」
目をキラキラさせて力説する妻に、自分が彼女にしてきた教育してきた内容がよぎる。
自分が教えた貴族の心得をちゃんと覚え、全部実行している結果がこれか。これなのか。
自分が貴族の仕事を怠け、家庭を顧みずにいたいがためにしていた彼女への教えや、自分の行動の辻褄を合わせたら、彼女の解釈はもっともなのだから。
「なんて融通が利かない女だ」
腹立ちまぎれにそう呟くと、ローデリアはおっとりと首をかしげ、他の者の空気が凍った。
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