55 宇宙に爆ぜる華
『真正面に敵!?』
『クッソ!! こっちはしこたまミサイル抱いて機動戦なんてできねぇぞ!?』
『前を張れる奴はいるか!?』
やがて味方機も前方の敵集団に気付いたのか、やにわオープンチャンネルの通信が五月蠅くなってきた。
どこかの誰かが口にした「前を張れる奴」という言葉。
つまり対艦装備で重くなっていない機体に矢面に立って欲しいという事なのだろう。
私とマモル君の機体はお誂え向きなのだが、カタパルト発進の都合上、私たちの前方には100機以上の味方部隊が先行している。ポチョムキンから発艦した機体だけでも10機以上なのだ。
私たちのような対HuMo戦闘もこなせる機体が前に出るために先行している味方機には減速してもらうべきだろうか?
いや、それはそれでマズい気がする……。
だが私が結論を出す前にヒロミチさんの檄が飛んだ。
『そのまま突っ切れ! 減速なんてしたら帰り道で推進剤が足りなくなって腰の拳銃でリスポーンする羽目になるぞ!!』
『そんな事を言ったって! 敵の数を見てみろよ!?』
『落ち着け! 相対速度を考えろ! すれ違いは一瞬、幾らかの損害は出るだろうが、大多数は切り抜けられるハズだ!』
さすがは場慣れしているヒロミチさんだけに別に味方部隊の指揮官というわけでもないのにその語気は有無を言わさぬような強いもので、端的でありながらも言っている事は的確。
確かに往路の道半ばもいかない内にカタパルトによって得た加速を減速によって殺してしまえば、後は自機の推進剤で進まなければならない。
そうなればヒロミチさんの言うように推進剤切れの可能性は充分にある。宇宙空間故に推進剤切れと停止はイコールではないが、軌道の微修正ができなければウライコフ艦隊へ帰る事はできないし、着艦の際にも減速が必要になるのだ。最悪、味方艦に損害を与えかねないとして味方に撃墜されてしまう可能性だってある。
それに敵がこちらに向かってくる速度に、こちらが向こうへと向かっていく速度、それを足した相対速度を考えれば確かに両集団のすれ違いは一瞬の事であろう。
「大多数は切り抜けられる」という言葉にはいささかその割合について疑義があるものの、そうとでも言わなければ味方部隊は烏合の衆のようにめいめい勝手に動き出して収拾がつかなくなるだろうというのも分かる。
だが、それは私が味方部隊の最前列にいないからそう考える事ができるだけなのかもしれない。
そもそも私たちはゲームのプレイヤー。
統率の取れた正規の軍人というわけでもなければ、戦争に対して使命感があるわけでもない。
そんなゲームのプレイヤーが遮蔽物も無い宇宙空間で数百機の敵部隊を相手に最前列に立たされればどうなるか?
なおも食い下がってヒロミチさんに抗議する味方パイロットの声は半ば半狂乱の金切り声に近いものである。
私の視界には先行する味方部隊とさらにその向こうに敵部隊というものだが、彼らは違う。
自分のすぐ目の前に数多の凶星のように輝く赤い噴炎を引く敵集団しか見えていないのだからしょうがない話なのかもしれない。
『ヒロミチさん、私たちが前に出ますか?』
『……無理だな。会敵前に味方部隊の前に出るためには加速し続けなきゃならんが、それだと機体強度の限界を超えるぞ? 多分だけどな』
まさに八方塞がり。
確かに先の戦闘でも敵を追うために思い切りペダルを踏みこんで加速を続けた事があったが、その時も途中から操縦桿を握る手が痺れるのではないかと思うほどの振動をきたす事があった。
アレが機体限界とやらに近付いた予兆なのだとしたら、最悪、その一線を超えてしまえば空中分解してしまいかねない。
……まあ、宇宙で空中分解というのも変な話だが。
だが救世主は思わぬ所からやってきた。
「……なっッ!?」
それは最初、長い尾を引く彗星かと思ってしまったほどだった。
私たちの上方を青白い尾を引いて追い抜いていく超高速の何か。
さすがに彗星だなんていくら何でも不自然かと思い、次には長距離ビームかとも思ったものの、それも違う。
『君たちの水先案内人とはいかないが、この場は私と“
それは1機のHuMoであった。
それもかの機体から聞こえてきた声は私も見知った凛々しい女性のもの。
「カー……、ぞ、ゾフィーさん!?」
ゾフィーさんだかカーチャ隊長だか、そんな事はこの際、どうでもいい。
私が乗るケーニヒスはフレームの頑健さがウリの1つだというのに、ケーニヒスなら確実に空中分解してしまう領域を易々と超えて、なおも加速し敵集団に突っ込んでいく黒い鎧武者型の機体。
あの機体はブラックナイトというのか、と目の前で起きた事に対する理解が追い付かずに半ば思考停止状態になった所で黒い宇宙に大輪の花々が咲き乱れる花畑が作り出される。
その宇宙を暴力的に照らす花々の1つ1つが敵機の爆発である事はメインディスプレーの映像を拡大表示させずとも本能で察する事ができた。
私がいる場所からは糸のように細くしか見えない真っ直ぐな赤い線はあの馬鹿みたいな威力のビームライフルなのであろう。
ここからは視認できないが、先の戦闘で見せたように実体弾式のライフルも使った2丁持ちで敵部隊を蹂躙しているのであろう。
遠く、青白いスラスターの尾を引いて黒い鎧武者が宇宙を飛び回り、赤い糸が伸びる度に大輪の花が幾つも咲いていく。
「なるほど。味方部隊が無事に出撃できるようになって、自分をもっとも有効に使える場所まで目ざとくやってきたってわけか……」
ヒロミチさんが誰に話しかけるでもなく、呆れたように、舌を巻いたようにしみじみと呟く。
そして私たちの前には黒一色の闇が作り出された。
敵は黒い鎧武者に蹂躙され、あるいは脱兎の如くちりじりになり、私たちの進路はクリアーとなった。
「ゾフィーさん!!」
「済まないが、ここでまた弾切れ、推進剤切れだ。付いていきたいのは山々だが、私はここで帰投させてもらう」
「え? あ、ああ、ありがとうございました」
「それでは諸君の武運を祈る!」
そう言うと、先ほど颯爽と現れた時とは反対に彼女の黒いHuMoは彗星のような長い尾を引いて、ウライコフ艦隊方向へと転進。
それにしてもあの機体、いくら何でも燃費が悪すぎないか?
もうちょっと運動性とか犠牲にしてでも増加推進剤タンクとか付けておけばいいのに。
いや、それだと武器も足りなくなるのか? となると弾倉も山ほど追加でさらに機体が重くなってしまうわけか……。
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