46 苦戦

「な、なんだ? あのデカブツは!?」

「さ、散開!! まとまっていても的にされるだけよ!?」


 それが誰の声だったのか気にする者はいない。


 雨。

 暴風雨。

 ターボ・ビームの雨霰。


 艶の無いマットな色合いの黒い超大型HuMoの登場に火盗改の面々は混乱をきたしていた。


 多勢に無勢ながらABSOLUTEの兵たちを圧倒していたかに思えた彼女たちであったが、実はそうではない。


 幾ら撃破しても後から無尽蔵に思えるほどに幾らでも新手が出てくる敵HuMoに常人離れした技量で何とか持ちこたえていたに過ぎないのだ。


 相対する敵は彼女たちにまだ余裕があると見ていただろうが、そう思わせる事すらも彼女たちの戦術の1つと言えよう。

 先に敵が馬脚を現してくれたならそこを突けば良いというわけだ。


 無論、それを瞬時に見抜いて敵の急所を突く事ができるような真似ができるのも、それまで少数で上手く持ちこたえる事も彼女たちの技量あってこそのものだろうが、それ故に彼女たちは他のプレイヤーたちから「鬼」と恐れられていた。


 だが黒い重駆逐機の登場はその鬼をして驚愕せしめていたのだ。


「な、なんだ? あんな超大型機、虎さんの話には無かったぞ!?」

「いや、確かにアイゼンブルクにはあんな機体、配備されていないっス!」

「となると、例の……?」

「“ネームレスちゃん”っスね!」


 要塞目掛けて一直線に駆けているミラージュのコックピットでヨーコは息を飲んだ。


 愛機ミラージュを上回る巨体に、その前進から繰り出される多数のビーム砲による制圧射撃。


 対峙するカトーたちも今は何とかビームの雨を回避できているようだが、1つのミスが大惨事に繋がる戦場でそのような幸運がいつまで続くか分かったものではない。


「それにしてもテルミナートルですか……」

「なんじゃい? そのテルミナントカってのは? なんとも気が抜けるような名前じゃのぅ……」


 総理、マサムネ、虎D、クロムネの4人が駆るHuMoはミラージュのスカートアーマーに接続したワイヤーを掴む事で随伴していた。

 加速と最高速はあれど小回りが効かないミラージュの護衛が彼ら4人というわけだ。


 あまり恰好の良いとはいえないような名前のHuMoが遠く圧倒的な戦闘力を見せつけている大型機のものとは思えず怪訝な声を上げる総理に対して解説するのはマサムネとクロムネの役目である。


「そらウライコフ語ですから馴染みはない単語でしょうがね。英語で言えば分かりますかね?」

「テルミナートル。英語ならTerminatorターミネーターになりますね」

「タ……!? なるほどのう……。そう聞けば納得じゃわい」


 総理は忌々しげな声を上げてメインモニターに映る黒い機体を睨みつけていた。


 例の運営チームの一員だとかいうネームレスが乗り込んでいると思わしき黒い大型機の動きは鈍重そのもの。


 だが徹甲弾にミサイル、果てはミーティアが携行できる低出力のビーム兵器までそのことごとくを装甲で無力化し、逆にテルミナートルの多数のビーム砲を相手に白いミーティアたちは回避に専念せざるをえない状況。


「一体、あのデカブツは何門の砲を積んどるというんじゃ!?」

「大小合わせて15門。さすがに最も強力なものでも陽炎やミラージュの胸部ビーム砲には遥かに低出力な物になりますがね。HuMoを相手にする分には十分でしょうよ」

「チッ!!」


 テルミナートルが装備するビーム砲の配置は両手の10本の指にそれぞれ1門ずつ。腹部に1門。バックパックに接続され肩に担ぐ形のものが左右に1門ずつ。さらに腰部の左右にも1門ずつ。

 おまけに連射間隔もだいぶ短い。ほぼ速射といってもいい。


 陽炎やそれを元にしたミラージュとテルミナートルのビーム砲の配置の違いはその主設計目的からくるものである。


 戦線突破のために大速力とともに強力なビーム砲を持たされた陽炎に対して、テルミナートルは対要塞、都市攻略用の重駆逐HuMo。


 そのためにランク10のテルミナートルはランク6の陽炎よりも遥かに低出力のビーム砲しか持たない代わりに多数の砲門と高い速射性能を持つのだ。


 おまけにカトーの仲間たちは装備できる大型火器を対アイゼンブルク用に調整してきていた。


 雑魚と戦うための小口径、中口径の火器や小型の対HuMoミサイルが相手ではテルミナートルの装甲はまさに鉄壁と呼ぶにふさわしい威容である。


 そこでハッと思い付いたヨーコはマイクに向かって叫ぶ。

 だが……。


「おい!! “射手座”の! お前の出番だぜ!? デカいのブチかましてやれ!!」

「ヒィィィッ!!!!」

「お、おい……!?」

「せ、飛行型、恐らくは飛燕級接近!! だ、誰か助けて!?」


 小口径弾や中口径弾で装甲を抜けないならば大口径弾をお見舞いしてやればいい。


 そんな発想でヨーコは後方の“射手座”へ支援砲撃の要請をするが、それまで的確に要塞のエレベーターやVLSを潰していた“射手座”からの砲撃がパタリと止んでいたのには理由があったのだ。


 マモル・タイプのユーザー補助AIの中でも特に敵との直接的な戦闘を恐れる傾向にある“射手座”の弱さがここにきて現れた形。


 三次元レーダーマップに目をやるとアイゼンブルクから出撃した高速の飛行型HuMoが後方の“射手座”まで一直線に接近しつつあるところであった。


「マモル君!? い、今、援護射撃します!!」

「しっかり自分を保ってください!!」

「だ、駄目だぁ~!!」


 前線と“射手座”の中間、その地表スレスレの低空にいたジーナとルロイの支援艇から対空ミサイルが撃ち上げられ、ミサイルはまっすぐに飛燕へと向かっていく。


 だが当然のように飛燕はミサイルを回避し、そこで速度の落ちた所を狙った“射手座”の大口径スナイパーライフルによる射撃も複雑な戦闘機動でそのことごとくを躱してしまっていた。


「う~ん、アレは『飛燕二式』。中ボス格の機体っスからね。マモル君やジーナちゃんたちで相手できるような相手じゃないっスね……」


 虎Dの苦悶に満ちた声が仲間たちの元へも届く。


 “射手座”がやられた後は当然、飛燕二式はジーナとルロイを見逃したりはしないだろう。

 後方からの支援射撃を一手に担う“射手座”に、弾薬の補給や応急修理ボットの手配を担当するジーナとルロイの支援艇を失うのは痛い。痛すぎて要塞攻略戦において取返しがつかないくらいである。


 総理やカトーたちも虎Dからアイゼンブルクの三馬鹿こと中ボス格の3機の事は聞いていた。


 計画では三馬鹿の相手はカトーたちのミーティアが行い、後方の“射手座”には近寄らせないようになっていたのだが、その計画もテルミナートルの制圧火力を前になし崩しになってしまっているのだ。


「マモル君!! 機体を放棄して脱出しなさい!!」

「勇気を出して!!」


 ♰紅に染まる漆黒堕天使♰や天馬座が張りつめた声で“射手座”に機体からの脱出を促すが、彼女たちも痛いくらいに知っていた“射手座”はただパイロットシートに座していても撃墜を待つばかりの状態であっても高度10,000mの上空から身を投げるような勇気は無いのである。たとえパラシュートがあったとしてもだ。


 さりとて彼女たちも長らく苦楽を供にしたマモルの元へと赴く事もできないのであった。






(あとがき)

そういやさ。ちょっと前にロシア軍のテルミナートルがウクライナ戦争に投入されるってニュースを聞いたと思ったら、もう撃破されたんだか鹵獲されたんだって?

オデッサはオデーサになるし、キエフはキーウになるし、露助はワイに恨みでもあるんか?

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