27 Danger zone
満身創痍であった。
総理の竜波も。
虎Dのセンチュリオン・ハーゲンも。
クロムネのプリーヴィドも。
技量が劣る、というよりかは胸がデカ過ぎて3本の操縦桿の内、股間部の前に位置する1本に手が届かないという致命的な欠陥を持つ虎Dが生き残れていたのが奇跡のように思えるくらいだ。
「ふん! 2人とも手酷くやられたもんじゃのう……」
「ランク6が3機でランク10のミーティアやらその他大勢の有象無象を相手にしてればこうもなるっスよ!」
「それにそっちももうギリギリも良いとこじゃないですか?」
傍らのガレージの壁に身を隠しながら竜波が肩部に取り付けていたロケットランチャーを投棄する。
すでに損傷により脚部の増加スラスターは機能を停止していた。
竜波の特徴である堅牢な装甲はそのままこの機体の泣き所となっている。
機体フレーム自体に重量が嵩み、敵と距離を詰めなければ本領を発揮できない格闘戦機であるのにも関わらず推力重量比が低いのだ。
正直、総理自身も増加スラスターが使えない今、ロケットランチャーを投棄したからといって次の攻撃を凌げるかは分からなかったが、それでもまた竜波はマシなくらい。
なんたって、まだHPが4桁は残っているのだ。
クロムネのプリーヴィドのHP残量は800と少し。
虎Dのセンチュリオン・ハーゲンに至ってはダメージの減衰量の大きい増加装甲があったにも関わらずにHPは残り98。大口径榴弾砲の至近弾でもそのままガレージ送りになりかねないくらいである。
HPだけではない。
センチュリオンの全身に盛られていた増加装甲はそのほとんどが役目を終えて剥げ落ち、なおも被弾を重ねた結果、胸部装甲には大きな穴が空いてコックピットブロックが丸見え。
それでも彼女がなんとか生き残れていたのはクロムネのサポートがあったからである。
彼のプリーヴィドは片足を失った状態でありながらも、時にまるでピンボールのように周囲のガレージの壁面に機体をぶつけて無理矢理に飛び回り、時にセンチュリオンに体当たり紛いのカバーで少しでも被弾を抑えさせていたのだ。
だが、その代償としてプリーヴィドはもはやほとんど擱座といってもいいような状態。
ガレージとガレージの間の道路のド真ん中にへたり込むようにしたプリーヴィドはもう固定砲台としての役割しか持てないであろう。
「……いや、待て。……攻撃が止んだ?」
最初に気付いたのは総理であった。
これまでの攻防で、味方機の損傷の程度を流暢に確認しているような暇などなかったというのに、なんで今はそれができているのか?
『おい! あのババアども、いったい何だってんだよ!?』
『分からん!! なんでアイツらは退いてったんだ!?』
『お、おい! ま、前、前だ!!』
『な、な、なんでアレが中立都市にいるんだよ!? 傭兵団地だって中立都市の内部って扱いだろ!?』
不思議に思い総理が戦闘中は邪魔になると音量を落としていたオープンチャンネルに耳を傾けてみると、どうやら敵は主力であったミーティア部隊が不意に後退し、その他の敵はその混乱で攻撃の手が緩んでいたらしい。
さらに……。
「来おったか……」
そう老人の口からしわがれた声が零れた次の瞬間、耳をつんざく甲高い轟音が周辺を支配した。
続いて数多の砲声、轟音、噴射音。
『な、何機やられたァっ!?』
『うっっっそだろッッッ!! おい!!』
『対重駆逐機装備! 対大型機用の装備がある奴は!?』
そして、再び甲高い轟音。
超高出力のプラズマが駆け抜けていった後も熱せられた大気は急速な上昇気流とともに濛々たる陽炎を作り出し、そして深紅の巨体が総理たちの前へと姿を現す。
その深紅の装甲の所々にはその機体を駆る者と同じ柄の
その機体を見る敵すべてが己の目を疑ったであろう。
だが、その深紅の機体は蜃気楼や幻に非ず。
幻影ではなかったが、その機体の名は──
「ミラージュ参上!! 待たせたな!!」
ヨーコの声とともにまたミラージュの胸部大型ビーム砲が放たれる。
右から左へと敵を舐めていくように。
「メインジェネレーター及びサブジェネレーター、
速射されるターボ・ビームは次々と敵を蒸発させ。
絶え間無く放たれるミサイルは敵機の接近と反撃を許さず。
艦載砲を手持ち式火器にした203mm砲の炸裂弾は1射で複数の敵を行動不能に追い込む。
各武装の隙を埋める2門の50mm機関砲は瞬く間に敵の装甲を穿っていく。
そして細やかな、本当に細やかな敵の抵抗はその巨体の全身に張り巡らされた装甲に阻まれて虚しく潰えていった。
「これは……、聞きしに勝るというか……」
「ミラージュとヨーコはこのゲームの、少なくともβ版でのエンドコンテンツみたいなもんっスからね」
クロムネと虎Dの会話に混じって聞こえてくる断末魔と狂乱の悲鳴の連続に辟易して総理はオープンチャンネルをミュートにする。
「……運営のアンタらはそれでいいのかもしれんがね。儂ゃあ悲しいよ、こんだけの力を用意しなければあの子が幸せになれないこの世界が」
それでも総理はヨーコのミラージュが単騎で作り出していくこの世の地獄から目が離せなかった。
「とはいってもプレイヤーの介入であの子を救う道はあったハズなんスよ? 私はこのゲームのシナリオに完全な鬱シナリオを許してはいないっス! 難易度の程度の差こそあっても誰しもに救われるチャンスはあるっス!」
「その証拠として私たちがここに来たと言えば信じてもらえませんかね?」
「アグちゃんの場合はシナリオが不完全な状態で実装されてしまったから彼女を守りに来たってわけっス」
別に総理も2人やその他、運営チームを非難したいわけではなかった。
老人はただ己の無力を嘆いていたのだ。
世界そのものを焼き尽くさんとする勢いで敵を屠る深紅の巨体が、まるで9年前のあの日、炎で焼かれる仲間たちを前に泣き尽くすしかなかった幼児のように思われてしょうがなかったのだ。
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