番外編 終わる世界で昔の約束を

1 年寄りの昔語り

(前書き)

番外編は前回の続きから始まり次回からβテスト時の話となります。




 温泉から上がってフルーツ牛乳を飲んでいると心地良い疲労感が私の身体を包み込んでいた。


 境界線付近からVR療養所へ戻ってくる際には傭兵からの攻撃は無し。

 トヨトミから譲渡された軽巡はオートメーション化が進んだもので航行するだけならば少数のアシモフ・タイプでも十分。艦に爆弾やらトラップが仕掛けられているという事もなかった。


 VR療養所まで戻ってきてやっと今回のミッションをクリアした事を実感する。


 あらためて考えてみると完璧に近い状況であったのではないだろうか?


 避難民たちの死者は無し。

 ヨーコは仲間を誰一人失う事なく、おまけに母親と再会できたわけだが、それでも自爆して果てた大臣さんの事を思えば両手放しで喜ぶ事もできないようであったが、それもガレージでリスポーンした彼が合流した時点まで。


「お~い! サブちゃん、こっち、こっち!」

「う~す。先に温泉入ってきたぜ」


 フルーツ牛乳を片手に当てもなくぷらぷらと歩いていると、フードコート脇の畳敷の御座敷でメシを食っていたマーカスたちから声をかけられる。


「今日の温泉はどこのだった?」

「ん~、熱海のなんとかって旅館だったかな?」

「そりゃええのう。儂も後で入ってみるか!」

「ママも後で一緒に温泉行こうよ~!」

「そうね!」


 お座敷にいたのはマーカスにだいじんさん、元だいじんさんの担当のマサムネさんにヨーコとその母親。


 カーチャ隊長にカミュ、マモルたちは今日の戦闘のリプレイ動画を手土産に療養所の子供たちの相手をしているようだし、虎代さんとそのパートナーのマサムネさんは仕事がどうとかでとっとと帰っていた。

 ローディーは機体の修理を見守っていたようだが、それも飽きたのか私と入れ替わりで温泉大浴場に入っていた。


 私もお座敷に上がってテーブルの上のフライドポテトに手を伸ばしながら今後の動きについて聞いてみるも、さすがはマーカスだけあってその辺も万端のようだ。


「『クイーン・サブリナ号』の乗組員の募集も十分な志願者が集まっているし、それ以外の者についても山下さんが受け入れてくれるみたいだな」

「だからその艦名! ……それはともかく軽巡の乗組員は500人くらいだっけ? よくもまあ残りの連中も受け入れてくれたよな」

「昨日、聞いた話だと想定よりも子供たちの要求する施設が多くて新たにβ版の補助AIを解凍する予定だったんだとさ。それにこれまでこの療養所には老人とか施設利用者以外の子供がほとんどいなくて歪な社会になっていたのが気になっていたらしい」


 確かにVR療養所の職員は現実世界に肉体を持つ運営職員にβテストでお役御免となったユーザー補助AIたち。

 当然ながら老人なんているわけもないし、施設利用者以外の子供なんてマモルたちくらいのものである。


 VR療養所を1つの社会として考えてみた場合、それは明らかに歪である。

 ここの子供たちが奇跡的に病を克服して社会復帰した場合を考えると、様々な年齢層の者がいたほうがその助けになるであろうことは言うまでもない。


 私がチラリとヨーコを見てみると、やはり「β版」だとか「AI」だとか、この世界が仮想現実であると知る事ができないNPCである彼女は母の膝の上でスケッチブックを広げてクレヨンでお絵描きの真っ最中であった。


「それにしてもよくまあ、あんなクソみたいなミッションをクリアできたもんだよなぁ。β版の情報を知っているだいじんさんのおかげだよな!」

「いや、それがの……」


 白いスケッチブックに黙々とクレヨンを走らせるヨーコを見ているとしみじみとこの子の笑顔を守れて良かったと思う。


 マーカスとカーチャ隊長、カミュだけでは傭兵たちの波状攻撃を退けた後でトヨトミ艦隊の相手はさすがに手数と弾薬が足りなくてできなかったハズ。


 ところが私の感謝の言葉に対してだいじんさんはなんとも微妙な顔をして応えたのであった。


「儂が言う前からコイツは分かっておったようなんじゃが……?」

「サブちゃん、攻略WIKIの“謎の少女”の項に書いてあった事を覚えているかい? 『プレイヤー、傭兵NPC、三大勢力の全てに強い恨みを持っているようで』ってあっただろ? NPC視点ならプレイヤーも傭兵NPCも皆一緒くたで傭兵扱いで敵視されるのは分かるけれど、トヨトミを含めた三大勢力の全ても憎悪の対象になっているのが気になっていてね。ようするにトヨトミに裏切られるんだろうなぁって」

「なるほどね……」


 そう気付いていたにも関わらずにわざわざトヨトミ側との境界線までヨーコたちを連れていったのは、そうでもしなきゃ自分たちだけで行こうとするからだろう。


 殺虫灯に飛び込んでいく夏の虫のように希望を妄信して死地に向かうヨーコたちを止める事はできない。


 ならば依頼を受けて彼女たちをちゃんと目的の場所まで連れていき、そこで現実を見せつけた上でキッチリと彼女たちを守り切る。


 それがマーカスの答えであったようだ。


 私は自信の担当プレイヤーが何故にノーブルに陽炎、おまけに今度は軽巡洋艦と力を求めるのか分かったような気がした。


 力あればこそ持てる選択肢もあるのだ。


 だが、そんなマーカスの言葉を聞いてだいじんさんもマサムネさんもどこか複雑の表情をしていたのを私は見逃さなかった。


「おうおう、ヨーコちゃんは寝てしまったかの。可愛いもんじゃのぅ」


 私の視線に気付いたのかだいじんさんはわざとらしく声をあげていつの間にか母の膝を枕にして寝入ってしまったヨーコが先ほどまでお絵描きしていたスケッチブックを手にとってみていた。


「これは……」

「おや、懐かしいですね」


 スケッチブックを見た老人は目を細めてしばらく感慨深げな顔をした後でその絵をテーブルの上に乗せて私たちにも見せてくれた。


 そこに描かれていたのは陽炎である。

 ピンクと赤のクレヨンで描かれた陽炎は現在はマーカスが所有し、元々はヨーコの父が乗っていた機体であろう事は分かった。


 だが、幾つか不自然な点がある。

 陽炎の特徴の1つである4つの腕は2本しか描かれておらず、おまけにその位置も微妙に異なるようだし、他にも色々と私が知る機体とは異なる点が多い。


 この絵を描いたのがただの子供なら特に気にするような事でもないような事だが、ヨーコは父のために陽炎を改造してBOSS属性付きの機体に仕上げたという点や、彼女が天才スキル持ちであろう事を考えれば実際の機体と絵に描かれた陽炎の相違は不可解であるとさえ言えた。


 マーカスの顔を窺っても彼もピンときていない様子であったが、だいじんさんとβテストで彼と共に戦っていたマサムネさんだけはなんとも懐かしそうな表情を浮かべている。


「この機体はミラージュ……」

「どれ、少し昔話に付き合ってくれるかの。少し昔の、10年後の話じゃ……」

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