35 マーカスの秘策
幸いにしてカミュの活躍もあってか今のところ敵の最先端とは距離が空いている。
そしてレーダー画面の最外縁から現れたマーカスを乗せた大型輸送機は最高速で避難民たちを乗せた船団へぐんぐん近付いていた。
今ならば敵が距離を詰めてくるまでの間隙を縫って私たちが船団の前方、西側からくる傭兵たちの対処へ動き、東側の傭兵たちはマーカスに任せるという事もできるのかもしれない。
しかし……。
「おいおい東側の連中、すでに高速型のHuMoを降下させてるぜ!?」
「同じ轍は踏まないという事だにぇ~……」
「敵輸送機は東側だけでも200以上、輸送機の数からしてまだHuMoを搭載してるだろうな」
先の輸送機群がHuMoのほとんどを発進させる前に撃破されたという事を考慮してか、すでに東側の輸送機からは速度性能に特化した構成のHuMoが降下してホバー走行で輸送機に追従している。
西側の輸送機群は険しい山の上を飛んでいるという都合上、まだHuMoは発進させていないが、こちらの輸送機もその数は200機ほどはいるだろう。
これは確かに西側に私たちコルベット3隻とその艦載機を当てる必要がありそうではあるが、それでは東側の傭兵たちをマーカス1人に抑えてもらうという事になる。
「まっ、こっちは何とかなるだろ?」
「おいおい。気張るのは良いけど、オッサンが抜かれたら船団はケツを突かれる事になるんだぞ? 分かってっか?」
カミュはマーカスの本当の実力も、その乗機も知らないが故の言ではあるが実の所、それらを知る私ですら心配になるほどの数の暴力である。
「大丈夫、大丈夫。そもそも陽炎は空を飛んでる敵よりも地上の敵の方が相手し易いんだ。速度重視の構成の敵なら耐久はお察しってとこだろ?」
「ホントか~?」
「それにさっき知り合いに偶然、会ってな。そいつも俺たちに協力してくれるってよ! ほれ、爺さん、挨拶!」
「え? あ、どうも……、『だいじん』じゃ」
「えっ!? 誰!? そのお爺ちゃん!?」
マーカスに促されて通信に参加してきたのは声だけ聴いてもハッキリと分かるような老人。それもつい最近になって老人と呼ばれるような年齢になったとかではなく、ヨボヨボの腰の曲がった老人が頭に思い起こされるような年老いた声であった。
知り合いと言っていたが、カーチャ隊長と戦ったチーターのようにマーカスもプレイヤーと出くわして、それがたまたま知り合いだったという事なのだろうか?
「えぇ……、ま、マジかよ……」
「安心しなよ。この爺、金溜め込んでっから陽炎よりも強力なHuMoに乗ってんだぜ? それに中々の腕利きだ」
「マーカスさんがそう言うのなら力量については問題ないのだろうな?」
「その辺は俺が保証しよう。それにこの爺、頭がイカれてんのか知らねぇが『ヨーコちゃんのためなら命も惜しまねぇ』とよ!!」
うん、なんだ。
知り合いっていうか、この爺さん、マーカスと
「うん、分かった。ゾフィーさん、行こう!」
「しかし……」
「なあに、死んだら死んだで爺1人分だけ世の中が綺麗になるだけさ!」
「おっ、サブちゃん、良い事言うねぇ~!」
「お前んトコの担当、ひっどい事を言うの~!」
「ホントににぇ~!」
「……ええい、分かった。マーカスさんも御老人も十分に気を付けてくれよ!!」
「大丈夫、大丈夫。我に秘策ありってやつさ!」
責任感の発露というやつであろうか?
未だカーチャ隊長は心配そうな声ではあったが背に腹は代えられない。
そして結局、私たちはマーカスの提案通りに私たちコルベット組みは西側へと向かい、マーカス+1を乗せた大型輸送機が東側の傭兵たちの対処へと当たる事となった。
………………
…………
……
私とカーチャ隊長、そしてカミュが相手する事となった西側の対応は順調に進んでいた。
敵は山がちな地形なために下手にHuMoを降下させるわけには行かず、推進剤と冷却材の補給を済ませたカーチャ隊長のホワイトナイトにとって輸送機を落とす事など造作も無い事である。
さらにホワイトナイトのゲーム内2位の高性能センサーから送られるデータを元に放たれるコルベット艦のビーム砲の射撃は精密を極め、長距離で大気や雪による威力減衰があったとしても輸送機を落とす事など容易い。
しかも船団の後方、東側から迫ってきていた傭兵たちはとっくにレーダー画面から姿を消している。
マーカスはどんな手品を使ったものか、200機の輸送機群とそこから降下して地上を走るHuMoたちを上手く食い止める事ができたらしい。
『サブちゃん、今、暇?』
それどころか、あの野郎、通信機が使えない距離だからといってゲームシステムであるメール機能まで使う余裕まであるようだ。
『おう、そういや言ってなかったな。カーチャ隊長のカモR-1って中身はホワイトナイトだったんだよ。そういうわけでこっちは隊長に頼り切りでオッケーって感じ』
『へぇ~、そうなんだ』
メールを返せばすぐにまた返信が返ってくるとまるでテキストチャットのような形で私とマーカスはやりとりを続ける。
『それはひとまずおいておくとして、サブちゃんの友達がいたんだけど、遊んであげよっか?』
『はあ!? 友達ってライオネスか!? なんでアイツが?』
確かライオネスは今回のバトルアリーナイベントに参加しているハズ。
なんでアイツがヨーコたちの追手に?
『ああ、別にライオネス君が追手として来たわけではないよ!』
『じゃあどういう事だよ!?』
『イベントでこの辺にいたのよ』
『は? あ、もしかしてお前、例の秘策ってヤツか!?』
『当たり☆ もしかしてサブちゃん、レーダー画面の情報を敵と味方だけにしてる?』
イベント参加中のライオネスとマーカスが出くわすだなんていくら何でも偶然にしても出来過ぎている。
私はまだマーカスの秘策とやらの正体に見当もつかず、恐る恐るながらもマーカスの言うようにレーダー画面の情報制御を外す。
通常、私のようなパンピーのAIはその情報処理能力に応じてレーダー画面に表示させる情報を制限している。
特殊なミッションを受けているのならば話は別だが、今回は特にその必要もないので敵と味方を表示させているのみである。
制御を外し、表示できるだけの情報が表示されたレーダー画面には周囲に多数の青点が新たに映し出されていた。
緑で表示されているのは味方、友軍。
赤は敵または敵と思わしい存在。
青とはつまり味方ではないが特に脅威ではない存在を示す。
民間の戦闘能力を持たないHuMoや車両、航空機であったり、あるいは敵対しているわけではない他のプレイヤーが青点で表示される対象というわけだ。
さらに青点は数機ごとに巨大な四角い枠で囲われていた。
『この四角い枠ってもしかして……』
『おっ、気付いたかい? 只今、絶賛開催中のイベント『バトルアリーナ4on4』のステージだよ!』
『まさか、お前……』
私はそこまで聞いてやっとマーカスの秘策とやらの正体について合点がいった。
周囲にいくつも存在するイベント用ステージは5km四方、高さも5,000mのエネルギーフィールドで作られた壁である。
イベント戦のリングとなるステージの境界である壁は中からも外からも破壊する事は不可能。
さらにその高さもあって一般的なHuMoではその壁を超える事も不可能であろう。
『ようするに俺たちはイベントステージの上空を飛行していれば、地上に降りた機体なんて無視できるのさ。結局、ちょろっと対空砲火を掻い潜って敵の航空機を潰しておしまい! 傭兵さんたち、イベントステージに気付かずに壁にぶつかって勝手にクラッシュしてってるぜ?』
『お前な~……』
どうりでマーカスは“あの場所”に向かうにあたって航路を一直線にしていなかったわけだ。
アイツの中でイベントステージを追手の地上兵力を食い止める障壁とする腹案が最初からあったという事だろう。
『ともかくライオネスだっていきなりノーブルが出てきて驚いてるだろ? 構わずこっちの仕事に集中しろ』
『アイアイ!』
ただ、そこで私の中で一つの疑問が湧き上がってくる。
イベントステージを障壁として使う事を思い付いたとして、イベントステージがどこに設置されるかは非公表であったハズ。
どこでそのような情報を手に入れたのだろうか?
『いやいや、非公表って言ったって公式サイトでイベントステージの画像がアップされてただろ? その画像の周囲の山の形を見て、同じく公式サイトのマップで探せば良いだけさ。非公表なんじゃない。ちょっとの苦労を惜しまず探せば良いだけさ』
マーカスはフフンと笑って軽く言ってのけるが、それにはちょっとどころではない労力が必要になるのではないだろうか?
それはともかく、マーカスと同じ手を悪意あるプレイヤーが使えば事前に仲間をステージ周辺に配置させておくとかでイベントを有利に戦う事だってできるのかもしれない。
高さ5,000mの不可視の壁だって、飛燕や双月のような飛行型の機体を使えば越える事だって可能なのだ。
だが、マーカスから言わせればこれは運営側の怠慢であるという。
『このゲームの運営、ちょっと甘いんと違うか? 2010年代から20年代にかけてのSNSの黎明期とか、アイドルとかが軽い気持ちでアップした画像に移りこんでいた物から住所とか最寄り駅とかバレたりとか多かったんだけどな。俺が使ったのも似たような手口と言えるだろ?』
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