13 離陸

「それでは打ち合わせ通り、1番機より離陸開始せよ!」


 スピーカーから聞こえてきたマーカスの声は努めて威厳のあるように振る舞っているかに思えた。


 有無を言わさぬ代わりにその声に従っていれば万事うまくいく。

 聞く者全てにそう思わせるだけの何かがあった。

 VR療養所トイ・ボックスの時といい、歳の甲というべきかアイツは意外とこういうのが上手いんだなと思わざるをえない。


 ゲーム内時間での昨日、ヨーコの元へマーカスと私、それからカーチャ隊長とカミュの2組は脱出計画の全てを任せてもらう事を条件に依頼を受ける事を伝えていた。


 もちろんヨーコはそれを快諾。


 それからマーカスはカーチャ隊長と協力して一晩の内に脱出計画を練り上げていたのだ。


 全部で64機もの航空機やら飛行艦船で組む編隊の配置から、追手があった際の迎撃計画の立案。

 飛行ルートの選定にはカーチャ隊長が持つ中立都市支配圏内の様々な知識の情報がかかせないものであった。


 それから後から依頼文を見てやってきたプレイヤーを篩にかけたのはマーカスの独壇場。


 あらかじめそうするように頼んでおいてヨーコたちに席を外してもらってからマーカスが下卑た顔で「……おい、お前さん、ここがハイエナのアジトだってのは分かってるよな?」と話しかけ、それから「ポンコツとはいえここの船を鹵獲して売り飛ばせばいくらくらいのクレジットになるだろうなぁ……」と裏切りをほのめかし、その言葉にいくらかでも興味を示せば即捕縛。


 幸いにしてコルベット艦に用意されていた独房はログアウト禁止区域に指定されていたので数名のプレイヤーとその補助AIには脱出計画が終了するまではそこでのんびりとしておいてもらう事にしたのだ。


 それから私たち護衛部隊は私、カーチャ隊長、カミュがそれぞれ1隻ずつコルベット艦を与えられ、マーカス自身は陽炎が搭載できる大型輸送機の内でもっとも速度が出るものを選んでいた。


 そして夜が明け、ついに脱出計画が決行される。


 事前の計画通り、離陸の順序はまずカミュが乗るコルベット艦から。続いてカーチャ隊長。

 考えにくい話ではあるが、離陸直後に奇襲を受けた時のために護衛部隊の半分をまず上げておこうという考えからだ。


 それから避難民を乗せた輸送機が次々と飛び立っていくが、これは経験が浅い者が機長を務める機からとなっている。


「3番機機長、貴様の判断が不安になったら遠慮無く副機長を頼れ!」

「りょ、了解です!」

「ふぉっ、ふぉっ、片足片腕が無くとも今までの人生で積んできた経験までは無くならんでな!」


 3番機の機長はシミュレーターで訓練を積んだだけという17歳の少年。

 マーカスの言葉に緊張が張りつめて声が裏返った少年に優しく老人が声をかけていた。


 予定では全ての機が空に上がるまで、先に離陸した機体はあまり高度をあげずにアジトの周辺を旋回する事になっている。

 その間にせめて少しでも経験を積ませてやろうというマーカスとカーチャ隊長の配慮だった。


 少年機長に老人3人が補助に付いた3番機も多少、離陸に距離を必要としたがそれでもしっかりと空に上がっていく。


 私はその様子を自分に与えられたコルベットの艦橋で見ていた。


 コルベットとは駆逐艦やフリゲート艦よりも小型で低速なものを指す艦種である。


 現実世界の水上艦がそうであるようにそれはこのゲームの世界でも同様。


 当然、小型であるので武装は最低限。

 私が乗るヨネシロ級では単装ビーム砲が1門にCIWSが3基、それからミサイルが各種。

 4機のHuMoが搭載できるという事になってはいるが本当に「搭載できる」というだけで、2機は甲板上に固定されているだけの露天駐機、2機分は格納庫があるのだが非常に狭く、本格的な整備は不可能で推進剤や冷却材の補給ができるという程度でしかない。


 装甲なども当たり前のように存在しないので艦内にいる人間は私だけ。……独房を除けば。

 いざとなればパイドパイパーで艦から逃げる事のできる私と違って、脱出艇すら取り外されているこの艦の乗組員は全てアシモフ・タイプロボットとされていた。


 つまりはいざとなれば艦ごと捨て駒にできるようにされているわけだが、それはカーチャ隊長やカミュ、それにマーカスが乗る大型輸送機もそれは同様である。


 だがコルベットに乗り込んでいるアシモフはまだ幸運であると言えよう。

 64機の内の6機には避難民は乗っておらず、乗員と搭載されているポンコツHuMoのパイロットとしてのアシモフしか乗り込んでいないのだ。


 コルベットの乗組員に命じられたアシモフなら殿を命じられても艦の武装を使って血路を切り開く事も不可能ではないだろう。いや「不可能ではない」というだけでその道が酷く険しいものであるのは変わらないのだろうが、それでも彼らが戦えるという事実は紛れもなく存在する。


 だが武装も無い輸送機やブリックに乗る事を命じられたアシモフたちには反撃する事もできない。

 精々、鈍重な機体を上手く操って少しでも長く追手の注意を引き付ける事という事しかできないのだ。


 彼らはハイエナに使用されているだけあって様々な法規やロボットに対する規制のリミッターを外されたロボットではあるのだが、それでも記憶のバックアップを取っているという事だけを頼りにあからさまな捨て駒としての役割と受け入れたのだ。


「サブリナさん、次の次が本艦の離陸の番となります」

「ああ、意外と順調だな……」

「ハハ、サブちゃん、そらそうだよ。今はまだ緊張感があるから皆しっかりとやる事をやってくれるさ。安心して油断した頃が危ない」


 ヘッドセット型の通信機を付けたままの私の言葉を聞いてめざとくマーカスからの通信が入ってくる。


「へぇ。そんなもんかね?」

「まっ、いっぺん空に上がってしまえば緊張の糸を緩ませる暇すら無いだろうけどね」


 すでに1番機が離陸してから1時間以上も経っている。

 私なんかはいい加減にダレてきていたところだったのでマーカスの言葉にドキリとさせられていた。


「適度にリラックスするのは良いさ。危ないのは弛緩していた所に急に気を張りつめさせる事さ。精神の振れ幅は自分でも分からないようなストレスを生む。ミスが起きるのはこういう時だよ」

「経験の浅い連中から離陸させたのはそういう事か?」

「ご名答! アシモフみたいなロボットにはメンタル問題は関係無いし、経験豊富なジジババ連中には慣れっこだろうから問題ないんだろうがね」


 なるほど脱出開始で士気が上がった状態から1時間以上も離陸を待たされ、それから離陸で緊張しては新米とも呼べないような付け焼刃の促成仕上げのパイロットでは精神的な問題からミスを冒してしまうのではないかというのは分かる。


 そうこうしている内に私のコルベットの前で待機していたブリックも空に上がってついに私たちの番となる。


「それではサブリナさん」

「ああ、よろしく、艦長……。じゃ、マーカス、先に上がるぜ!」

「あいよ!」


 私の後ろに控えているのは後はマーカスと陽炎を乗せた大型輸送機のみ。

 大峡谷の中に作られた滑走路を使わずにその場で垂直離陸していく振動に私は壁面に設置された手すりを掴んで揺れに耐えていた。

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