10 持たされた役割
「うん……、さあて、どうしたもんかねぇ……」
私たちはテントの外へ出てアジトの中を見て歩いていた。
依頼を受けるかどうかはひとまずは保留。
マーカスいわく「判断材料が足りない」だそうだ。
なんたってヨーコたちは脱出ルートすらマトモに考えていなかったのだからしょうがない。
ヨーコ自身は「空を飛んでくんだし、まっすぐ最短距離でガーと行けば~」と暢気に言っていたものの、そればかりは血相を変えてカーチャ隊長が否定する。
何しろ大峡谷のアジトから北方のトヨトミ支配領域までを結んだ直線上には大規模食糧生産プラントやら鉱物資源の採掘サイトがあるのだ。
ハイエナの空中船団がまっすぐにそんな重要施設へと向かっていったらまさに火に飛びこむ夏の虫。
そんなわけで依頼を受けるとしたらルートの選定までこちらでやらなければならないのだ。
だが、それも当然。
ヨーコに歳を聞けば、彼女はまだ6歳だというのだ。
6歳児に追撃を受けにくい逃亡ルートを決めておけというほうが酷だろう。
そんなわけで私たちはヨーコの案内の元、こうしてアジトの中を歩き回っていたのだった。
カーチャ隊長はHuMoの中で待機していた相棒の元へと状況を説明するために別行動。
アジトの中は一言でいうならば「異様」である。
働き盛りの健常者の大人がただ一人としていない事もそうであるし、明日に迫った脱出のために子供たちやマトモに働けないような老人が体に鞭打って動き回っているのもあまりにも不自然と言えた。
それに……。
「ヨーコちゃ~ん! 医薬品の在庫の件でちょっと……」
「あ~い!」
ある巨大なテントの脇を通りかかった時、土埃で薄汚れた白衣を着た少女がヨーコに話しかけてくる。
白衣の少女の歳の頃は十代前半から中頃といったあたり、間違いなくヨーコよりは年上なのだろうが、それでも少女はヨーコの姿を見つけてホッとした表情を受けべていた。
そうなのだ。
このアジトにいる1000名以上の者たちの中にヨーコよりも年長の者はいくらでもいる。
なのにどいつもこいつもヨーコに頼り切り。
そら6歳児が依頼主というのもここの現状を見れば頷ける。
これもまたここの異様な光景の1つ。
というより私にはそれこそがこのアジトの異常さの根源のように思えてきている。
とはいえ、その異様さはただちに私たちに牙を剥くものではないのだし、ヨーコが私たちに目くばせして白衣の少女の元へと向かっていった私たちは手持ち無沙汰になってテントの中を覗いてみる事にした。
だだっ広いテントの中は数十床のベッドが並べられた病院か老人ホーム、あるいはその両方。
すべてのベッドには老人や病人、怪我人が寝かせられ、ベッドとベッドの間を動き回っているのは薄汚れてはいるが看護師の恰好をした少年少女に白の塗装をされたアシモフ・タイプの人間大ロボットたち。
「どうしよう、どうやっても薬が足りないよ」
「……先の長くない人への薬の投与を中止して、それでも足りなかったら薬の量を今から減らしょうか」
「え……、それじゃあ……」
白衣の少女とヨーコが話し合っている内容が聞こえてくるが、その内容はいかにも深刻なものであった。
マーカスにもそれは聞こえていように私の担当プレイヤー様は「いいモン見っけ!」とでも言わんばかりの笑みを浮かべて歩き出して1人のアシモフ・タイプへと話しかける。
「なあ、君、データのバックアップを取るから死んでくれんか?」
「ええ。構いませんよ」
「悪いな」
「いえいえ、バックアップを取って頂けるだけの心配り、感謝します」
かたや向こうでは深刻に命の選択を迫られているというのに、マーカスと人型ロボットは随分と軽い口調で言葉を交わしていた。
「ここのような病院は何か所あるんだ?」
「他に5ヵ所ありますが」
「聞いてのとおり、君たちの指導者はトリアージを始めたようだ。なら君たちの中でも手の空く者も出てくるだろう。君と同じ条件で死んでくれる者をリストアップして俺に報告してくれたまえ。いいかい、報告はヨーコ君にではなく、私にだ」
「了解しました。……メーリングリストでこの件は通知済み、1時間以内にリストを提出いたします」
そう言うとテントから数体のアシモフが出ていく。
マーカスと話していたアシモフも一礼してから同じようにテントを出てどこかへ向かっていった。
どこかの施設でデータのバックアップを取りにいったのだろうか?
「おいおい、アイツらに何をさせるつもりだ?」
「ほれ、ヨーコ君は何機かは囮に使えると言っていただろう? オートパイロットより有人機の方が長く追手の気を引けるのだろうが、かといってマジで人間を捨て駒にするわけにはいかんからな」
「うわっ、ひっで! アシモフ・タイプには感情が無いと思ってやがる!」
ここが病院のような施設だという事も忘れて私は大声を出してしまっていた。
アシモフ・タイプには高度な人工知能が搭載されており、人間と上手くコミュニケーションを取るために感情が再現されているのだ。
そりゃあ人間に奉仕するために作られたロボットならば捨て駒にもなるのだろうが、それでも彼らが恐怖を感じないというわけではない。
「まあまあ、少し外に出ようか?」
「そ、そうだな」
大声を出した事で周囲の者の視線が一瞬で私に集まり、マーカスに促されて私はテントの外へと出る。
「なんで……、なんでここの全ての決断はヨーコ君に委ねられているのだろうな」
テントの外に出てしばらく、行き交う人や車両の群れをひとしきり眺めた後でマーカスは私にだけ聞こえるようにして呟いた。
すぐそこに駐機している輸送機の主翼に搭載されているエンジンの近くに集まった少年少女たちの声が届いてくるが、そこでもやはりヨーコの姿を探しているようである。
「5番エンジンの燃料ポンプが完全にイカれちまってるよ!」
「もう予備部品なんて無いだろ?」
「ヨーコちゃんは? ヨーコちゃんは何て言ってる?」
「今、探しにいってるってさ!」
ヨーコは陽炎の整備を担当していたという事は専門はHuMoの整備なのだろう。
なのになんで航空機の整備の判断まで彼女に頼る事になっているのだろう。
やはり異常である。
「おかしいだろう? あの子たちだって見た感じまだ十代だろうが、だと言って6歳児に頼るか? 脱出ルートの選定だってそうだ。ここのジジババどもだって元はバリバリのハイエナ連中だろう? 徒党を組んでHuMoを乗り回してヤバい事を繰り返してきたんだろ? そいつらが知恵を出してやりゃあいいじゃないか?」
やはり私が感じていた異様さ、異常さをマーカスも理解していたのだ。
たしかにここの状況はあまりにも不自然である。違法武装犯罪者集団のアジトだとしてもだ。
「サブちゃんにはここの異常性の理由について理由は分かるかい? 突拍子の無い想像でもいい」
「……いや、異常だってのは分かってるけど、その理由なんかまったくもって想像すら付かないよ。マーカスは?」
「可能性なら1つだけ。サブちゃん、タブレットを……」
マーカスにホログラフ・タブレットを渡すと彼は腰を屈めて私にも画面が見えるようにしながら操作を始める。
ブックマークから攻略WIKIを開いて「重要NPC一覧」の項へ、さらに「ハイエナ、その他の敵対勢力」から1人の人物の詳細ページへと飛ぶ。
「え……? これは……、ヨーコ!? いや、でも歳が……」
謎の少女/所属:不明
・βテスト終了間際になって初めて確認された敵性NPC。大型のハンドメイドHuMo「ミラージュ」を駆りプレイヤーたちの前に立ち塞がる。
・所属、経歴、性格、趣味嗜好、全てが詳細不明。
・プレイヤー、傭兵NPC、三大勢力の全てに強い恨みを持っているようで、時折、高難易度ミッションに乱入してきて攻撃を仕掛けてくるが、上手く誘導すれば勝手に敵を減らしてくれるので上手く立ち回ろう!
・その高い操縦技能と乗機の性能、そして登場時期もあって彼女の撃破報告はただの一度として存在しない。正式サービス版ではナーフ必須か?
・掲示板への書き込みでは、ハイエナと共闘するミッションでは一時的に彼女も協力してくれたという報告もあるが詳細は不明。その書き込みが本当ならばハイエナと縁のある人物なのかもしれない。
・公式の動画配信では虎Dのトコのマサムネと互角以上の戦闘を繰り広げていた事から彼女も「天才」技能持ちではないかと言われている。さらに様々なハイエナ組織を率いていた事から「カリスマ」技能も持っているのではないかと言われている。
いわゆるβテスト終盤での強敵ポジ、それが「謎の少女」というキャラクターに与えられた役割なのだろう。
そしてそのページに掲載されていた1枚の画像に私の目は釘付けとなっていた。
「謎の少女」を捉えた1枚の画像データに映し出されていたのは髪を伸びるがままに任せたボサボサ髪に痩せた体躯に長い手足。
歳は十代の中頃だろうか? 露出度の高い服から覗く白い肌にはファイアパターンのタトゥーが刻まれて、先の割れた舌でナイフを舐める少女の血走った目。
そう。
その目だ。
目元には大きなクマが刻まれて血走ってらんらんと妖しく輝いているかのようにすら錯覚するその目はヨーコのものであったのだ。
あの利発さを感じさせる強い意志のこもった瞳がこうもなるのだろうか?
だが狂気を宿したその目がヨーコのものであることを否定する事ができない。
「βテストって確か1年間も行われていたんだよね? で、ゲーム内の時間の進み方は現実世界の10倍。つまり現実の1年でゲーム内世界は10年の時が進む事になる。10年後のグレたヨーコ君だと思えばいい年頃じゃない?」
……グレるにもほどがあるだろう。
だがマーカスが言うように10年後のヨーコの姿だと思えば十分に納得ができる。
「闇堕ち、悪堕ちってヤツなのかな? β版では彼女はこうなると……」
「なんでだよ!! アイツは中立都市を離れて真面目に生きるって言っていただろう! 夢があるって!」
私はヨーコのどこか諦観したような目を思い出していた。
彼女の言葉が嘘だとは思えない。
辛い事があった中立都市から離れたい。
トヨトミの支配圏内まで逃げたら真面目に生きていく。
HuMoの整備員になるという夢がある。
その全て、私には彼女の言葉が真実であると思っている。
あの言葉はその両肩に重すぎる責任を押し付けられたヨーコの口から出た数少ない自分自身の本心なのだ。
「β版じゃ失敗したんだろうなぁ。で、こうなるっと……」
マーカスが指さしたのはタブレットに表示された「謎の少女」の画像。
その全身に刻みこまれたファイアパターンのタトゥーだった。
私にはそれが彼女の全身を焼き尽くさんとする炎に思える。
「つまりはここはヨーコ君を『謎の少女』にするために用意された舞台装置ってわけだ」
なんとも悪趣味な話である。
だがマーカスの話を聞いて私はそれが真実であるかのように疑ってなどいなかった。
「じゃあ、ここの1000人以上の奴全てがヨーコを強敵キャラに仕立て上げるため、死ぬために存在していると?」
「全員かは知らんけど、似たようなもんだろう」
多分、多分だけど仲間たちの半分を失ってもヨーコの心は折れる事はないのではないかと思う。
残った半分の仲間のために涙をこらえて立ち上がる幼い少女の姿が私の脳裏には映し出されるのだ。
そんな性格だからヨーコはここの連中にあれほど慕われているのではないだろうか?
つまりは彼女の心が完全に闇に飲まれてしまうにはここの連中は全滅に近い被害を出してしまうのではないか?
「……なあ、マーカス。お前ならここの連中とヨーコを救えるんじゃないか?」
「ふむ。相手がハイエナでもかい?」
「抜かせ、今さらそんな事なんか気にする性分じゃないだろう。この悪党!」
「そうだな。悪党だ。でも子供が悲しむのを黙って見てられないくらいの良心は残ってる。だから『チョイ悪』ってくらいだな」
もはや私から依頼人がハイエナであるとかそういうわだかまりは消え失せていた。
それにヨーコたちに依頼達成に向けたポジティブなプラス材料が無くとも、こちらにはある。
マーカスならばたとえどのように困難な状況であろうとひっくり返してみせるのではないかという期待があった。
「報酬はサブちゃんの笑顔で」
「先払いでいいか?」
下手なウインクを飛ばしてくるマーカスに私は満面の笑みで応えてやる。
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