38 本物のカスヤ・マニューバー

 飛燕は残り1機。


 だが飛燕隊の小隊長機であったその機体のパイロットは私から見ても他の飛燕とは動きが目に見えて違う手練れであった。


 β版のテスターだったのか。

 それとも他のVRフライトシミュレーターで鳴らしてきたクチなのかは分からない。


 いずれにしても完全没入型のVR世界が脳に錯覚させるGの負荷によく耐える事を知っている者特有の機動であった。


 機体を捻り、ロールし、スピンさせ、急上昇と急降下を駆使してマーカス機に背後を取られまいと遠慮なく機体を振り回していくのだ。


 時にはフライトモード中には通常、折り畳まれている脚部を展開する事でエアブレーキとする事で急減速させる事すらやってのけていた。


 そうやってただマーカスのホワイトナイト・ノーブルから逃れるだけではなく、時にはガンポットとCIWSを使って反撃を試みようとするあたり、飛燕のパイロットの心はまだ折れてはいない。


 この飛燕のパイロット、まだ僚機が残っていた時には励ましながら指示を出し、その僚機を狙うノーブルに対して死角から攻撃を加えようとしていた事からも、やはり腕利きのゲーマーなのであろう。


 ライオネスのようにこの飛燕のパイロットもホワイトナイト・ノーブルという強敵を相手にかえって闘志を剥き出しにして勝ちを狙っていく類の人種なのかもしれない。

 それがゲーマーという人種なのだ。


 そうでなくて、どうしてこうも絶望的な戦況の中で戦い続ける事ができる?

 どうして例え現実のものでないとしても猛烈なGに内蔵をグチャグチャにされるような衝撃を味わい、血液が足先に集中したり、逆に頭に集まっていくような感覚の中で勝利を目指して戦えるというのだ?


 いつの間にか、損傷のため機体を後退させている私を含めて地上の鋼鉄の巨人たちは呆けたように戦うのを止めて上空の一騎討ちを見守っていた。


 未来世界の、他の惑星に人類が生活の拠点を移したような時代のSF設定のゲーム世界にいながら、私たちは敵味方含めて古代の戦士たちがそうしたように一騎討ちから視線を外す事ができなかったのだ。


 それは神聖な祈りにも似ていただろうか?


 一騎打ちの結果が即この戦いの趨勢を決めるものであるかのように固唾を飲んでノーブルと飛燕を見守り、私ですらマーカスに声をかける事が戦いの邪魔をするかのようで躊躇われていたのだ。


 この場にいる誰しもが、だ。

 いや、数百の者たちが何も言えず、自分に向けられている銃がどこかにあるのかもしれないというのにただ棒立ちでその戦いを見守っている中で、ただ1人だけがこの一騎撃ちを舐め腐っている者がいた。


「……おい、リョースケ君は……、いるかいッ?」


 それはマーカス本人である。


 マーカス自身、猛スピードの自動車で硬いコンクリートの壁に衝突するかのような凄まじい加速度の中で苦悶に塗れているというのに途切れ途切れのその声は何か悪巧みでも考えているかのような含み笑いしているかのようなものであった。


 マーカスに呼ばれたリョースケはしばらくして格納庫内の通信設備を使って応える。


「……おじさん! その飛燕のパイロットはヤバいよ!? 今は上手く凌げてるみたいだけど、そいつは『カスヤ・マニューバー』が使えるんだ! 勝てるわけがない!」

「くっくっく……、ぐぅ……!?」


 慌てた様子で通信に出たリョースケの声を聞いて何がおかしいのか、マーカスは堪えようとしたのについ堪えきれなかったように笑いだして、その結果、腹筋でGに対して保っていた均衡状態が崩れてしまったのか苦悶の声を上げる。


「……おい、笑わせるなよ……。こっちは色々と大変なんだよ……」

「で、でも!」

「いいかい? 君はただ敵に超至近距離でソニックブームをぶつける事を『カスヤ・マニューバー』だと思っているのかい?」

「え……?」


 そういえば、マーカスは4機の飛燕隊の3機を落としてから残る1機に対して攻撃を加えてはいない。

 背後を取ろうとしたり、敵の攻撃を回避してみたりはしているが、スパイクやビームソードを使った格闘戦はおろか腕部ビームガンを使った射撃戦すらしていないのだ。


 まるで敵を泳がせていたような……。


 やる気なのか……?


 わざわざ敵味方の目を自分たちに集めさせて、自身の名を冠した技でやる気なのか?


 使えないんじゃなかったのかよ?


 地上の私も思わずゴクリと唾を飲んでいた。


 耐えられるのか?

 アラフィフと呼ばれるような歳でその戦技にお前の体は耐えられるのか?


「いいかい。リョースケ君……。俺は『俺はできない』とは言ってはいないぞ? 『今は無理』と言ったんだ……。なんでだか分かるかい? その理由はリョースケ君があの技を誤解していた事とも関係しているな……」

「……あの技を直接、見て生きている者はいないから?」

「正解だ……!」


 ノーブルは一度、空中で静止。

 天に向かって大剣のようなビームソードを掲げてから上空で旋回する飛燕へと向けた。


 超高熱の鋭い切っ先は大気を切り裂き、純白の甲冑の如き装甲はそのいたる所から白い飛行機雲を撒き散らしながら一気に加速していく。


「領空侵犯対処って仕事はクッソ面倒でな! 同じ客の相手なんか二度としたくはなかったんだ! かといって自衛隊じゃ武器の使用には制限があってな……」

「クッソ! こうなったらあの技で……!!」

「だから……、この技は『敵機を落とすまで続ける』んだ! だから自機だけの状態じゃこの技ができなかったんだ」


 敵パイロットの覚悟を決めた叫びとリョースケへ語り掛けるマーカスの声が重なる。


「来いッ!! カスヤ・マニューバーを見せてやるッ!!」

「故にこの技は、俺の……、この100年、日本でただ1人のエースパイロットである俺の名を冠して『カスヤ・マニューバー』と呼ばれているんだ!!」


 ビームソードの切っ先を向けて一直線に加速していくマーカス機に対して、飛燕は機首を上にして高度を取ってから反転、一転して地上目掛けてダイブしていく。


 ノーブルが飛燕に追い付きそうになるその寸前、飛燕の機体各部に折り畳まれていた脚部を一瞬で展開して空気抵抗を得て減速。

 一気にノーブルを追い抜かせてから再び急加速。


 敵も不完全ながらカスヤ・マニューバーを使おうというのなら、音速を突破した際に生じる衝撃波ソニックブームをノーブルにぶつけるつもりなのだ。


「……き、消えたッ!?」


 否、ノーブルは消えてはいない。

 敵が脚部を展開する事で空気抵抗を増して減速したように、マーカスは大気を切り裂かせていたビームソードの刃を消す事で空気抵抗を得て減速したのだ。


 敵が音速を突破する寸前を見計らったタイミングでの急減速でマーカスは飛燕に一瞬で追い抜かせ、結果、飛燕のパイロットの目にはノーブルが消えたように見えたのだろう。


 そして再びマーカスはビームソードの刃を生成して一気に加速。

 再び飛燕を追い越した時にはビームソードの先端から白い皿のようなソニックブームが生じて飛燕に叩きつけられていた。


「うおおぉッ!?」


 悠然と大空を飛び回っていた大型戦闘機型の飛燕がただそれだけでバランスを崩して失速。


 だが、それだけでは終わらない。


「ぃッッッぜ! おい!!」


「純白の騎士王」とも称されるホワイトナイト・ノーブルが大空の暴君へと化していた。


 墜落する事も許さぬとばかりに上下左右から、ロールしながら、スピンしながら、急上昇しながら、急降下しながら、何度も、何度も飛燕にソニックブームを叩きつけていく。


「こ、これが!? こりぇがぁ! の、ノーブル! か、カーチャ隊長がこれほどのものとはッッッ!? うおおぉぅ!?」


 ノーブルはビームソードをON/OFFを切り替えて急加速と急減速を繰り返し、時にはあらぬ方向へビームガンを連射してその反動を使い、幾度となくソニックブームを叩きつけていった。


「くぅぅぅぅぅ……!?」

「だ、駄目だ!! 飛燕が持たない!?」


 ノーブルを駆るマーカスももはや無駄口を叩いている余裕は無い。

 あってたまるか! というぐらいの凄まじい機動。


 だが、ありとあらゆる方向から衝撃波を叩きつけられ続けた飛燕の方が先に限界を超えてしまっていた。


≪飛燕:ヒロミチを撃破しました。TecPt:15を取得、SkillPt:1を取得≫


 藍色の大空に咲いた紅蓮の大輪の花。


 その中から現れたノーブルはゆっくりと地上へと降下を始める。


 それにしても恐ろしい技だった。

 私は息をするのも忘れて食い入るように白いHuMoが見せる機動に魅せられていた。


 恐ろしいが美しい。

 美しいが恐ろしい。

 ゆっくりと深呼吸しながら、私はカスヤ・マニューバーとはなんともアイツらしい技だと深く胸の中で噛みしめていた。


 マーカスがやった事はとどのつまり何度も敵機とすれ違っただけである。

 あらゆる戦技を駆使して、超至近距離を何度もすれ違っただけ。

 結果、幾度となく衝撃波を叩きつけられた飛燕は空中を何度もバウンドするように落ちる事も許されずに爆散。


 最初にソニックブームを叩きつけられた時点で敵機は失速。

 その時点で敵機は次のソニックブームを回避する事ができないのである。


 なんとも恐ろしい技だろう。


 本物に比べたら敵の飛燕が対空ミサイルを迎撃する時に見せた機動はなんとも薄っぺらいものでしかないと言わざるをえない。


 真っ直ぐ飛んでくるミサイルの周りをグルっと回って衝撃波をぶつけて「はい、カスヤ・マニューバーでござい!」では、そりゃマーカスも不機嫌になるだろう。


 それにしても、だ……。


「パパの必殺技はどうだった、サブちゃん?」

「……どうって、オメー、必殺技とかこのゲームのシステムにないもん持ち込むなよ。武装を使うとか、せめてロボットの肉弾戦で戦ってくれよ……」

「え~……」


 ようやく一息ついたようにいつもの陽気な声に戻っていたマーカスに対してわざとらしく軽口を叩くと、なんとも情けない声が返ってきて思わず私は苦笑させられてしまった。






(後書き)

いつも思うんやけど、獅子吼ちゃんはどうやってカスに勝てばええんや?

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