18 時間が先にしか進まないとしても……
「……そういや恨みがどうのこうので思い出したけど、お前、後でパス太に謝っとけよ!?」
竹塀の向こうにいるマーカスの様子は窺い知れず、温泉に浸かっているというのに背筋が寒くなったような錯覚を覚えた私はあからさまに話題を変えようとしていた。
「うん? そうか、少しだけやり過ぎてしまったようだな……」
「まったく、なんでも知っているようなくせして、ガキを泣かしてどうすんだ?」
話題の転換が急過ぎたかとも思ったが、マーカスは素直にバツの悪そうな声で答える。
ホッとした私は肩まで湯に沈めるとじんわりと温泉の温かさに包まれた。
「パパとしてはサービスのつもりだったのだけどね……」
「どこがだよ?」
「あのくらいの歳の子だし、パス太君の性格的に『脚を止めるな』とか、『照準補正に頼り過ぎるな』とか言われても聞かないだろうと思ってな。それなら自分で気付いてもらえるようにね」
「ふ~ん……」
言われてみれば確かにそらそうだ。
パス太たちは自分の病状をハンドルネームにして大人をからかうような性格の子なのだから口でアドバイスしても聞かないだろうというのは分かる。
それにパス太の陽炎の使い方は確かに褒められたものではなかった。
陽炎は戦線突破用の重駆逐HuMo。敵戦線を打ち破るための火力と敵の集中砲火に耐えるための重装甲を有しているが、それだけではなく強襲をしかけて敵戦線を越えていくだけの機動力を有しているのだ。
下半身全体を覆うスカート上のホバーユニットはそのためにある。
確かに陽炎はその大重量ゆえに出足の加速は鈍い。
だがスピードに乗れば直線的な速度性能に限った話ではあるが高機動タイプと同等の速度が出せるし、鈍い旋回性能も脚部を地面に打ち込むテクニックを用いることで瞬間的な旋回が可能となる。
加速と減速、そして急速旋回を組み合わせた機動を行った状態で対空砲火を上げれば一定位置からの射点よりも回避行動は飛躍的に難しくなったハズ。
さらにマーカスはこのゲームのシステムの基本である照準補正をも疑えと言う。
照準をロックした敵機が移動している場合、機体のFCSの補正によりレティクルは敵機の移動予想位置へと動いて射撃をサポートしてくれるのだが、そもそも対空砲火を撃ち続けても命中弾を得られないのだから当てにするだけ無駄という事だろう。
だが言うは易し、である。
HuMoのFCSでも捕捉しきれない敵機をマニュアル照準で見越し射撃を行い、有効打を与える事が人間に可能なのだろうか?
「ま、最低でも最後、CIWSが弾切れになった後に硬直せず、機体を旋回させて弾が残っていた背部CIWSを使うまではやって欲しかったところだな」
「……それでお前の
「はッ! まさか!? パパの見せ場が1つ増えるだけだよ!」
4丁のライフルと4基のCIWSでも落とせなかったのだ。
止まった状態から旋回を始めてもその動きは鈍重なものにしかならず、その意図は見え見えのものであっただろう。
だが、それすらパス太はできなかった。
陽炎の切り札である胸部大型ビーム砲を外し、さらに自分に体当たりするかのように猛加速で突っ込んでくる戦闘機にパニックになってしまったパス太は硬直するしかなかったのだ。
「案外、パス太君も陽炎なんかに乗らずに自分の機体に乗ってた方がやれたのかもしれないよ? あの紫電改ってランクはいくつだい?」
「ランク4だな。トヨトミのバランスタイプだ。同格の烈風改よりも僅かに機動力に優れた機種だよ」
「ならば余計に動き回る事を考えるべきだったな。いや、あの子は思考が硬直するタイプなのかな?」
なるほど、紫電改に乗っている時は動き続ける事だけ考えて上手くやっていたのが、陽炎に乗った時は火力のみに注目して撃ち続ける事だけを考えてしまったという事か。
「お前にはこのゲームはヌルいんだろうけどさ。子供にはちょっと難しいのかな?」
「そうみたいだな。さっき整備員とちょっと話したけど、ここの子供たちは初期機体にランク2の物を用意されてるみたいだし、難易度調整のつもりなのか弾薬補給費も無料らしいぞ?」
「……そうなのか?」
ありえない話ではないと思う。
国とこのゲームの運営がVR療養所の企画を進めた時に既存のタイトルの世界の一部を利用したという事は、運営はここの子供たちもプレイヤーとして「鉄騎戦線ジャッカル」を楽しんでほしいのだろう。
そうでなければ「鉄騎戦線ジャッカル」とは別の仮想現実の世界を用意すればいいだけだ。
何も全てを新規に開発する必要はない。VVVRテック社はすでに2本の完全没入型VRゲームを運営しているのだ。基幹部分はコピペしてくればいいのだ。
「優遇措置を取ってる割にはここの子供たちはHuMoには興味はなさそうだけどな」
私は格納庫に鎮座していた大量のHuMoを思い出していた。
100機以上はあったのではないかと思われるHuMoの大半は雷電改、マートレットⅡ、キロbisとランク2の物。アレがマーカスが言う、ここの子供たちの初期配布機体だったのだろう。
いずれも黒と灰で塗装されて「杖と蛇」のエンブレムが貼られた画一的な物であったという事は持ち主であるプレイヤーにほぼ弄られていない状態であるという事なのは間違いない。
キャタピラーたちとの会話の中で「攻略組」なんて言葉が出てきたが、恐らくは
だが格納庫の様子を見るに攻略組はキャタピラーたちくらいの極少数であるようだ。
「そらそうだ。さっきも言ったけど、ここの子供たちは遊ぶのに忙しいのさ! それもロボットを乗り回したりとかじゃなくて、スポーツみたいに今までやりたかったのにできなかった事に夢中なんだろ?」
「そうみたいだな」
格納庫にあれほどの機体が鎮座していたという事はつまり2機以上の機体を有している者以外は誰も出撃していないという事である。
「サブちゃん、覚えているかい? キャタ君は山の中で出くわした時、昨日の難民キャンプでの事を『こないだ』なんて言っていただろ?」
「そういや、そうだな」
「多分、ゲームの世界に入り浸りすぎて時間の感覚が狂っているのさ」
このゲームの世界では時間の感覚が10倍に加速される。
現実世界での1日、つまり24時間はこのゲームの中では240時間、10日となる。
昨日の事を「こないだ」というのは少しおかしいが、10日前の事ならたしかにそう言ってもおかしくはない。
「おいおい、大丈夫かぁ……?」
私の脳裏に思い起こされたのは栗栖川の事だ。
彼女はパオングの言葉を借りるならば『どんなに辛い現実が待っていても人は現実と向き合わなくてはならない』という主義の人だそうな。
娯楽のためのゲームのコンパニオンである私としては極論のような感もあるが、極論だが一理ある事は認めなければならない正論でもある。
キャタピラーたちや他の子供たちが辛い現実に向き合わなければならなくなった時、トイ・ボックスの甘さに慣れ過ぎた子供たちは耐えられるのだろうか?
だが、マーカスは私の心配を一笑に付す。
「大丈夫だろ? サブちゃんは知らないかもしれないが、現実の世の中は狂ってる事だらけなんだ。ここの子供たちだけ正気でいなければならない道理なんてないさ」
竹塀の向こうから聞こえてくるマーカスの声は陽気なものでありながらどこか哀愁がこもったような、自分に言い聞かせているような声であった。
「ははっ! 世の中でいっちゃんトチ狂ったヤツがなんか言ってら!」
男の寂しげな声はそばにいてあげたくなるようなものではあったが、2人を隔てる破壊不能の竹塀にそれも叶わず、かわりに私はわざとらしい陽気な声でマーカスをからかう。
「時間が先にしか進まないとしても、人間が立ち止まっていてはいけないなんて事はないさ。そうだとしたら人生、辛すぎるだろう?」
一層、自分に言い聞かせるようにマーカスは独りごちた後、ザバリと湯舟の中から立ち上がる音が聞こえてきて「それじゃパパはちょっとサウナを楽しんでくるよ」と聞こえてきた時にはマーカスの声はいつもの陽気なものへと戻っていたのだった。
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