4 弟切草と少年

 陽炎は進む。


 土砂とともに大地を彩っていた黄色い花々を撒き散らし、400tを超える巨体が通った後は黒く命が焼き尽くされた焦土と化す。


 だが先ほどのような天然のお花畑を荒らす事が憚られるような感情はすでに感じられない。

 私自身、小さな花々を踏みつぶしながらパイドパイパーを走らせてマーカスの後に続いていた。


「パパが最初に気付いたのは現実世界での今日の昼休み、昼食の後の食休みの時にスマホで『敵機戦線ジャッカル』の公式サイトに表示されている地図を見ていて気付いたんだ……」


 すでに陽炎の巨大な肩アーマーの丈夫はVLSの蓋が開いていつでもミサイルが発射できる状況。さらに肩と胸から左右一対ずつ生えている腕にはライフルが持たれて臨戦態勢に入っていた。


 私も自分の担当に倣って機体の手にはサブマシンガンを持たせ、背部武装コンテナからはいつでもパンジャンドラムを投射できるようにしている。


 2人で話合って決めたわけではないが、前方から敵が現れたならマーカスの陽炎が豊富なHPと重装甲で食い止めて、火力で蹂躙。私は小回りの利く機動力を活かして側面に回るという布陣だ。


 小さな花が咲き誇る山の斜面を踏み荒らす事が気にならなくなったのは、この場の不自然さに気付いてむしろその美しさが不気味にすら思えてきたから。


 機体を駆けさせながら片手でタブレットを取り出してミッション一覧を呼び出して検索条件「現在地付近」で検索。


 ……対象ミッションは0件。

 つまりはこの周辺で受けられるミッションは存在しないという事。

 少なくとも特殊な条件下でなければ受けられないミッションを除いてだが。


「この辺りを『ホーキンス山脈』というらしいがね。パパ、お昼御飯の後、あんまり暇すぎて更新情報に何か目新しいものがないか確認してから、何度も見返した地図を拡大表示させてみたりしていたんだよ。そしたら標高3,000から6,000メートル級の山々がそびえたつホーキンス山脈にポッカリと穴でも空いたかのように丸くなっている所を見つけてね。何かと思ったら、周囲の山々は雪と氷で覆われているというのに、ここだけ緑色なんだもの……」


 まるで都会や戦場の喧騒から離れた楽園のようであった光景は一転、ワケの分からない不気味さとなり、不気味さは底知れぬ漠然とした恐ろしさを感じさせ、私は緊張から息苦しさすら感じていたほどだ。


 だというのにマーカスはなんとものんびりとした口調でこの場所を見つけた経緯を話し続けていた。

 その口調にはどことなく面白い場所を見つけてきた事を褒めてもらいたそうな雰囲気が混じっていて、まったくもって緊張の色は見られない。


「この山を選んだのは円形に緑が広がる地点の中心であった事、それと見てのとおり周囲の切り立った山々に比べてこの山だけはなだらかな斜面が続いていてHuMoの行動に支障が無さそうってところだんだけど……」

「ちなみにマーカス、お前の見立てでは何があると思う?」


 確かにマーカスの言う事はいちいちもっともな事ではある。

 だが一向に核心へと向かう様子がないので私は結論を急かしていた。


「さあ? さっきも言ったけどその辺はパパも分からないよ。でも1つだけ言えるのは不自然な環境を作るだけの何かがあるって事でしょう?」

「何か、か……」

「これが現実世界なら偶然が重なった末の大自然の神秘と片付ける事もできるだろうけどね。生憎とこの世界はそうじゃあない。開発運営チームが“何か”のためにこういう不自然な環境を作り上げたと考えるのが自然だろ?」

「まあ、それが一番分かり易い答えか……」


 だが、こうは考えられないだろうか?


 この場所の存在は公表されてはいないのだ。これほどまでに特異な環境を作り上げておきながら運営チームはここを観光スポットとして取り上げてはいない。


 観光とかそういうのがメインのゲームではないが、自由度の高さこそが「鉄騎戦線ジャッカル」のウリなのだ。

 ならば「こういう楽しみ方もありますよ?」とプレイヤー側に周知してゲームの魅力を訴求してもいいではないか?


 現に公式サイトには現実のファッションブランドを巻き込んだゲーム内ショップも大々的に宣伝されているし、他にも飲食店などのガイドブックなども用意されている。


 つまりこの場所は運営チームにとって宣伝の対象とならない場所。

 いや、それだけならまだいい。運営チームにとって隠したい何かがある可能性だってあるのだ。


 その点について尋ねてみるとどうもマーカスにはピンと来ていない様子。


「うん? まあ、面白い考えだとは思うけど、だったらこんな特殊な環境なんか作らないで周囲と同じ雪山で良くない?」

「まあ、そりゃそうだな……」

「仮に運営にとって隠したい何かがあったとして、それを見ても垢BANはされないでしょ? せいぜい攻撃されるくらいかな?」


 笑いをこらえるような含みを持たせたマーカスの声は言外に「向こうが攻撃してくれれば、こっちも強硬手段が取れる」と言っているように聞こえた。


 やがて私たちは丘の峰へと差し掛かり、山の斜面が邪魔をして向こう側の視界が無くなる。

 いかに高度なセンサーを持つHuMoとはいえ、レーダーや光学カメラの視界には限界があるのだ。


「サブちゃん、ちょいストップ! ドローンを出して向こう側を偵察してみる」

「おっ、了解!」


 陽炎がライフルを持った腕で後方の私を制するとすぐに肩アーマーの垂直発射機からポン! と気の抜けたような音を上げて円柱型の無人偵察機が打ち上げられた。

 私も心得たものでドローンが峰の向こう側のデータを送ってくるまでの間は機体を旋回させて後方警戒。


 本来ならば首を後ろに回すだけでいいのだろうが、パイドパイパーは背にコンテナを背負っている都合、首を後ろに回しても視界は得られないのだ。


「……おっ、丘の先には遠くに建造物があるっぽいぞ! いや、ちょっと待て!? サブちゃん、すぐ近くにHuMo1機! 峰の先、すぐ近くだ!」

「なんだって!?」


 すぐ近くのHuMoの存在を私に知らせた時にはすでにマーカスの声色は低さの中に冷徹さの混じるものへと変わっていた。


 私も慌てて再び機体を旋回して丘の向こうのHuMoに備える。


 先ほど確認したように現在も過去もこの場所が対象のミッションなどは存在しないハズ。


 となれば遠くにある建造物とやらから来たNPCか?


「来るぞ! 向こうもドローンを見て、こちらの存在を知ったようだ」


 マーカスの言葉が終わったが否や、稜線を跳び越えて1機のHuMoが私たちの目の前へと姿を現した。


 ウライコフ製の特徴的な機体をアマガエルを思わせる鮮やかな黄緑色に塗装されたその機体は……。


「ひぇっ!? 陽炎ッ!?」

「STOP! マーカス、撃つなッ!!」


 やはりオープンチャンネルの通信から聞こえてきた幼さの残る少年の声は聞き覚えのあるものであったし、黄緑色のズヴィラボーイのバズーカにパイルバンカーという武装にも見覚えがあるものであったので私は慌てて胸部ビーム砲のカバーが展開した陽炎の前に出て攻撃を止める。


「なんだい? サブちゃんの知り合いかい?」

「いや、まあ、知り合いなんだけどよぉ。その前に問答無用で攻撃しようとするのは止めろや!?」

「普通に考えて、武装した状態で近づいてくるっていうのは敵対行動と受け取って問題はないのでは?」

「そりゃ、そうかもしれないけどよぉ。……お前、この手のゲーム向いてないわ」


 私たちの会話を聞くズヴィラボーイはポカンとした様子で向こうに敵意が無いのは明らか。

 手にしたバズーカの砲口も地面を向いている。


「あ~、そのピンクのコンテナ付き! サブリナさんさ~!」

「よう、キャタピラーつったっけ? コイツは私の担当のマーカス」

「やあ! 消し炭にしようとしてゴメンね!?」


 昨日の難民キャンプでのミッションの参加者であった少年との思わぬ再会であった。




(後書き)

今、ネットを検索してて思ったんだけどさ。

ロシア語の弟切草って「ズヴィラボーイ」と「ズヴェラボーイ」とどっちが一般的なんやろな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る