53 2人の男
「長距離ビーム!? それも陽炎のなんかじゃない!!」
それは光の線というにはあまりに太すぎた。
夕方近くになり深みを増した空の青を真っ二つに割るかのような光の奔流は大河のようで、脳内に響きわたる“威圧”の音楽の荘厳さが雷神を召喚したのではないかと錯覚してしまうほどだ。
だが、それは空が割れたのでなければ、天から雷が降り注いだというわけではない。
それは明らかにビーム砲によるものであった。
「鉄騎戦線ジャッカル」内で使われるターボ・ビーム。
それも陽炎の胸部内蔵ビーム砲から放たれるものよりも明らかに火線が太い。
しかし私にはそのビームの色に見覚えがあった。
「……奴だ。奴が来たんだ」
かつて私の愛機と我が身を焼いた超高熱の青白い光。
前に見た時よりも明らかにビームが太いような気もするが、この青白い光を私が見間違えるハズがない。
「ホワイトナイト・ノーブルっ!!」
天を切り裂いていったのはノーブルのビームライフルなのは間違いないが、だが光の奔流は私たちの戦場を通り過ぎていき、そしてマップ画面を表示させていたサブディスプレーに変化が生じる。
「……難民キャンプを取り囲むようにしていた陽炎が1機、消失しました」
「なるほど、今回は味方という事かしらね……」
数秒の間を置いて今度は私たちの直上よりもだいぶ離れた位置を青い光の奔流が走り、また1機の陽炎の反応が消失する。
さらに数秒後に3機目の陽炎が消失し、それと同時に難民キャンプ周辺の電波通信や各機のレーダー機能が回復したのかマップ画面の情報量が一気に増えた。
おそらく私たちが戦闘中の陽炎が月光を搭載していたスペースに電波妨害装置を搭載していたのだろう。
それが陽炎もろとも破壊されたために妨害電波が止んだというわけだ。
「高度14,000mに高速輸送機! こちらに接近中です!!」
「またヤツに持ってかれてしまうのね……」
回復したレーダー情報がマップに適用されると、高速で1機の輸送機がまっすぐにこちらに向かってきているところであった。
そして対空砲火を警戒してデコイを投下しながら私たちの直上付近に到達した輸送機から1機のHuMoが飛び立つ。
ノーブルを強奪したプレイヤーも募集が打ち切られるギリギリでミッションに参加し、なんとか移動手段を確保してやってきたというところだろうか?
ノーブルが参加したのならばこのミッションに失敗なんてありえないだろう。
だが、それでも私は忸怩たる思いを抱えて奥歯を噛みしめていた。
あのプレイヤーにまたすべて持ってかれるだなんて、サービス開始初日から自分が1歩も進んでいないと言われているかのようだ。
ノーブルに借りを返してやりたい気持ちはあるものの、かといってトクシカ氏たちの身の無事を考えれば今この場でノーブルに敵対する気にもなれない。
結局、私は歯噛みしながら仇敵にすべて持ってかれるのを見ているしかできないのであろうか?
だが、意外にも輸送機から降下したのは純白のノーブルではなかった。
「あン? えっ!? ら、雷電?」
「ピンク色の雷電って、まさか……!?」
四肢を大の字に広げて機体自体を空気抵抗にしながら降下してくる雷電のカラーリングはパステルピンクにローズピンクのラインが入ったもの。
「おい! 遅いぞ!!」
「メンゴ、メンゴ! これでも上司に『離婚した元嫁が書類がどうのこうので
』って嘘付いて仕事切り上げてきたんだ! 許してちょ!?」
フリーフォールの興奮からか随分とテンションが高いようだが、サブリナちゃんの声に応えるその声は間違いなくマーカスさんのもの。
ていうかマーカスさん、離婚歴有りなのか……。
ていうかサブリナちゃん、随分と安心したような声色だけど、この戦場にランク1の機体で飛び込んできておいて一体、何ができるというのだ?
「オラァ!! こっちを向きな!!」
私の疑問を証明するかのように降下中のマーカス機は陽炎に対してライフルを連射するものの、装甲が薄いであろう上面を狙った直上からの攻撃にも関わらず陽炎の装甲は雷電のライフル弾を全て跳ね返し、周囲の廃墟や地面に跳弾した砲弾がぶつかり盛大な土煙を上げる。
不意に鳴り響いた“威圧”の音楽に引き続いて大空を切り裂く超高出力のビームに呆気に取られたように動きを止めていた陽炎も上へと向けられる腕2本に持っていたライフル2丁で対空射撃を開始するが、マーカスさんもスラスターや四肢を振って空気抵抗を調整して巧みな機動を見せて回避していく。
それにしてもノーブルのプレイヤーは輸送機の中で高みの見物というわけなのか?
先ほどのビーム射撃の射線を考えればノーブルも上空にいるのだろうが、回復したレーダーに映るのはマーカスさんが降りた機のみ。
いや、それよりも……。
「マーカスさん!? 減速をかけないと地面にぶつかるわ!?」
「だいじょ~ぶ、大丈夫!」
「体当たりする気ッ!?」
マーカスさんの雷電は見る限り増加スラスターなどは装備していない。
機体の強化やパイロットスキルなどで推力を増強しているのかもしれないが、そうだとしてももはや落下速度を殺しきれるとも思えないのだ。
しかし、仮に減速をかけたら今度は対空砲火の餌食になるのも明白。
やはり私にはこの戦場にランク1の機体で飛び込んできたのが無茶にしか思えない。
結局、ギリギリまで落下しながらの回避行動を取り続けたマーカスさんも脚部を大地へ向けた姿勢を取って減速させるが、無常にも30t以上ある雷電の落下速度を殺しきる事はできずにもはや墜落といってもいいような勢いで着地。
少しでも機体を軽くしようという事かライフルを捨ててはいたものの、やはりランク1の機体の推力ではどうしようもなかったという事だろう。
減速の姿勢を取ったという事はカミカゼが目的ではなかったのか?
どのみち直撃コースを取っていた落下も陽炎だって黙っているわけもなく、回避行動を取られた事で直撃させる事もできなかったようだ。
何かがひしゃげて砕ける音が響き渡り、小爆発の音が地響きの中から轟いて。
そして土煙を払うように陽炎が機体を左右に振り回している。
「マーカスさん!? 今ので無事だったの!?」
「ハハッ! ギリギリだったけどね!」
ピンクの雷電は陽炎の右側面の装甲を掴んで取り付いていた。
落下の衝撃により脚部は完全に喪失し、漏れ出た燃料により腰部から炎上している。胸部装甲もはじけ飛び、衝撃による誤動作でも起きたのかコックピットハッチも開け放たれている。
チラリとサブディスプレーを見て確認すると残りHPは500もない。しかも炎上によるスリップダメージは今も継続中だ。
それでもパイロットは無事だった。
それどころか機体の損傷など些事であるかのように組み付いた状態で戦闘を継続中。
手にした短刀型のナイフを陽炎の猫背のようになった背中の継ぎ目にねじ込み、甲羅を剥がすようにグリグリと無理くり短刀を動かしている。
「ライオネス! 手伝って! 月光に邪魔させるな!」
「りょ、了解ッ!」
当然、月光も陽炎に取り付いた雷電の排除に動き出すが、それよりも先にサブリナちゃんが動いた。
武装コンテナから取り出した手槍とサブマシンガンで月光の行く手を遮り、私もビームソードを奮って続く。
だが、マーカス機が短刀を突っ込んでいた装甲を引っ剥がす前に、グラグラとさせたくらいで短刀は根本からポッキリと折れ、陽炎が思い切り機体を振った勢いで雷電は振り払われる。
……駄目だったか。
確かに陽炎の長所の1つである装甲を排除した箇所を作れれば攻撃を通し易くもなったのであろうが、どだい無理な話であろう。
いや、違う。
振り払われて雷電が大地に倒れて沈黙した後、陽炎の装甲にダークグリーンのツナギの男が張り付いていたのだ。
リュックサックを背負った長身の男。
その色のツナギは私も来ているプレイヤーの初期装備の1つ。
マーカスさんだ。
カーリングのストーンを薄くしたような電磁石を両手に持ち、ロッククライミングのように陽炎の機体を登っていく。
「……何をするつもりなの?」
「お姉さん、目の前の敵に集中して!」
マーカスさんが何をしようとしているか私には想像もつかないので手を貸す事もできず、そもそも目の前の月光が繰り出す前へ後ろ、右へ左へという変幻自在の機動力を前にそんな余裕などありはしない。
しかも月光から通信で機体に取り付いているマーカスさんの事が知らされたのか、再び陽炎を機体を振ってマーカスさんを振り払おうとし始めたのだ。
だが、か細い青白い光が廃墟の方から流れてきたかと思うと陽炎に張り付いたマーカスさんに取り付いているマーカスさんに近づいていった。
青白い光は推進器のもの。
小さな、HuMo用の物としてはあまりにもか細いその光は人間用のパーソナル・ジェットパックのものであった。
「マサムネさん!?」
ジェットパックにより宙を飛ぶマサムネさんにマーカスさんは手を引かれてついに陽炎の背へとたどり着いた。
それからは流れるように手際良さであった。
巨大ロボット同士が戦い、砲弾やらミサイルやらが飛び交う戦場の轟音によって生身の状態ではロクに会話もできないであろうに、2人はまるでテレパシーで意思の疎通を交わしているかのように作業を進めていく。
雷電が短刀をねじ込んでグラついた装甲の内部にマーカスさんが背負っていたリュックを放り込むとマサムネさんがマーカスさんを抱えて退避。
どうやらリュックの中には爆弾が入っていたようでグラついていた装甲が外れたら2人は装甲が守っていた場所へと降り立つ。
私は装甲を一部でも排除したら攻撃が通りやすくなると思っていたのだが、彼らが考えていたのはそんな事ではなかったようだ。
マサムネさんが懐から取り出したタブレットからコードを伸ばして陽炎に接続するとほどなくしてハッチが開いていく。
「アレはコックピット……? 陽炎のコックピットは背中にあったの!?」
確かにニムロッドや他の一般的なHuMoのコックピットは胸部にあるのだが、陽炎の胸部には大型ビーム砲が収まっている。
その代わりに陽炎のコックピットは背中側から乗り込むようになっていたのだ。
だが、なんでそんな事をマーカスさんが知っているのだ?
どこかで設定資料集でも公開されていたのか?
私がそんな事を考えている内にマーカスさんとマサムネさんは開け放たれたコックピットの内部に向かって拳銃を数発ずつ撃ちこんでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます