34 獅子と虎
「それにしてもコイツらは一体、なんだったんでしょうね……?」
「まったくだぜ! 4時間待つとか言っといて、いきなりこれだもんな!」
私の気持ちを察したかのようにマモル君とトミー君の2人が話題を変えていく。
そりゃ確かに難民たちに混じっていたハイエナの事は気になるが、いくらなんでも話の変え方があからさますぎる。
2人の表情を窺ってみると、彼らは揃ってほんのり顔を赤くして姉さん(※巨乳アバター)から顔を背けている。
「……君たちに言いたい事があるわ」
ついにはこちらに背を向けてしまった2人に私は近づいて肩を叩く。そして2人の耳元に顔を近づけてゆっくり、そしてハッキリと彼らへと真実を告げた。
「いい? よ~く聞いて……、現実世界ではね、虎姉ぇの胸は私とまったく同じなの……」
「え゛っ……!?」
「うっそだろ……、おい!?」
「あっ、レオナちゃん酷いっス~~~!!」
少年たちが自分を直視できずに赤面しているという状況を楽しんでいた姉が抗議の声を上げるが、そんな事より、2人の少年が私の言葉を聞いてチラリと私の胸元へと視線を向けてまるで世界がひっくり返ったかのような驚愕の表情を浮かべたのがショックだった。
……まあ、自分で言いだした事だし、元より自爆覚悟のつもりではあったのだけど。
「せっかくアバター弄れるんだし、ちょっとくらい胸を盛ったって良いじゃないっスか~!?」
「ちょっと!? 今、『ちょっと』って言った!?」
「レオナちゃんだって、胸の話をする時は話を盛るじゃないスか~!!」
「は? 私はそんな見苦しい真似なんかしないわよ!!」
いるかどうかも分からない神様とやらに誓ってもいいが、こと胸の話題に限っては私は「話を盛る」だなんて生まれてこのかたした事が無い。
「それじゃあ、レオナちゃん、あ、このゲームじゃライオネスちゃんか。ライオネスちゃん、胸のサイズは?」
「……AAAカップよ」
「カップって言葉の意味を知ってるっスか? 世の中、浅いカップ、深いカップ、色々とあるんでしょうけど、板状のカップなんて聞いた事が無いっスよ?」
いやいやいやいや!
なんでそこでウチの姉はドヤ顔ができるんだ!?
お前もリアルじゃ板みてぇな胸の持ち主だというのに。
とはいえ姉の言葉は戦闘の疲労によって委縮しかかっていた私の闘争本能に火を付けた。
「このアマ、言ってはならない事を……」
「『言ってはならない事』を言ったらどうなるっていうんスか……?」
「答えは……、こうよ!!」
いきなりの私のミドルキックに対して姉もキックで対応。
私の脚に絡みつくようにして伸びてきた姉の脚は私の脇腹へとヒットするが軽い。だが、これは織り込み済みの事だ。
私の蹴りの威力を殺しながら放たれる骨法の技は攻防一体のものではあるが、その分、自分の技の威力すら減じている。
そして体格の大小により蹴りのモーションを戻すのは私の方が早いハズ。
「フンッ!!」
「甘いっスよ!!」
リーチの差を埋めるべく姉の懐に飛び込むようにして放たれた私の右拳は先ほどの蹴りと同様に、蛇のように腕に絡みついてくる姉の腕によって威力を殺され、そして私の肩に鈍い痛みが走った。
さらに痛みをこらえて打った左拳は膝を横から蹴られた事で姉まで届く事はなく、逆の脚から放たれた蹴りが私の脇腹を打つ。
ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ……
次々と打ち込まれる骨法の技はボクシングのジャブのように素早いわけでもなければ、空手の正拳突きのような一撃の威力があるわけでもない。
だが徹底的に私の技の威力を殺し、さらには技の起こりを潰していくのだ。
そして低威力ならがも姉の拳が、脚が、掌底が次々と打ち込まれていくダメージは蓄積していく。
姉の後ろにチラリと見えた中山さんたちやマモル君、果てはローディーや整備員たちまでが不思議そうな顔でこちらを見ている。
傍から見ればなんとも奇妙な光景に見えるだろう。
「じゃれてる、わけじゃねぇんだよな……?」
「あのライオネスさんが押されてる……? のかしら?」
「お姉さんが……? 別に虎代さんもチートなんて使ってないのに?」
そりゃそうだろう。
いくら私と姉が20cmほどの身長差があったとしても、つい先ほど襲撃者を一撃で昏倒せしめた私がマトモに反応できずに一方的に打たれ続けているのだ。
それも大して早くもなければ重くもない姉の打撃に。
そりゃなんとも不思議な光景に見えるだろう。
これが姉がJKプロレスをやっていた時に「無冠の帝王」と呼ばれる事となった原因なのである。
こればかりは姉と戦った者でなければ分からない。
良くてよほど格闘技に精通した者ならば骨法の恐ろしさを理解できるのかもしれないが、そのような者が一体どれほどいるというのだろう?
その結果として、JKプロレスの10分間の試合中に敵を倒しきれなかった場合の判定は姉に不利となった。
いくら対戦相手が打たれ続けていたとして、それなりに実力が伯仲した相手ならば反撃を試みようとする。
その反撃が功を為さなかったとしても、観客を沸かせたのは姉ではなく対戦相手の方なのだ。
だが、この場には10分間の試合時間を告げるゴングも無ければ、観客に試合の判定を任せるシステムも無い。
もっとも私は例えどんな者が相手であろうと試合の結果を他人に任せるような気にはならないが。
ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ、ペチ……
広大な駐機場に汗で濡れたツナギごと私の肉と骨を打ち続ける音が鳴り続ける。
「ほらほら! もう手も足も出せないんスかぁ~!!」
姉の打撃は止む事はなく、しかも私に次の手を読ませないようにランダムに続いていく打撃はまるで演舞のように見えるだろう。
だが、そのランダムな連続攻撃こそが私の付け入る隙である。
「そこだッ!!」
太腿を打った蹴りに私がガードの位置を下げると、それが姉を誘い込むためのものとも知らずに叩き込まれるような左右の掌底が放たれるが、そこに私の姿は無い。
私は左右の連撃が来ると思った瞬間にスライディングタックルのように姉の足元に滑り込みながら倒れて姉の膝を狙った蹴りを叩き込む。
「あ
「さあて、姉さんはこの状態をどうするのかしらね……?」
蹴りの後も私は起き上がらなかった。
起き上がれなかったのではない。
腰を地面に付けたまま両手をついて上体を上げた姿勢。両脚は全身のバネを使ってどちらもすぐに相手の下半身を狙った蹴りが出せる状態。
いわゆるアリ・猪木状態というヤツだ。
1976年以来、プロレスラーが打撃技主体の選手と戦う時にたびたび使われるようになったこのスタイルは21世紀の半ばを過ぎた現在に至っても完全な攻略法は誕生していない。
「忘れたんスか!? 私は骨法家じゃない、骨法スタイルを取り入れたJKプロレスラーだったんスよ!!」
姉は躊躇することなく跳んだ。
私の蹴りの打点を避けるために高く。
「忘れている、いや、知らないのは姉さんの方よッ!!!!」
姉は空中で身を翻してエルボードロップの体勢。
半身の姿勢になったのは私が地面を転がって回避した際には肘を引いて、コンクリートの地面に肘を打ち付けてダメージを受ける事を回避するためだろう。
だがその心配はいらない。
なぜなら私は避けるつもりはないからだ。
私は腕の力と全身のバネを使って落ちてくる姉の体を捕まえる。
今度は私が姉の体に絡みつく番だ。
蛇のように姉の体に自分の手足を絡みつかせていき締め上げる。
グラウンド・コブラツイスト。
私との体格差のせいで不自然に反り返った姉の体を考えるに別名であるバナナ・ストレッチと言ったほうが良いのかもしれない。
「……ギブ?」
「ノウ……、ノォ……」
まだ負けを認めていないが、徐々に弱まっていく姉の声を聞くにギブアップまでもう少しというところ。
なにせ
姉の敗因はただ己の才能に頼り、現代のプロレスに疎いという事。
姉がJKプロレスを始め、自身のギミックを骨法スタイルを使う異色のレスラーにしようと思い当たった時、参考にしたのは1980年代から90年代のプロレス。
いわゆるプロレスのリングにプロレスラー以外の格闘家が上がって戦っていた「異種格闘技戦」の時代の話である。
その時代しか骨法家がプロレスラーと戦った時代は無かったのだから仕方がない。
だが骨法家がプロレスのリングに上がらなくなったとしてプロレスの歩みはそこで止まるのか?
答えは否だ。
姉が参考としていた時代からもプロレスは着々と進化していき、「異種格闘技戦」の時代から「総合格闘技」の時代へとプロレスは進んでいたのだ。
やがてプロレスは独自の長所へと立ち返るために原点回帰の道へ至っていたが、その後の時代にあってもプロレスラーや元プロレスラーが総合にリングに上がる事は多々あり、そこでアリ・猪木状態となった試合は幾度となくあったのだ。
つまり姉さんが知らないアリ・猪木状態の対処法とその結果の成否を私は知っていたという事だ。
姉が取ったアリキックを避ける直上からの攻撃も想定済みである。
ただそれだけの事なのだ。
「虎姉ぇ、貴女はプロレスを舐めたッッッ!!!!」
「…………」
さらに姉の体をバナナのように締め上げるもすでに姉は言葉を発することはできず、代わりに姉の担当AIの優男が白いハンカチを投げ込んでくる。
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