年下神官長殿にエセ聖女やらされてます
にんじんうまい
01
快晴の日和が私は好きだ。
このシュラの森を覆うブナ林、この青空をそのままに映す穏やかなマナ湖、そして先ほどから私の目の前でたなびく洗濯物。全てが生き生きとする今日という日には何か良いことが起こる気がしてしまう。
「ソフィー!干し終わったらそろそろお昼にしましょう!」
「はーい!」
空の洗濯籠を手に私は勢いよく走りだした。
***
私は孤児院で働く孤児、ソフィア。
8歳のとき片親であった母様を亡くしここでお世話になっている。歳は今年で12歳。孤児として引き取ってもらえる年齢を越えたので、これからはこのマリーナ教会孤児院でシスターとして働くため絶賛見習い中だ。
「ソフィー、今日も溌剌として良いですね。若いって羨ましいわ。」
「院長ありがとうございます!」
私はこの孤児院がとても気に入っている。
まず、この孤児院がある緑豊かな場所が好きだし、ここで働いている院長さんをはじめとした職員の人柄が爽やかで親切な所も好きだ。それに年下の兄弟達も私を慕ってくれている。
「でもソフィー。あなた、髪の毛を切る気は毛頭ないのですか?せめて前髪だけでも整えておくというのはどうです?あなたの素敵なお顔がもったいないですよ。」
「いいんです、院長!私はこのヘアスタイルが気に入っているので!」
自分の髪をひとふさ握りしめる。
プラチナブロンドの、猫っ毛でくるくるしている。その髪の隙間からそっと院長を見上げた。
「あぁ、私はあなたのこの瞳の色が好きなのです。神秘的な黄金の瞳。確か、上位の神官様に多い高貴な色です。私も昔遠目で見たことがありますがそれはそれは魅了されたものです。」
足元ギリギリまで伸びた髪は一度もハサミを通していない。顔全体を隠す前髪をわざと切らなかったのは、この目のせいで面倒なことに巻き込まれたく無いのと、どうしてもこの孤児院を出たくなかったからだ。まぁ、それにしてもこの歳になって引き取り手はないだろうし、院長もああ言ってるし、そろそろ切ってもいいのかな。
「ソフィー。お茶が済んだら午後から水を汲んできてちょうだい。」
「はーい。」
***
私はマナ湖に水を汲みに来ていた。
本当に今日は素晴らしい青空だ。この湖と空が一体化したような絶景を独り占め出来るなんてなんて贅沢なんだろう。私は鼻歌混じりで水を掬う。
もっ...もう、髪の毛が邪魔ね。
私は前髪をあげ後ろで一つに結んだ。
青い水面に私の月色の瞳が映る。
その瞬間、先程まであれだけ晴れていた天気が一転、たちまち雲が空を覆い一筋の光が自分と、湖の向こう岸へと差し込んだ。
まっ、眩しい。
手で顔を覆い、もう一方の光の方向を見ると、なんとそこには人が倒れている...?!
後先考えず気付くと、私は髪を振り乱しながら走っていた。
よく見ると、その人は高貴な真っ白い衣装に身を包んだこの世のものとは思えぬほど美しい少年だった。神官様のようにも見えるけど‥
そっと体を抱き起こし声をかけ続けるが反応がない。脈はあるし息もしているが一体どうすれば‥。
困りに困った私は先程掬った湖の冷たい水を彼の綺麗な顔にかけてみることにした。
パシャン
「えっ?なに??どういうこと?えっ?僕の顔に水が‥!!?」
驚く少年、ってそれより驚いたのは私の方だ!
えっ?目の色私と同じだ!!!髪の色も!!!
寝耳に水の表情をした少年が急に顔をしかめた。
「ねえ、どうして僕を起こす手段が水を顔にかける‥なわけ?よく僕の綺麗な顔に水をかける気になるよね?どういう神経してるの?普通もっとロマンチックな起こし方あるでしょ?あー、気を失ったフリして損した‥」
のたれ死んでいる人を助けた恩人にたいして無神経なのはどっちだー!って言ってやりたいけどこんな年下相手にムキになってはダメよね...それに元気そうならよかったじゃない。
「ごめんなさい‥あっ、このハンカチ使って」
すると彼は、あろうことかハンカチではなく私の手を掴みゆっくり微笑んだ。その笑顔の破壊力が凄まじさときたら‥!それにいくら少年とはいえ、兄弟以外の男性に触れたことない私はパニック寸前だった。
「お詫びに僕の顔、君が拭いてよ。」
そう言えば忘れてたけど、彼を半分抱き起こした体勢であるこの状況に気づいた私はさらに心拍数が爆上がりしていく‥!
えっええええええー
どうしよう、どうしたら、もう!
私はハンカチを慌てて広げると彼の顔に勢いよく被せて押さえつけた。そして彼の輪郭の跡がついたハンカチを勢いよく引き外し彼の顔を確認する。
「ねぇ‥どうしてこう‥君の行動はいちいち色気がないかな‥」
彼の笑顔はとても引き攣っていて、私は苦笑いで応えた。
***
それぞれ体勢を立て直し落ち着いた所で彼にいくつか質問した。
彼が誰でどうしてここに倒れていたのかそれを確かめたかった。しかし彼は教えないの一点張り。でも一つ名前だけは教えてくれた。
「ラモン‥。僕の名前。」
「ラモン!ラモンね!」
そ、そんないきなり何度も呼ぶなよ...小さい声で何やらぶつぶつと顔を赤らめ私に呟く彼は、やはりまだ年下の男の子だ。かわいいじゃない!!
「それじゃ、ラモン。とりあえず私が働いている孤児院に連れてくわ。それからご両親や親戚に連絡してみましょう。さあ行くわよ!」
ラモンの手を取り孤児院へ向かう。いつのまにか空は晴天に戻っていた。
****
「院長ー!男の子拾った!」
院長をはじめ職員のみんなは目を丸くした。それはそうだろう。私が拾った男の子はただの男の子ではない。神々しい飛び切りの美少年だ。
「ソフィー拾ったってどういうことです?それにもしや貴方さまは‥」
院長の言葉を遮るようにラモンは口火を切った。
「ソフィーさんに森で迷子になって倒れている所を救われました。モリスと言います。実は私も同じマリーナ教会の者で少し事情があって移動中にこのような次第になりまして‥」
彼の声は透き通り、どの所作をとっても美しい彼の態度に一同釘付けになった。
「それはそれは大変なことでした。どうぞ小さな教会ではありますがゆっくりして行って下さい、モリス様」。
「御心遣い感謝致します。」
ってあれ?ラモンは自分のことをモリスと言った?それに院長と話すときだけどうして完璧な神官を演じているの?本当は生意気な少年なのに〜!周りを見渡せば職員のみんなは頬を赤らめラモンを見つめている。騙されてる!意味わからないわ!
「そうですね、ソフィー。客室にモリス様をお通して。」
「はーい。」
私は仕方なく指示に従った。
***
ガラガラっと古い木の窓を開けて外の風を客室に取り入れる。すでに外は夕焼けだ。この客室が使われたことは見たことがなく、ラモンがとても丁重にもてなされていることがわかる。気に食わないけど。
ラモンは部屋をぐるりと見渡しあの胡散臭い笑みを浮かべて見せた。
「ここは相当古い部屋だね。まあ、この教会も無駄に歴史あるからねぇ...おばけが出そうだ。」
「悪かったわね、でもあいにくここが1番豪勢な部屋だわ。こんなに装飾のある部屋他にないのよ、古いけど‥。あなたこれでもここの精一杯のもてなしされてるの!」
「ごめんごめん、怒らせるつもりはなかったんだ。ただおばけが怖いから‥ねえ、君も一緒にこの部屋で寝てくれない?」
嘘だろ‥。おばけが怖いとか絶対嘘。ほら、このうすら笑み...なんだろう‥なんか企んでそう‥。
「私はこう見えてもシスター見習い。いくら男の子とはいえ二人きりで同じ部屋に寝泊まりできませんので、そこんとこよろしくですよ!」
そう胸を張って高笑いして出てきたものの、院長の一言によって瞬殺される。
「困っている人には救いの手を差し伸べるものですよ、ソフィー。そばにいてあげなさい。」
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