第27話「憧れではあります」


 打ち上げ会場は一叶の部屋で質素に行われる。


「なあ、最初に俺に見せてくれたイラスト、覚えているか? あれをもう一回見せてほしいんだが」


 たしか何かのアニメのキャラだったよな。


「これですか?」


 一叶いちかはタブレットを操作して、該当のイラストを表示させる。


「そうそう、これ。一叶いちかはこのキャラが好きなんだっけ?」

「ええ、気合いを入れてイラストを描くのは、好きなキャラだからこそです」

「どんなところが気に入ってるんだ?」

「まあ、衣装もですけど、この性格もですね。小悪魔的な相手を弄ぶようなしたたかさですね。憧れではあります」

「……」


 彼女のこの言葉は一見、自己愛の投影のように思えるだろう。でも、俺にはそうは思えない。


 なぜなら、憧れというのは、自分と全く違うタイプの人間に抱くものなのだから。



 彼女は何か嘘を吐いている。



「先輩、ちょっとお花摘みに行ってきます」

「すぐ近くにトイレがあるんだから、その隠語は意味がないぞ」

「いいじゃないですか、乙女なんですから」


 表面上は一叶いちかといつものやりとりをする。でも、一叶いちかへの不信感は徐々に高まっていた。


 俺は我慢できなくなり、ついには彼女の鞄の中身を探ってしまう。


 俺のデビュー作をバイブルだと言っていた。けど、バイブルであれば、もうちょっと読み込んで本は傷んでくるはずだし、なによりもいつも身につけているだろう。


 だから、彼女のバイブルは別にあるのではないかと、俺は怪しんでしまう。


「え?」


 出てきた本に俺は混乱する。それは俺の二作目の作品だった。タイトルは『最強の賭博師が人生ゲームをしていたら異世界転生しちゃいました~確率論さえいじれる禁断のスキル』。


 長文タイトルなので、もしかして別作品と思ったが一字一句違っていない。


 しかもかなり読み込んでいる。本も傷みはひどい。パラパラめくると、付箋まで貼り付けている箇所もあった。


 どういうことだ?


 俺の予想では、別の作者の本を大切に持っているのだと思っていた。これは意味がわからない。


 嘘を吐いているという俺の予想に靄がかかる。何がどうなっている?


 扉が開く音を聞いて、とっさにそれを元に戻す。


「すみませーん。遅くなりました」


 一叶いちかに直接聞く方法もあるのだが、事情によっては彼女を傷つけてしまう。もう少しだけ調べてからにしよう。



**



 打ち上げのあと、俺は月音に電話をする。


「今、何時だと思っているのよ」


 不機嫌そうな眠そうな月音の声。


「夜中の2時だな」

「わかってるなら、もうちょっと気を遣いなさいって」


 二人の間に気遣いなんて文字はない。ほとんど家族に近いのだから。


「ちょっと調べて欲しいことがある」

「……亮、なんか思い詰めている?」


 付き合いが長いだけあって、俺が何かに悩んでいることにも気付いたようだ。


「ああ、結果によっては俺は立ち直れなくなるかも」

「わかったわよ。それで? 何を調べて欲しいの?」

「中学の時の花音のアルバムだ」

「は? あんた雪姉一筋じゃなかったの?」


 月音が勘違いするのも無理はないだろう。


「目的は花音じゃない。それにある人物が写り込んでいないか調べてほしいんだ。手間がかかるなら、俺にアルバムを見せて欲しいんだが」

「あんた、そんなことしたら花音に殺されるわよ」

「そうだよなぁ。だから月音に頼んでいる」

「もう! わかったわよ。それで、誰が映り込んでいるの?」

岩神やがみ一叶いちかだ」


 俺の推測が正しければ、一叶いちかは中学の時に花音と出会っている。



**



「雪姉。デリバリー行ってくるよ」

「行ってらっしゃい。よろしくね」


 いつも通り店を出て、美浜高へと向かう。


 コーヒーを所定の場所へと置いて会計を行うと、月音は俺を引っ張って、職員室の隅にあるパーティションで区切られた来客用のブースへと連れて行く。


「あんたに言われたとおり、花音のアルバムを調べてみたわよ」


 目の下にクマができた酷い顔の月音が、俺の事を恨めしげに睨む。


「で?」

「アルバムは持ってこれなかったから、スマホで撮影しておいたの。ほら」


 月音が差し出したスマホの画面には中学時代の幼い花音の姿と生徒数人が映っている。校内で撮影したのだろう。


「で?」

「で? じゃないわよ。あんたがご指定した写真を持ってきたのよ」

「え?」


 映っているのは花音以外には、笑顔のショートカットの子、すまし顔のボブカットでそばかすの子――ボブカットだが、この子は一叶いちかではない。ショートカットの子も違うだろう。残るは地味な眼鏡の三つ編みの子。


「わたしも気付くのに時間がかかったけどね。この子、岩神さんだわ」


 月音が差すのは、その地味な眼鏡の子。たしかによく見れば、一叶いちかの面影はあった。


「けど、一叶いちかって中学から小悪魔路線で」

「そうなの? でも、これを見る限りそうは思えない。たぶん、高校デビューじゃないかな? よくあるでしょ。新しい環境で、自分の性格を変えて生きるって」

「そうだけど……」


 俺は混乱したままだ。


「でも、これでわたし理解できたわ。あの子、すごくいい子なのよ。生徒の評判は悪いけど、わたしたち教師にはちゃんとしているもん」


 そういうことか。


「……ありがとな、月音」

「どういたしまして。わたしも岩神さんに対する接し方のヒントをもらえたようなものだから、ありがたかったけどね」


 俺は職員室をあとにする。


 そういえば一叶いちかは、学校では俺に対してぐいぐいと迫ってこない。


 わきまえているからなのだ。


 彼女の根は真面目。そして、それを変容させたのはたぶん……花音か。



**



 もう一つ気がかりがある。俺はそれを調べるために一叶いちかの家に行くことにした。


 彼女の家は15階建ての高級マンションの10階だ。わりといいところに住んでいるんだな。


 しかし、どうやって親御さんと話そうか?


 法律は犯していないとはいえ、母親がクレーマー体質の性格だったら一叶いちかのことで面倒なことになる。さすがに、雪姉に迷惑をかけるわけにもいかないだろう。


 マンションの前で悩んでいるところに、知った顔が通り過ぎていく。いや、俺の知り合いではない。でも、どこかで……。


「あ、雪姉と一緒にいた」


 文化祭の時に話していた人だ。


 その声に驚いて振り向く女性。


「あら、もしかして亮くん」

「え?」

「ほら、覚えてないかしら? アイシスがまだ晋平さんが店長だった頃に、あそこで働いていた」


 叔父が店長だった時代に店で働いていた? そういえばそんな人がいたような……。


「渡辺さん」

「そうよ。よかった。でも、あの頃、亮くんはまだ10歳くらいだったのよね。そのあと、結婚してお店はやめちゃったけど、雪音ちゃんとはいまだに交流があるのよ」

「そうなんですか。渡辺さんも元気そうでなによりです」

「そうそう、結婚して苗字が変わったの。といっても、17年前だけどね。だから、『渡辺』ではないのよ。今は『ヤガミ』なの」

「ヤガミさんですか、失礼しました」

「いいのよ。それに、今は娘もアイシスにお世話になっているからね」

「え?」

「まさか、親子であの店に勤めるとは思わなかったわ」


 あ、この人は一叶いちかの母親だ。


 それから俺は、別な事を考えながらヤガミさん……岩神さんと話をする。結婚して旦那はまだ健在だということも。


 つまり、一叶いちかの家出の理由は完全に嘘であったと。



◇次回「先輩、大好きですよ」にご期待下さい!

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